聖女と暴食

第一章 ラプトルのパチャマンカ ⑦

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 えだけずってくしを作り、適当なサイズに切った肉をす。

 それだけでだいぶ焼き鳥らしく見えてくる。残る問題は肉の味付けだ。


「ハルくん、それはなんですか?」

「なにと言われても、調味料と野菜だが……?」


 俺がから取り出した品をざとく見つけて、アナが興奮気味にいついてきた。

 ちょうど〝学園〟外での作戦行動中だったため、俺のには、特殊執行部隊インビジブル・ハンズ用の補給品が入っていた。

 いもやトウモロコシ、それににんじんなどの野菜類、そして調味料一式だ。

 なんらかの理由で補給がたれても作戦行動に支障が出ないように、武器やだんやくとともにあらかじめストックしておいたのだ。


「これを使っていいんですか?」

「……ああ。任せる」


 アナの勢いに半ばあつとうされて、俺は取り出した物資をまとめて彼女にわたした。


 肉の味付けなど塩としようがあればじゆうぶんだと思っていたが、アナが調理にこだわるというならそれはそれで構わない。要は食べられさえすればなんでもいいのだ。


 しかしそんな無関心な俺でも、その次のアナの行動には絶句した。

 彼女はいきなり聖属性のりよくをまき散らすと、大量の聖水を周囲にばらき始めたのだ。


「おい!? なにをやってるんだ!?」

「え? 使い終わった調理器具は、洗ったほうがいいと思ったのですが……」


「そんなことのために聖水を使うな。つうしやふつ消毒すればじゆうぶんだ」


 俺は軽い頭痛におそわれながら首をる。


「いいか、きみはわかってないかもしれないが、地上では聖属性ほうの使い手は貴重なんだ。聖属性が使えると知られたら、きみのがらは多くの連中からねらわれることになる」


ねらわれる? 私が、ですか?」

「そうだ。きみをどこかにかんきんして聖水を大量に作らせれば、それだけでおおもうけできるからな」


「そ、それは困ります。ゼブくんとの約束が果たせなくなりますから」


 アナがおびえたようにブルッとかたふるわせた。黒犬も、けしからん、というふうにフンと鼻を鳴らしている。


「だから俺が許可しない限り、聖属性のほうは使うな」

「で、でも、わたしは聖属性のほう以外は使えないんですけど……」

「だったらほういつさい禁止だ」

「ええ……!?」


 俺に命じられて、アナが情けない声を出す。

 自分を取り巻くじようきようの深刻さを、彼女は今ひとつ理解できていないらしい。


「そもそもきみは天環オービタルからのだつそう者だろう? きみが今も生きてることをてんじん種族に知られたら、あいつらはまた地上をばくげきしようとするんじゃないのか?」

「そ、そうでした……」


 言われてようやく思い出したのか、アナは少しだけ表情をめる。

 しかし彼女はすぐに元のきんちよう感のない顔つきにもどって、


「あ、ハルくん、お塩、取ってもらってもいいですか? おしようとみりん……あ、料理酒もあるんですね。これなら焼き鳥のタレが作れます。ハルくんのほうはすごいです」

「空間ほうは、それほど評価の高いほうではないんだが……」

「そんなことないです。こんなところでこれだけの調味料が使えるなんて、夢のようです」


 わたされた調味料をかくにんしながら、アナはとしてタレの調合を始めた。


 その間に俺は野菜を切り、焼き鳥のくしを完成させる。見た目は焼き鳥というよりもバーベキューだが、それについてはアナや黒犬も特に不満はないようだ。


「ハルくん、ちょっと味見をしてもらえますか?」

「俺はいい。きみに任せる」

「わたしだけでは地上の人の好みに合ってるかどうかわかりませんから。あーんしてください。はい、あーん」

「…………」


 アナのごういんな要求に負けて、俺は仕方なく口を開けた。


 小さなあかぼうをあやすように、その口にスプーンをつっこんでくるアナ。口の中に広がったのは、あまじよっぱく、それでいて複雑な不思議な味わいだった。


「どうですか?」

「……いな。第七学区アザレアスで出てくるタレよりもまろやかで、味に深みがある気がする」

かくし味にハチミツを使ってるんです。あとは粉末ダシがあったので、それをひとつまみ」


 うれしそうに目を細めながら、アナがタレのレシピの種明かしをする。


「これが天環オービタル風の味付けなのか?」

「いえ。これはじよの知識です」

じよの知識?」

「はい。ナナリイでは、わたしの料理を食べてくれる人はだれもいなかったので、ハルくんといつしよに食事ができるのはうれしいです」


 アナがさびしげにほほんで告げる。

 ナナリイというのが、彼女が収容されていた天環オービタル内のせつの名前らしい。


 女子修道院ナナリイ──たしか旧世界における宗教せつの呼び名だったはずだ。なるほど。聖女を閉じこめておく場所には相応ふさわしい名前だろう。


「アナの知識の出所は、おまえか?」


 俺は、なぜか俺の背中にまとわりついている黒犬にく。

 黒犬はそれを聞いてニヤリと笑い、


『知らなかったのか? あくというのは、けいやく者に様々な知識をもたらすものだ』

「旧世界の人間は、なにを考えておまえみたいなわけのわからない兵器を造ったんだ……」


 俺は心底あきれてためいきをついた。


 けいやく者に料理の知識を教えるどう兵器が存在するなんて、本気で意味がわからない。しかも旧世界の文明がほろびてしまった以上、その料理の知識を伝承しているのは彼らだけなのだ。


