亡命天使 ~窓際外交官は如何にして終末戦争を阻止したか~

第四章 神なき地で交わす約束 ⑯


「【ちようばつ】の魔石技術も、その運用システムであるノヴァ・テクタ・ルウェンティスの設計図も、どちらも単に発掘したものであり、帝国は使いこなすことができない。そう、我々アルトスタは確信しています。我々は、その事実を知る、重要な証言者を得たからです」


 サピンは、バタイユを前にしてとうとうと語り続けた。言葉に詰まることは許されなかった。口元にはうっすら笑みを浮かべ、世間話でもするようにしやべる。周囲の外交官たちの視線、何より目の前のバタイユの存在そのものが、サピンを熱し、身体からだじゆうの水分が沸騰するような感覚に襲われるが、表に出すわけにはいかなかった。


「これは未来ある若者への忠告だが、君は、もう少し慎重に友人を選ぶべきだな。無責任なうそや、できもしない約束をする人間を周囲に置くと、人生を誤ることになるぞ」


 が、バタイユも簡単に揺さぶられはしない。微笑を浮かべてサピンを見る。


「誰かね? そんなデタラメを言う証言者とは」

「言えませんよ。また事故に遭ったらたまりませんからね。スキルパ・ヘーメルのように」


 ヘーメルの名前に、議場が騒然となる。バタイユは、一瞬、苦々しく顔をゆがめる。


「まあ、ヒントは差し上げましょうか。あなた方もよく知っている方ですよ。レナード参事官」


 レナード参事官は、けいれんするように青い顔をサピンに向けた。レナードに話を向けたのは理由があった。これで、事情を知る者の頭には、ある少女の存在が浮かんだはずだ。大使館まで、ラジャを奪還しに来たのは、他でもないレナードなのである。

 サピンは優雅に脚を組んだ。傷が痛んだが、顔には出さない。


「たまたま拾ったものを切り札にするようでは、天下の帝国も底が見えたというものです。そんな国に、我々は領土を譲りません」


 ふいに、バタイユの口元がゆがんだ。笑っているのだった。バタイユは、楽しくて仕方ないとでも言いたげな笑顔でサピンを見る。


「威勢がいいのは結構だが……外交官の言葉には責任が伴う。君の不用意な発言のせいで、数千数万のの民が死ぬことになるかもしれん。それをわかっているのか? 小僧」

「ご心配なく。アルトスタ人は、普段は温厚だが怒らせると怖い。長い歴史で、売られたけんを買わなかったことは一度もないのですよ」


 実際の歴史がどうなのかは知らないが、ここでは言った者勝ちだった。サピンは平静をよそおいながら、全神経を集中して老人を見つめる。

 すると、一人の兵士が部屋に駆け込んできた。


「被害状況報告します! 一部の床や天井に崩落が見られる以外、現状、ノヴァ・テクタ・ルウェンティスに深刻な損傷は確認されておりません! 先程の落下は、速度、進入角共に、墜落というより不時着に近いものだったようです」


 その報告に、会議室の一同があんのため息をつく。が、報告を受けた上官は眉をひそめた。


「それは、つまりどういうことだ? 何か理由があって、不時着をしたということか?」

「いえ、そうしつではそのような操作はしていないとのことで……。そうしゆによると、要塞が勝手に動いた、としか言いようがないとのことです……」

「なんだそれは! そんなことがあってたまるか!」


 会話を聞いていたバタイユは、かすかに驚きをにじませサピンを見た。サピンは不敵に笑みを浮かべる。

 たった今、ノヴァ・テクタ・ルウェンティスを不時着させたのは、ラジャだった。要塞を操縦したのではなく、最下層にある機関室で、要塞を飛行させる基幹魔石技術を直接いじったのだ。今頃、【ちようばつ】の構文も消去しているはずだ。

 ラジャに正体を打ち明けられたあの日、サピンはある計画を立てた。

 帝国は、ノヴァ・テクタ・ルウェンティスを交渉の会場に設定した以上、どこかで、脅しとして【ちようばつ】を使ってくることは予想できた。

 だから、取るべき行動は二つ。

 最善は、【ちようばつ】を使われる前に、ラジャが構文を消去すること。

 そしてそれが間に合わなかったときの次善策が、【ちようばつ】を消去した上で、ノヴァ・テクタ・ルウェンティスを不時着させることだった。

 事実として、帝国は、発掘しただけの【ちようばつ】を十分に調整できず、現時点では実戦には使えないらしい。仮に、今アルトスタと戦争になったとしても、実戦投入は無理だ。だが問題は、サピンが、そのことをアルトスタ政府に説明できないことだった。ラジャは絶対に、現代の国家には協力しない。帝国も、そう思ったからこそ、ラジャの身柄がアルトスタにある状態で、【ちようばつ】を交渉に投入したのだろう。

 だからサピンは、エンシュロッスたちには事実を伝えず、しかしバタイユたちにはラジャがアルトスタに協力していると信じさせ、【ちようばつ】が単なるハッタリである、と今ここで認めさせなければならなかった。

 そのために、ノヴァ・テクタ・ルウェンティスは、落ちなければならなかった。エンシュロッスから見れば、サピンは要塞の墜落事故をきっかけに、帝国に対して一か八かカマをかけているように見える。逆に、墜落の混乱がなければ、エンシュロッスはサピンにしやべる機会を与えたりしないだろう。

 そしてバタイユには、この不時着は別の意味を持つ。帝国の意図しない、それでいて鮮やかな不時着。その状況に、バタイユは、要塞を動かす古代の魔石技術に精通した人物、つまりラジャが、背後でアルトスタに協力していると嫌でも想像するはずだ。

 サピンは、汗でれた手を、そっと握りしめる。

 ラジャ、よくやってくれた。

 ここからは、俺の仕事だ。


「しかし、疑問だな」


 バタイユは、感情を読ませない表情に戻り、顎に手を当てる。


「君はそう言うが、なぜ、エンシュロッス大使はそのことを知らない? いや、君以外のアルトスタのメンバーは、皆そのことを知らないように見える。もし知っているなら、さっきの【ちようばつ】の試射であそこまでおびえる必要はないし、今だって、君の話に驚くはずもないだろう」

「【ちようばつ】など、機密中の機密ですから、知っている者は限られるのですよ。よくあることです」

「それで、その知っている人間が君だというのか? 君のような、若者が?」

「信じられないのはわかります。しかし、一見ただの子供にしか見えない人間が、思わぬ力を持っていることもあるのが世の中です」


 サピンは、意識してラジャの存在をほのめかした。


「全ては単なる偶然で、今私がしやべっているのもただの暴走。本当にそう思うのでしたら、お望み通り戦争を挑んでくればよいでしょう」


 バタイユは言葉に詰まった。サピンのこめかみを汗が流れる。