聖女と暴食

第二章 オクトローパーのパープル味噌煮込み ④

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「──ぎの書類は以上です。それでは、あとのことはよろしくお願いいたします」


 翌日、どうにか残務処理を終えたティルティは、上司である武装かん委員長に最後のあいさつをしていた。委員長はくろぶちの眼鏡をかけた、気の弱そうなふうぼうの男子生徒だ。


「ありがとう、たしかに受け取ったよ。はあ……生徒会長の指名だから出向は仕方ないけど、カルナイムさんにはなるべく早く戻ってきて欲しいよ。〝にじいくさおと〟がいなくなったら、うちの戦力はガタ落ちだ……」

だれが〝にじいくさおと〟ですか」


 ティルティは、不満そうにくちびるとがらせて委員長をにらんだ。


 武装かん委員会の主な役目は、学区内のふんそうに第三者としてかいにゆうし、平和的な解決に導くことである。場合によっては他学区とのせつしようの役割をになうこともある。


 そして任務の性質上、かん委員会には、時としてふんそうへの武力かいにゆうが求められる。平和的に解決ができないなら、なぐって大人しくさせるしかない、というわけだ。

 そんなときにかん委員会の主戦力として投入されてきたのがティルティだった。


にじいくさおと〟というのは、全属性のこうげきほうを使いこなすティルティの異名である。ハルの〝いなずま〟やヒオウの〝えんせい〟にひつてきする痛々しさだ。もちろんティルティが望んで名乗っているわけではない。


 かん委員会室を出たティルティは、その足で学食部へと向かうことにした。

 時刻はちょうど正午前だ。学食部の活動じようきようかくにんするにはベストな時間帯だろう。


「ティルティせんぱい!」


 しかし生徒会ビルケインズケインろうを歩いていると、不意に声をかけられる。

 パタパタと足音を立ててってきたのは、顔見知り程度のこうはい女子の四人組だ。


「──あの、ティルティせんぱい。学食部に出向されるというお話は本当なのでしょうか?」


 先頭に立っていた女子生徒が、あいさつもそこそこにティルティに話しかけてくる。名前は思い出せないが、ハルの取り巻きをやっていた美化委員会の一年生だったはずだ。


「ええ。本当だけど……」

「生徒会長にたのまれて、ハル様を連れもどしに行かれるんですよね?」

だれに聞いたの?」


 ティルティが出向の辞令を受けて、まだ二十四時間もっていない。それなのにうわさが拡散している事実におどろく。ハルの去就に対する注目度が、それだけ高いということなのだろう。


「よかった……ティルティせんぱいが帰ってきてくださったからには安心だわ。ユミリ会長もそのことをお認めになったのね」

「私もハル様にあこがれてましたけど、ティルティせんぱいがお相手なら文句はありませんわ。あの第三学区シヤスタデージの女なんかより、よっぽど──」

「当たり前でしょ。比べるのも失礼よ。なんといってもハル様とティルティせんぱいのお二人は幼なじみなんだし」


 目の前にいるティルティ本人を無視して、こうはいたちがきゃあきゃあと勝手に盛り上がる。うざったいと思わなくもないが、ハルと自分の仲をおうえんしてくれているのはなおにありがたい。


 しかしここでも第三学区シヤスタデージの女か、とティルティは複雑な感情をいだいた。

 こうはいたちの反応を見たところ、その転入生はよほどざわりに思われているらしい。

 あのハルに限ってないとは思うが、もしやところ構わずイチャついていたりするのだろうか。想像しただけで気分が悪くなってくる。


「ティルティせんぱい


 こうはいたちの中でゆいいつ無言だった女子生徒が、意を決したようにぼそりと口を開いた。

 あまり目立たないが、わいらしい顔立ちをしたちやぱつの少女だ。

 彼女が着ているのは、特殊執行部隊インビジブル・ハンズの女子の制服である。名前はたしかリィカ・タラヤ。ハルの部隊の隊員だったはずだ。


「お願いします、ティルティせんぱい。ハルせんぱいを生徒会に連れもどしてください……」


 半泣きの表情でティルティを見上げて、リィカが言う。

 こうはいとしてハルのことを特別にしたっていただけに、彼のせきにショックを受けているのだろう。今にもくずれそうな彼女のことを、友人たちがけんめいなぐさめる。


「わ、わかったわ。どこまで力になれるかわからないけど、生徒会長にもたのまれてるし、ハルのことを説得してみるわね」

「うう……お願いじまずぅ……」


 ティルティの返事を聞いたリィカが、へいふくするような勢いで頭を下げてくる。

 おもめたようなリィカの反応にドン引きしつつ、自分に課せられた責任の重さを痛感するティルティだった。


4


 出発前からかけられた想定外のプレッシャーにしようもうしつつも、ティルティは学食部が運営する食堂へと向かった。

 学生食堂〝躑躅つつじてい〟総本店というのが、その店の名前らしい。

 支店なんて一けんもないのに総本店とは、ふざけた名前だ、とティルティは思う。


 躑躅つつじていがあるのは、第七学区アザレアスはん街の裏通りだ。学区内外をへだてる〝門〟や〝港〟が近く、治安は悪いが活気に満ちたエリアである。


 食堂の造りは木骨石造のいわゆるハーフティンバー様式。どちらかといえば食堂というよりファンタジー世界の酒場に近い見た目で、ティルティは店に入るのをちゆうちよした。下手に足をれると、いかついせんぱいぼうけん者にからまれそうなふんなのだ。


