聖女と暴食

第一章 ラプトルのパチャマンカ ⑤

じようきようはだいたい理解した。てんじん種族は、地上をほろぼした〝さいやく〟を、天環オービタルとくしていたんだな? そのためのふういんうつわがアナか?」


よう。連中にとって我らは、同種の兵器を新たに生み出すための研究対象だったようだな。そんなことができるくらいなら、最初から地上はほろんではおらんだろうが』

「なんで当事者のおまえが評論家気取りなんだ?」


 俺はあきれまじりにだるく息をいた。

 冷静に考えると相当に重要な情報を聞かされているはずなのに、なにもかもが馬鹿馬鹿しく思えてくる。


「とにかくてんじんたちは、保管していたはずの〝暴食の悪魔〟をせいぎよ不能だと判断したわけか。だから地上にほうちくして、ついでにどうばくげきミサイルではらうことにした、と……」


てんじんどもにとってのゆいいつの誤算は、ミサイルがちやくだんする前に、地上の生徒であるお主が〝災厄の魔女アナセマ〟とせつしよくして、彼奴あやつの使いになったことであろうな。それがなければ、ふういんされたままの我にばくげきを防ぐ手段はなかった。我はともかく、あのむすめは死んでいたはずだ』


「そうか」


 黒犬のたんたんとした解説を聞いて、俺はようやくなつとくする。


 アナ一人では、自らの体内にふうじた〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟の能力は使えない。

 彼女の肉体から〝さいやく〟の力を引き出してあやつる使い──協力者の存在が不可欠なのだ。


 たとえるなら、アナはぼうだいな電力を宿したバッテリーだ。外部の電気製品に接続しなければ、エネルギーを放出することはできない。


 だからてんじんたちは、彼女をはいモジュールに閉じこめた上でくそうとしたのだろう。


「アナが死んで、おまえのふういんだけが解けた場合、地上はどうなっていた?」


 俺がげんな声で質問すると、ふむ、と黒犬は少し考えるような仕草をしてみせた。


『二十九年前のさんげきの再来だ。少なくともこの大陸にある〝学園〟は、あとかたもなくほろびていたのではないか?』


てんじんはそうなることを知ってたのか?」

『我が暴走する可能性はにんしきしていただろうな。天環オービタルの中でアナセマを始末しなかったのは、それをおそれたからだろう』


「……てんじんを信用するなというのは、そういうことか」


 俺は苦々しくくちびるゆがめる。

 てんじんたちは、アナが死ねば〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟が暴走すると思っていた。

 だから彼らはアナを地上にとした。

 彼らは〝さいやく〟を処分するためなら、最悪、地上が再びほろびても構わないと考えたのだ。


「逆にくが、アナが生きていれば暴走の危険はないのか?」

『それがあのむすめとのけいやくだからな』

けいやく?」

『いくら聖属性ほうが使えるといっても、たかが人間のむすめ一人に我がふういんできると思うか?』

「……!」


 ゼブのてきに、俺は小さく息をむ。


 言われてみればそのとおりだ。世界をほろぼすほどの力を持つ〝さいやく〟を、たった一人の〝じよ〟がおさえこむことなどできるわけがない。


『我はアナセマとけいやくした。ゆえに我はあのむすめに従おう。彼奴あやつが、我とのけいやくを忠実にこうしている限りはな』


 笑いをふくんだ黒犬の言葉に、俺はぞくりと寒気を覚えた。


 今の発言が真実なら、〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟はふういんされているというよりも、自らの意志でアナに従っているということになる。


 実際、アナは最初からずっと〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟のことを友達だと呼んでいた。彼女はなく本当に〝暴食〟のたいとうけいやく者だったのだ。


「お待たせしました! ハルくん、さっきのほう、すごいです! 下着までふわふわです!」


 えを終えてもどってきたアナが、制服のスカートやケープをヒラヒラとひるがえしながら興奮気味に報告する。放っておくと下着まで見せつけてきそうな勢いだ。


「お二人はなんの話をしてたんですか?」


 俺と黒犬が仲良く世間話をしていたとでも思ったのか、アナはにこやかにほほみながらいてくる。


「きみが〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟のけいやく者という話だ。まあ、こいつが本当に〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟なのかどうかはわからないが──」


