7
強気な顔立ちの女子生徒が、運ばれてきたコーヒーのカップを受け取りながら、なぜか俺を睨んでいる。見るからに優等生然とした、生真面目そうな顔立ちの少女だ。
癖のない真っ直ぐな金髪に、翠色の瞳という華やかな雰囲気。
大人びた美貌とすらりとした長身。そして隙なく着こなした制服。
第七学区高等部の二年生、ティルティ・カルナイムは、生徒会時代の俺の同僚だった。
彼女の本来の所属は武装監視委員会。学区内外の争いに介入して調停を行う司法機関の一種であり、その性質上、事務職でありながら高い戦闘力が要求される。
そんな百戦錬磨の監視委員たちの中でも、ティルティはエースと目される優秀な人材だ。
主要な属性魔法のすべてに適性を持っており、それらを組み合わせた多彩な複合魔法を使いこなす万能戦闘職。ゆえに彼女の通称は〝虹の戦乙女〟。ティルティが操る七つの属性魔法を、虹の七色に見立てた通り名だ。
「本当におまえが学食部の監査官なのか?」
「そうよ。生徒会長に直々に指名されたの」
俺が無意識に洩らした呟きに、ティルティが少しムッとしたように言い返す。
文句は受け付けない、と言わんばかりの妙な気迫のこもった口調である。
「ティルティ。おまえ、なにをやらかした?」
「……は? どういう意味?」
ティルティが、きょとんと目を丸くして俺を見た。
俺はティルティを励ますように、彼女の肩をポンと叩く。
「監視委員会の主戦力だったおまえが、学食部みたいな弱小部活動の監査官に任命されたということは、事実上の降格処分だろ? あまり落ちこむなよ?」
「降格処分って……ちょっと待って! 違うから! さっきも言ったでしょ。私が学食部の監査官になったのは、生徒会長に直々に指名されたからなんだってば!」
「会長がわざわざ監視委員一人のために動くなんて、よっぽどのことじゃないか?」
「それはあなたが勝手に生徒会を辞めたからでしょうが!」
ティルティはムキになったように声を張り上げる。
「まあ、事情を言いたくないなら無理には訊かないが……大変だったな、ティルティ」
「そんな気を遣ってやってるみたいな言い方はやめてもらえる!? 私は本当に懲罰で監査官にされたわけじゃないから!」
「──そういう事情みたいだが、監査官の受け入れは問題ないのか?」
一人で騒いでいるティルティを無視して、俺はリュシエラに向き直った。
生徒会から派遣されてきた監査官は、受け入れる側の学食部にとっては、少なからず負担になる存在だ。部外者に過去の帳簿を細かく調べられたり、部の運営に口出しされたりして、気分がいい生徒がいるはずもない。
しかし桃色髪の学食部部長は、苦笑まじりに首を振る。
「うーん、そうだね。学食部としてはべつに構わないよ」
「そうなのか?」
「うちはいつも人手不足だからね。武装監視委員をやってたってことは、ティルティちゃん、けっこう優秀なんでしょ。使える人材なら歓迎するよ」
「私は学食部の監査に来ただけで、部員になったわけではないんですけど」
ティルティが少し戸惑ったようにぼそりと言う。
一方のリュシエラはニヤニヤと愉快そうに微笑んで、
「いやー、うちは経理のことがわかる人間が少ないから、正直、助かるよ。よろしくね」
「なるほど」
「まさか会計業務を私に丸投げする気じゃないですよね……?」
納得する俺の隣で、ティルティは不安げな表情を浮かべていた。
そしてその様子を見ていたアナは、なぜかご機嫌で頰を緩ませている。
「どうした? 嬉しそうだな、アナ?」
「えへへ。ティルティさんが学食部に来るなら、わたしたちにも後輩が出来ますね」
「だから私は学食部の部員になったわけじゃない!」
期待に満ちた表情で微笑むアナに、ティルティが苛々と歯を剝いた。
リュシエラは人事通達の書類をヒラヒラと揺らして、
「ふーん、まあいいや。とりあえず、これは受け取っておくね」
「ありがとうございます。それではさっそく学食部の経営状況を確認したいんですけど」