 昼食時ということもあって、店内はそれなりににぎわっているらしい。

 ティルティが店の前で立ち止まっていると、店内からはそうぞうしい声が聞こえてくる。その声がどことなく悲鳴に似ていたのが気になるが、少なくとも客がいないわけではなさそうだ。


「こんにちは……」


 分厚い木製のとびらを押して、ティルティは店内に足をれる。


 外見から想像していたよりも、店の中は広かった。やはり学生食堂というよりも酒場っぽいふんだ。店内には四十人くらいの客がいる。そのほとんどが男子生徒たち。それもみようあらっぽいというか、ぼうふんの連中だ。


「ぐおおおおおおお! キタァ! なんじゃこりゃあああああ!」

「くぅぅぅ……効くぅぅぅぅぅ!」

「ぐっはああああああっ!」

「おい、だいじようか!? 息してるか!?」


 テーブルに向かう生徒たちは、それぞれせいを発したり、ときにはもんぜつしてゆかを転げ回ったりしている。とても食事をしているという風景ではない。


 彼らの前の食器にっているのは、ティルティが見たこともない料理たちである。

 むらさきいろの液体にかったなぞしよくしゆや、パンにはさまれたきよだいな目玉のような物体など。果たしてそれが人間の食べ物なのかどうかすらさだかではない。


「なに……なんなの、これ……?」


 ティルティは、ただひたすらにこんわくしてくす。

 自分がなにかとんでもない場所にまぎれこんでしまったような気がしている。

 ここが本当に食堂なのかどうか、急に自信が持てなくなってきた。なにかのごうもんか人体実験だと言われたほうがまだしっくりくる。


「いらっしゃいませー。あれ、お客さん、見ない顔ですね?」


 半ば放心状態のティルティに気づいて、店員らしき女子生徒が声をかけてきた。エプロンドレス風の改造制服を着た、あざやかなオレンジ色のかみの少女だ。


「まあまあ入って入って。そんなところにってられると、ほかのお客さんのめいわくだから」

「え……あ……私は、その……」

「うちはこの時間、食券制ですけど、なんにします? おすすめはわり定食ですよ」

「あ……じゃあ、それで……」


 押しの強い店員に流されるまま、ティルティはIDカードを出して食券の代金をはらった。今さら食事をしに来たわけではないとは言えないふんだったからだ。


 どうしてこんなことに、となやみつつ、まあいいか、とティルティは気を取り直す。

 どのみちどこかで昼食は取らなければならないのだ。現在の学食部の様子を知るためにも、客として食事をしてみるのは悪くないだろう。


「お水はセルフサービスでお願いしますね。わり一枚入りましたー」


 ティルティを席に案内したあと、オレンジがみの女子生徒はあわただしく店内を移動していく。よく訓練されたびんな動きだ。


 店のテーブルは古いがていねいみがげられており、独特の味わいを出している。調味料が置かれたトレイの上にもほこり一つ見当たらない。赤字経営と聞いていたが、少なくとも衛生面では合格だろう、とティルティは客観的に評価する。


 そうなってくると気になるのは、きようかんとしか表現できない周囲の客たちの反応だ。彼らはいったいなにを食べさせられていたのだろうか。


わり定食……お待たせ……」


 なやむティルティの目の前に、注文した料理が運ばれてくる。


 運んできたのは、先ほどの店員と同じ制服を着た女子生徒だ。かみの色はあわいブルー。しかし、顔立ちはもう一人の店員とうりふたつである。おそらくふたなのだろう。


「ありがとう……って、なにこれ!?」


 テーブルの上に置かれた料理を見て、ティルティは思わず悲鳴を上げた。


 パンとスープ。これはいい。スープの色がショッキングピンクなのは気になるが、そういう色の果物もあるので、ギリギリ許容はんだ。

 問題はメインディッシュだった。例のむらさきいろの液体にひたしたなぞしよくしゆ。それも時折思い出したようにグネグネとうごめいている。


「本日のわり定食……」


 ティルティの疑問に店員が答える。まったく表情が変化しないせいで、彼女がどこまで本気で言っているのかわからない。


「どこが定食!?」

「オクトローパーのパープルみ。当店の名物料理」

「名物料理!? こんなの人間の食べ物じゃないでしょ!?」


 ティルティは立ち上がって声をあららげた。しかし店員は、こてん、と不思議そうに首をかしげただけだ。なにを言われているのかわからない、という表情である。


「みんな食べてる」

もんぜつしてるじゃない! むしろなんでそこまでして食べてるの、あの人たち!?」


 ティルティは店内を見回しててきする。

 たしかに客の男子生徒たちはもんの表情をかべながらも、しよくしゆ料理を必死で口に運んでいた。こいびとや兄弟をひとじちに取られておどされているとしか思えない光景だ。


「おいおい。なんだ、あんた。うちの料理になんか文句があるのか?」


 大声で店員にクレームをつけるティルティに、店の奥から出てきた男子生徒が近づいてくる。

 

 やたらにがっしりとした体格の男子だ。百九十センチにせまる長身に、広いかたはばうでの太さはティルティのふとももくらいはありそうだ。〝学園〟の生徒ならまだ十代のはずだが、とてもそうは思えない。〝でかいドワーフ〟という言葉が、ティルティののういつしゆんよぎる。


 信じられないことにその男子生徒は、コック服にこしエプロンを着けていた。どうやら、彼がこの店の料理人らしい。