その瞬間、弾丸に付与していた魔法が解放されて、強烈な雷撃となって炸裂する。高電圧により神経を破壊され、悲鳴を上げることもできずに一体目のラプトルは絶命した。
続けて俺は第二射を放ち、もう一体のラプトルも仕留める。ラプトルという魔物の脅威度を考えれば、あり得ないくらいあっさりした幕切れだ。
『雷か。めずらしい魔法を使うな』
俺の足元にいた黒犬が、なぜか感心したように話しかけてくる。
ああ、と俺は素っ気なくうなずいた。
黒犬の分析は正解だ。雷魔法。それがラプトルを一撃で仕留めた俺の攻撃の正体だった。
固有能力である空間魔法を除けば、俺の魔法適性は水属性と風属性のふたつ。戦闘職の生徒としては、必ずしも恵まれた適性とは言い難い。魔法の直接攻撃力としては、水や風は、火属性や地属性に劣るというのが定説だからだ。
そんな俺の運命を変えたのは、〝学園〟の授業で、雷の発生原理を習ったことだった。
雷雲の中では、凍った水滴同士が風に攪拌されてぶつかり合うことで静電気が発生する。
そのような電荷を帯びた氷の粒の電位差によって、雷は発生するのだという。
そうした雷の発生メカニズムを、俺は魔法によって再現した。
静電気が生み出す電力は微々たるものだが、その電力を亜空間収納に溜めこむことによって、俺の雷魔法は本物の雷にも匹敵する驚異的な破壊力を持つことになる。
水と風の二属性の魔法適性と、空間魔法の固有能力を持つ俺だからこそ実現できた、ある種の裏技。チート魔法だ。
『ふむ、雷霆の狙いをつけるために銃弾を利用しているのか。なかなか賢しい真似をする』
「黙ってろ、犬コロ」
もちろんそんな雷魔法にも欠点がある。それは射程の短さだ。
大気中では雷は直進しない。火属性魔法の火球や地属性魔法の岩弾のように、魔力を圧縮して撃ち出すことができないからだ。最悪、避雷針一本で無力化されてしまう雷撃を確実に命中させるためには、本来は目標に直接触れるしかない。
その欠点を補うために、俺は銃弾を利用することにした。
電荷を帯びた銃弾を撃ち出すことで電流を通す回路を造り出し、雷撃を目標へと誘導する。
結果的に俺の雷魔法は、銃弾と同じだけの射程を持つことになった。
攻撃速度が銃弾のスピード──せいぜい音速の数倍──に制限されてしまうという代償を支払うことになったが、それでも他属性の魔法に比べれば雷魔法の速度は圧倒的だ。
決して無敵というわけではないが、初見殺しとしては極めて優秀。
そんな雷魔法に特化した俺の装備や戦闘スタイルは、単独での魔物討伐向きだった。それも小型から中型で動きの速い敵を狩るのに特化している。
ラプトルのような獲物はまさに狙い目だ。そうでなければ脅威度B級下位の魔物を、こんなふうに簡単には狩れなかっただろう。面倒な思いをせずに済んだのは悪くない。
「もう倒してしまったんですか?」
少し離れた場所で俺の様子をうかがっていたアナが、怖ず怖ずといった様子で戻ってくる。
さすがの彼女もこの距離では、ラプトルが倒れたのかどうか確信できずにいるらしい。
「ああ。今から回収に行く」
「わかりました。早めに血抜きと下処理をしないといけませんね」
「……詳しいな」
アナの持つ謎の知識力に当惑しつつ、俺はライフルを亜空間収納に戻した。そして仕留めたラプトルの回収へと向かう。
そのあとを、黒犬を抱いたアナが当然のようについてくる。
雷魔法で絶命したラプトルは、ほとんど外傷のない状態で倒れていた。とはいえ魔物の死体には違いない。
それでもアナは平然とそれに近づいていく。天環育ちの天人にしては意外なことに、彼女には魔物の死体に対する忌避感はあまりないらしい。
「これは、思ったよりもだいぶ鳥ですね」
「生物学的には、鳥も恐竜の一種らしいからな」
吞気な感想を口にするアナに、俺は投げやりな説明をする。
ラプトルの見た目は、二足歩行するトカゲと鳥の中間くらい。全身を覆う羽毛のせいで、実際の体格よりも遥かに大きく見える。
俺はそんなラプトルの首筋をナイフで搔き切り、岩場を利用して血抜きを始めた。身体強化の魔法を使って、体重百二十キロを超える成体のラプトルをどうにか岩の上に吊り上げる。
「本当は半日ほど置いて熟成させたほうが旨味が増すらしいが、新鮮でないと喰えない部位もあるからな。さっさと解体を済ませてしまおう」
「はい! お肉ですね!」
キラキラと瞳を輝かせながら、アナはせっせと焚き火の準備を始めている。
幸いなことに、枯れ枝を集めるのに苦労はなかった。
落下物が地上に墜落した際の衝撃で、へし折れた低木の枝が荒野のあちこちに散乱していたからだ。
「一体は、普通に焼き鳥にしましょう。それなら解体が終わってすぐに食べられますし」
枯れ枝を集めて戻ってきたアナが、石を積み上げてかまどを作る。
その間に俺はラプトルの死骸に、水魔法で生み出した熱湯を浴びせた。羽毛を毟りやすくするためだ。
毛穴の開いたラプトルから、アナと二人でせっせと羽を毟り取り、ようやく解体の下準備が終わる。
そのころになるとすでに太陽は大きく西に傾いて、空は夕焼けで赤く染まっていた。
「もう一体のラプトルはどうするんだ?」
一体目の解体を終えたところでアナに訊く。
魔鳥の可食部の割合は、生体重量の約五割から六割。成体のラプトル一体から、六十キログラム前後の肉が取れる計算になる。俺とアナ、それと犬一頭で食べるには多すぎる量だ。
しかしアナは当然のように、二体目もがっつり料理する気でいるらしい。
「詰め物をして丸焼きですね。石窯がありませんから、パチャマンカにしましょう」
「パチャマンカ?」
「はい。土中焼きです。地面に掘った穴の中に焼けた石と食材を入れて、それに土をかけて蒸し焼きにするんです」
「なんで天人のきみが、そんな料理を知ってるんだ?」
地球周回軌道上にある天環には、当然だが土も石もない。土中焼きなどという調理法の知識は、まったく役に立たないはずである。
「前からやってみたかったんです、パチャマンカ。地上に降りてきた甲斐がありました」
『うむ、それでこそ我が契約者だな』
「…………」
アナは答えになっていない答えを返し、それを聞いた黒犬は短い尻尾を満足そうに振った。
俺はツッコミを入れる気力もなくして、黙々と焼き鳥の準備を始めるのだった。