聖女と暴食

第二章 オクトローパーのパープル味噌煮込み ③

「ヒオウ。あなたのかぜけに、私を利用するのはやめてもらえるかしら?」

「いやいや、助かったよ、ティルティ。いつも感謝してる」


 苦々しい口調でこうするティルティに、ヒオウは悪びれもせずに礼を言った。

 長くばしたきんぱつと甘い顔立ち。見るからに女性のあつかいに慣れたやさおとこというふんの男子である。


 しかし見た目の印象とは裏腹に、ヒオウ・レイセインはとう派だ。火と土の属性ほうあやつり、けんうででは他者のついずいを許さない。〝いなずま〟ハル・タカトーと対等にきそえる数少ない生徒の一人であり、女子生徒からの人気もハルにまさるともおとらない。


 同時に彼はハルの親友であり、〝えんせい〟という二つ名とともに特殊執行部隊インビジブル・ハンズ第二小隊の隊長を務めていた。そしてハルと同様に、ティルティの幼なじみでもある。


 もっともすべてをかしたような態度で、なにかと自分をからかってくるこの男のことが、ティルティは少し苦手だったりするのだが。


「まあいいわ。私もあなたにきたいことがあったの」

「へえ? なにかな?」


 ティルティの言葉を聞いたヒオウは、かいそうにかたまゆを上げてみせた。

 彼のその態度でティルティは理解する。この男、ティルティがきたいと思っていることをいた上で、わざとはぐらかしているのだと。


「ハルが執行部隊ハンズめた理由は、なに? どうしてあいつが学食部なんかにせきしたわけ?」

「ああ、そのこと。いやあ、おどろいたよね。いきなりだったからさ」


 ヒオウが深々と息をく。しばがかった態度だが、彼のその言葉にうそがあるとは思えない。

 少なくともハルが特殊執行部隊インビジブル・ハンズめたことは、ヒオウにとってもせいてんへきれきだったのだろう。


「そういうのはいいから、かれたことにだけ答えて」

「悪いけど、ハルの目的は僕にもわからない」

「本当に?」

「もちろん」


 ティルティに半眼でにらまれて、ヒオウは小さくかたをすくめた。


「ハルたちが天環オービタルはいモジュールの調査に行ったのは知ってる?」

てんじん種族がそのメテオライトばくげきしたという話は聞いたわ」

「うん。ねつばくどうだんとうが使われたみたいでね。はいモジュールの中は原形が残らないくらいにグチャグチャになっていたらしいよ」


 ヒオウがさらりと口にした情報に、ティルティの表情がこわった。


 軍事はティルティの専門外だが、その兵器の名前は知っている。

 旧世界で多用されたサーモバリックばくだんだいたい品。地下せつや建物の内部にいる人間をせんめつするために使われる、きようあくかい兵器だと聞いた。いまさらながらにハルたちの任務がいのちけだったという事実を思い知る。


「ハルたちは……だいじようだったのよね?」

「そうだね。特殊執行部隊インビジブル・ハンズいつぱん隊員には負傷者が出てるけど、ハルは無事だ。一時は生存が絶望視されてたみたいだけどね」

「は?」


 ティルティはきようがくに目をいた。

 生存が絶望視されていたということは、ハルは死にかけていたということか。それはもはや危険というレベルですらなく、ぼうな任務と呼ぶべきではないのか?


「なにそれ? どういうこと? そんな話、生徒会長から聞いてないんだけど!?」

「教えたら、きみがそんなふうにどうようすると思ったからじゃないかな」

「私のせいだって言うの!?」

「落ち着いて、ティルティ。とにかくハルは無傷でせいかんしてるから。あいつのそうさくと回収には僕もつき合ったし、そこはしんらいして欲しいな」


 いきり立つティルティを、よしよしとヒオウが冷静になだめた。

 パニックになりかけていたティルティは、それでどうにかいかりを自制する。たしかにここでヒオウに文句を言っても意味がない。


「ただ、そのときなんだよね。ハルが特殊執行部隊インビジブル・ハンズめるって言い出したのは」

「え……?」


 ティルティは、表情を消してヒオウをぎようした。


「待って。任務からもどるときには、ハルはもう学食部にせきする意志を固めてたってこと?」

「そうなるね」

「どうして? やっぱり死にそうな目にったから?」

「どうだろうねえ。あいつがそれくらいでづくような性格かな?」


 ヒオウがあいまいに首をる。ティルティは反論できずに、む、とくちびるを曲げた。


 とにかくひたすらプライドが高くてけずぎらいなのが、ハル・タカトーという男だ。任務で少しばかり危険な目にったくらいで、特殊執行部隊インビジブル・ハンズの隊長職を投げ出そうとするとは思えない。むしろ逆にやる気を出すタイプのはずだ。


「ヒオウ、ほかになにかハルのせき理由に心当たりはないの? そもそもあいつはどうして学食部なんかに行ったのよ?」

「心当たりというか、気になることはあるけどね」

もつたいぶらないで早く答えなさい」


 ティルティに答えをかされて、ヒオウはうすしようした。なにやらふくみのある表情だ。


「うーん、これは言ってもいいのかな?」

「うるさい。いいから、さっさと言え!」

「女の子だよ」

「はい?」


 想定外だったヒオウの言葉に、ティルティはきょとんと目をしばたいた。


「女の子って、なに?」

「だからハルが学食部にせきした理由。ハルがはいモジュールの調査からもどってきたときに、女の子を一人連れてたんだよね。第三学区シヤスタデージからの転入生らしいんだけど」

第三学区シヤスタデージ……?」


 ティルティはけんにしわを寄せて考えこむ。

 同じ〝学園〟に所属していても、学区がちがえば、そこはもう敵国も同然だ。


「なんで? どこでハルはその子と知り合ったの?」

「それは教えてもらえなかった。なんでも第三学区シヤスタデージしきじゆついけにえにされそうになったところをげてきたらしいけどね」

しきじゆついけにえ……第三学区シヤスタデージならありそうな話だけど……」


 じゆつ至上主義の生徒会が統治する第三学区シヤスタデージでは、非人道的なじゆつ実験がかえされて、たびたび問題になっている。

 さすがに学区ぐるみでほうな研究に手を染めるようなことはないだろうが、一部の暴走した部活や研究室が、生徒を人体実験の材料にするくらいのことはつうにやりかねない。


 しかしヒオウの説明を聞く限り、その転入生のじようは、執行部隊ハンズはいモジュール調査任務とは関係ないはずだ。だとすると、ハルは任務と無関係な場所で彼女と知り合ったということだろうか。どういうじようきようなのか、さっぱりわからない。


「もしかして、その子も学食部に入ったの?」

「そうみたいだね。たぶんハルはその子のために執行部隊ハンズめたんじゃないかな? 学食部のりよういつしよに暮らしてるみたいだし」

「な……!?」


 頭をなぐられたようなショックを受けて、ティルティは小さくよろめいた。

 これまで異性に対してなんの興味も示さなかったハル・タカトーが、知り合ったばかりの転入生のために執行部隊ハンズめて、彼女と同居を始めたのだというのか。


 その事実にティルティは激しくどうようしていた。ひどまいがしてぐに立っていられない。


いつしよ……ハルが女の子といつしよに暮らして……」

「ティルティ? だから、同じりように住んでるって意味だからね? ティルティ?」


 ふらふらと歩き出したティルティに、ヒオウが声をかけてくる。

 ティルティはそんなヒオウをかえることなく、ぼうぜん生徒会ビルケインズケインを出て行くのだった。