 俺は軽く顔をしかめて言った。なるほど、とアナは大きくうなずいて、


「うーん……けいやくというか、約束をしたんです。ゼブくんのお願いをかなえるって」


あくの願い、か。きみはそいつになにを約束したんだ?」


 俺は重々しい口調でアナにく。


 せいぎよ不能といわれる〝さいやく〟をしばりつけるほどに強力なけいやくだ。その対価は、相当にこくなものになるはずである。


 だが、深刻な表情の俺とは裏腹に、アナはあっけらかんとした口調で告げた。


「ご飯です」

「……ご飯?」


「はい。ゼブくんがこれまで食べたことのないしいご飯をたくさん食べさせます! わたしはそのために地上に来たんです!」


 ほこらしげに言い切るアナのとなりで、黒犬が、うむ、とおごそかにしゆこうする。


 そんなしようじよ〟と〝あく〟を見て、そうか、と俺はだつりよくして空をあおぐのだった。


4


 食材になりそうなものを求めて、俺とアナはこうを徒歩で移動する。

 目的地は直線きよで二キロほどはなれた、水場のありそうなだ。


 地上に不慣れなアナの体力が不安だったが、彼女は初めておとずれた地上の風景にきようしんしんで、むしろ子供のようにはしゃいでいた。れいな石を見つけて喜んだり、いい感じの木の枝を拾ってまわしたりしているうちに、目当てのりんが見えてくる。


「いませんね、もの

「いや、見つけた」


 俺は岩場にかがみこみ、かわいた地面を観察する。

 とうかんかくに刻まれた小さなくぼみ。よほど注意していないと見落としてしまいそうな、かすかなこんせきだ。


あしあとですか?」

「ああ。ちようだな。ラプトルだ」


 とくちよう的なあしあとの形から、それを刻んだものの種類を推定する。


 体長三メートルから四メートルほどのじゆうきやくるい。飛行能力を持たない肉食のもうきんびんしようきようぼう、そして知能の高いやつかいものだ。


『ほう? いのか?』


 黒犬が、興味をそそられたようにいてくる。


「いちおう高級食材とはいわれているな」


 最初に気にするのはそこなのかと、俺は内心であきれながら答えた。


 いくらきようぼうでも、鳥は鳥。やや味わいはたんぱくだが、ラプトルの肉はもの肉の中では、かくてきクセがなく食べやすい部類に入る。


 ただしラプトルのものとしてのきよう度は高く、安全にるのは難しい。高額で取り引きされているのは、主にその入手性の悪さが要因だ。


「いました。ラプトルというのは、あれですか?」


 あしあとを追ってしばらく進んでいると、アナが不意に立ち止まって声を上げた。


 彼女が見ている視線の先に、つぶほどの大きさのものの姿がある。

 全身をあざやかなもうおおったもうきん。ラプトルだ。


「よく見つけた。目がいいな」


 俺はなおに感心した。

 アナが見つけたラプトルまでのきよは八百メートルほど。肉眼でラプトルをにんするのは困難なきよだ。


「追いかけますか?」

「いや。ここで仕留める。けいかい心の強いラプトルに、これ以上近づくのは危険だ。あいつらに気づかれてげられたら、人間の足で追いつくのはまず不可能だしな」


 俺はそう言ってから、いつちようのライフルを取り出した。

 七・六二ミリ口径でライフルスコープを装備したセミオート式のげきじゆうちゆうきよげきに対応した、いわゆるマークスマンライフルだ。


 専用のげきじゆうほどの命中精度はないが、そのぶん連射性能にすぐれている。しゆんびんで知能の高いラプトルをるのに向いているのは、こちらだろう。


ほうを使う。きみは少しはなれていてくれ」


 俺はアナに短く警告する。

 どこからともなくとつぜん出てきたライフルを不思議そうに見つめながらも、アナはなおに指示に従った。


 俺はその場にひざき、二脚バイポツドじゆうを固定する。


 照準器に映るラプトルの数は二体。

 ラプトルの生態はおおかみに近く、と呼ばれる群れでりをすることが知られている。

 二体というのは、を構成する最小単位だ。

 もっと大規模な群れにそうぐうする可能性があったことを思えば、運が良かったといっていいだろう。


 俺は二体のラプトルのうち、きよの遠い一体にねらいをつけた。


 ラプトルはかくてき小型のものだが、対人用のじゆうたおせるような相手ではない。彼らの体表はきようじんもうおおわれており、ライフルだんちよくげきにもえるのだ。


 だからといって、ほうが届くきよでもない。ほうは標的までのきよに比例してりよくの消費量とせいぎよの難易度が増大し、通常のこうげきほうの射程はせいぜいけんじゆうと同程度だといわれている。


 だがそれは、通常のこうげきほうに限れば、だ。


 俺はげき姿勢でライフルを構えて、無言のままたんたんと引き金をしぼる。

 きよ約八百メートル。風速五メートル。高低差は約三十メートルほどのち下ろし。げきとしては、それほど難しい条件ではない。


「まず、一体──」


 俺が放っただんがんは、ねらっていたラプトルの首筋に正確にちやくだんした。