「ゼブくん、ここに穴をってくれますか? パチャマンカを作るので」

『む……まあ、よかろう』


 アナにたのまれた黒犬が、俺の背中から降りて地面に向かう。そしてせっせと穴をり始める。

 その姿は、まさにただの犬そのものだ。

 俺もアナも地属性のほうが使えないので、ある意味、役に立っていると言えなくもないが。


「あとはこの石を穴に入れたいんですけど」

「それは俺がやろう」


 で熱せられた焼け石を、俺はいったんに移して、それから黒犬が掘った穴の中へと放りこんだ。


「やっぱり便利ですね、ハルくんのほう


 アナがうらやましそうな表情でつぶやき、俺はだまってかたをすくめた。

 地味な補助ほうである自分の固有能力を、しような聖属性ほうの使い手にしようさんされるのは複雑な気分だ。


 焼け石をめた穴の中に、アナは葉っぱで包んだ食材を放りこみ、その上に土をかぶせてふたをする。そうやって土の中できにするつもりなのだ。


「これで準備は終わりです。あとは火が通るのを待ちましょう」


 満足そうながおでそう言って、アナは再び聖属性ほうを発動した。そして自らが生み出した聖水でよごれた手を洗う。

 俺はそんなアナの左右のこめかみに、両方のこぶしを押しつけた。


「だから、聖属性ほうは使うなと言っている……!」

「す、すみません。いつものクセで……あ、痛い。痛いです、ハルくん。それ、すごく痛い」


 こめかみをグリグリとあつぱくされて、アナがなみだで悲鳴をあげる。

 それを無言で見下ろしながら、俺は彼女をどうあつかうべきかしんけんなやみ始めていた。


 俺にとってもっとも無難なせんたくは、アナのがら第七学区アザレアスの生徒会にわたすことだ。


 そもそも俺がアナと出会ったのは、特殊執行部隊インビジブル・ハンズの任務中であり、その過程で手に入れたアイテムや情報はすべて提出する義務がある。

 てんじんであるアナを保護するのも、本来は生徒会が果たすべき役割だ。執行部隊の小隊長に過ぎない俺が、いちいちなやむようなことではない。


 だがそれは、あくまでアナがつうてんじんだったときの話である。


 アナはどう考えてもつうではない。

 なにしろかんじんてんじん種族に命をねらわれている。彼女が生きていることが天環オービタルに知られたら、再び地上がばくげきされかねない。


 そして生徒会関係者の口から、彼女の生存情報が天環オービタルに伝わる可能性は低くない。

 なぜなら生徒会の役員たちは、将来のてんじんの幹部候補だからだ。

 自分の成績評価GPAかせぐためにアナの情報を売るくらいのことは、彼らなら平気でやりかねない。アナがてんじんであるという事実を、かつに広めるべきではないだろう。


 そしてアナのことを報告できないもうひとつの理由は、彼女の正体がじよだからだ。


 アナがふういんしている〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟を、生徒会は決して放ってはおかない。

 強力などう兵器である〝さいやく〟の能力の一部だけでも解明できれば、第七学区アザレアスはほかの学区に対して、あつとうてきに有利になるからだ。


 もっともてんじんたちですらあつかいきれなかった〝さいやく〟を、〝学園〟の生徒たちの技術でせいぎよできるとは思えない。最悪の場合は〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟の暴走によって、〝学園〟そのものがしようめつする危険すらある。


 そして最後にもうひとつ──たとえ彼女の正体と〝暴食〟の存在をかくし通したとしても、アナには強力な聖属性ほうがある。アナが文字どおり湯水のように聖水を生み出せると知ったら、学園中のあらゆる組織が彼女を確保しようとするだろう。


 聖水があれば、回復薬ポーシヨンが作れる。回復薬ポーシヨンは重要な戦略物資であり、回復薬ポーシヨンちくだいで学区の戦力バランスは大きく変動する。アナの非常識な聖属性ほうは、そのみようなバランスをぶちこわすのにじゆうぶんだ。つまりアナ一人の存在が、戦争のきっかけになってもおかしくないということだ。


 当然、第七学区アザレアスの生徒会は、アナを保護しようとはするだろう。

 ただしその場合の保護というのは、かんきんと同義だ。生徒会の本部あたりに彼女をゆうへいして、ひたすら聖水を生成させ続けるのだ。


 それは最悪のせんたくだ。

 どこかにかんきんされてしまえば、アナは〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟とのけいやくが果たせない。つまり彼女のふういんは無効化されて、どう兵器〝さいやく〟の一体が再び解き放たれることになる。そうなればやはり待ち受けている結末は〝学園〟のしようめつだ。


「完全にんでるな……」


 俺はぼそりと本音を口にした。


 アナを危険にさらすわけにはいかない。しかし生徒会の保護も受けられない。〝学園〟側には彼女の正体と能力をかくしつつ、一方で〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟とのけいやくを果たすためにい食材を集め続けなければならない。


 どう考えても無理筋だ。