「そう言われても、うちはこれから夜のぶんの仕込みがあるからね」
学食部のオフィスに乗りこもうと逸るティルティを、リュシエラはやんわりとたしなめた。
「夜? 夕食の準備ということですか?」
ティルティも、〝躑躅亭〟に夕方からの営業時間があることに気づいたらしい。
学食部の部員はその準備のために忙しく、突然押しかけてきたティルティとしても、無理に自分の相手をしろとは言いづらい。
「そうそう。というわけで、今日のところは見学ということでどうかな? 学食部の活動内容を知っておくのは無駄にならないだろうし」
「……わかりました。たしかにあなた方の現状の把握に役立ちそうですね」
「うん。そういうことだから、ハル・タカトー。ティルティちゃんの案内を任せていいかな?」
「了解だ」
俺がリュシエラの指示にうなずくと、ティルティは一瞬にやけたように唇を緩め、それを隠そうとするようにすぐに表情を引き締めた。よくわからない態度だが、知り合いの俺が案内役ということで緊張が解けて、それを自ら戒めたのかもしれない。
「あの……部長さん……!」
俺たちのやり取りを聞いていたアナが、怖ず怖ずと手を挙げてリュシエラを呼ぶ。
「そうだね。アナちゃんも同行していいよ。女の子がいないと案内できない場所もあるからね」
「はい、任せてください。先輩としてしっかり案内してみせます!」
獣の耳をピクピクと震わせながら、気合いに満ちた表情でアナが断言する。妙に張り切っているその仕草が、子供っぽくて可愛らしい。
ティルティは、そんなアナを警戒するように眉を寄せて、小声で俺に訊いてくる。
「なんなの、この子?」
「こういうやつなんだ」
慣れろ、と俺は突き放すように言った。
ティルティは、不満そうに唇を尖らせてうなずくのだった。
8
躑躅亭の店舗と学食部の部室棟の間には、ガレージ風の大きなプレハブ小屋がある。小屋の中身は食材の貯蔵庫と、魔物の解体場である。
その解体場には、でかいドワーフといった雰囲気の体格のいい男子生徒が立っていた。学食部の料理長である三年生──ラフテオ・ナイバルだ。
「少しいいか、ナイバル先輩。新入部員を紹介したいんだが」
解体場に足を踏み入れた俺は、解体用の骨スキ包丁を研いでいた料理長に声をかける。
「新入部員?」
ラフテオは訝るように顔を上げて俺を見た。
俺とアナが学食部に移籍して、まだ三週間しか経っていないのだ。その俺が新入部員を紹介すると言い出したのだから、彼が奇妙に思うのも無理はないだろう。
「だから私は新入部員じゃなくて、学食部の監査官なんですけど」
ティルティが力のない口調で訂正する。学食部の新入り扱いされることに、彼女としてもそろそろ諦めがついてきたらしい。
「なんだ、オクトローパーの嬢ちゃんか。身体はもういいのか?」
ティルティの素性に気づいたラフテオが、意外そうに片方の眉を上げる。
「その言い方はやめてもらえません!? いえ、まあ、身体のほうはもう大丈夫ですけど」
「そうか。オクトローパーに当たるかどうかは運だからな。慣れればそのうち平気になるさ」
「慣れませんから! 運が悪いと死にかけるような代物を定食で出さないでください!」
「でも、美味かっただろ?」
「そんなの覚えてませんよ! こっちは全身が痺れてそれどころじゃなかったんですから!」
自信に満ちたラフテオの問いかけに、ティルティが声を荒らげる。
「喰いもんにちょっと当たったくらいで大袈裟だな」
「食堂の料理人がそういうこと言います!?」
ティルティの抗議を柳に風と受け流し、ラフテオは俺のほうへと顔を向けた。
「それよりも、タカトー。さっき届いたこいつなんだが──」
そう言ってラフテオが指さしたのは、解体場の奥に置かれていた巨大な肉塊だった。俺とアナたちが今回の遠征で狩ってきた魔物のうちの一体である。〝港〟での検疫を終えてちょうど運びこまれてきたところらしい。