聖女と暴食

第二章 オクトローパーのパープル味噌煮込み ⑧

7


 強気な顔立ちの女子生徒が、運ばれてきたコーヒーのカップを受け取りながら、なぜか俺をにらんでいる。見るからに優等生然とした、そうな顔立ちの少女だ。


 くせのないぐなきんぱつに、みどりいろひとみというはなやかなふん

 大人びたぼうとすらりとした長身。そしてすきなく着こなした制服。

 第七学区アザレアス高等部の二年生、ティルティ・カルナイムは、生徒会時代の俺のどうりようだった。


 彼女の本来の所属は武装かん委員会。学区内外の争いにかいにゆうして調停を行う司法機関の一種であり、その性質上、事務職でありながら高いせんとう力が要求される。


 そんなひやくせんれんかん委員たちの中でも、ティルティはエースと目されるゆうしゆうな人材だ。

 主要な属性ほうのすべてに適性を持っており、それらを組み合わせたさいな複合ほうを使いこなす万能戦闘職オールラウンダー。ゆえに彼女のつうしようは〝にじいくさおと〟。ティルティがあやつる七つの属性ほうを、にじの七色に見立てた通り名だ。


「本当におまえが学食部のかん官なのか?」

「そうよ。生徒会長に直々に指名されたの」


 俺が無意識にらしたつぶやきに、ティルティが少しムッとしたように言い返す。

 文句は受け付けない、と言わんばかりのみようはくのこもった口調である。


「ティルティ。おまえ、なにをやらかした?」

「……は? どういう意味?」


 ティルティが、きょとんと目を丸くして俺を見た。

 俺はティルティをはげますように、彼女のかたをポンとたたく。


かん委員会の主戦力だったおまえが、学食部みたいな弱小部活動のかん官に任命されたということは、事実上の降格処分だろ? あまり落ちこむなよ?」

「降格処分って……ちょっと待って! ちがうから! さっきも言ったでしょ。私が学食部のかん官になったのは、生徒会長に直々に指名されたからなんだってば!」

「会長がわざわざかん委員一人のために動くなんて、よっぽどのことじゃないか?」

「それはあなたが勝手に生徒会をめたからでしょうが!」


 ティルティはムキになったように声を張り上げる。


「まあ、事情を言いたくないなら無理にはかないが……大変だったな、ティルティ」

「そんな気をつかってやってるみたいな言い方はやめてもらえる!? 私は本当にちようばつかん官にされたわけじゃないから!」

「──そういう事情みたいだが、かん官の受け入れは問題ないのか?」


 一人でさわいでいるティルティを無視して、俺はリュシエラに向き直った。

 生徒会からけんされてきたかん官は、受け入れる側の学食部にとっては、少なからず負担になる存在だ。部外者に過去のちよう簿を細かく調べられたり、部の運営に口出しされたりして、気分がいい生徒がいるはずもない。


 しかしももいろがみの学食部部長は、しようまじりに首をる。


「うーん、そうだね。学食部としてはべつに構わないよ」

「そうなのか?」

「うちはいつも人手不足だからね。武装かん委員をやってたってことは、ティルティちゃん、けっこうゆうしゆうなんでしょ。使える人材ならかんげいするよ」

「私は学食部のかんに来ただけで、部員になったわけではないんですけど」


 ティルティが少しまどったようにぼそりと言う。

 一方のリュシエラはニヤニヤとかいそうにほほんで、


「いやー、うちは経理のことがわかる人間が少ないから、正直、助かるよ。よろしくね」

「なるほど」

「まさか会計業務を私に丸投げする気じゃないですよね……?」


 なつとくする俺のとなりで、ティルティは不安げな表情をかべていた。

 そしてその様子を見ていたアナは、なぜかごげんほおゆるませている。


「どうした? うれしそうだな、アナ?」

「えへへ。ティルティさんが学食部に来るなら、わたしたちにもこうはいが出来ますね」

「だから私は学食部の部員になったわけじゃない!」


 期待に満ちた表情でほほむアナに、ティルティがいらいらと歯をいた。

 リュシエラは人事通達の書類をヒラヒラとらして、


「ふーん、まあいいや。とりあえず、これは受け取っておくね」

「ありがとうございます。それではさっそく学食部の経営じようきようかくにんしたいんですけど」

「そう言われても、うちはこれから夜のぶんの仕込みがあるからね」


 学食部のオフィスに乗りこもうとはやるティルティを、リュシエラはやんわりとたしなめた。


「夜? デイナーの準備ということですか?」


 ティルティも、〝躑躅つつじてい〟に夕方からの営業時間があることに気づいたらしい。

 学食部の部員はその準備のためにいそがしく、とつぜんしかけてきたティルティとしても、無理に自分の相手をしろとは言いづらい。


「そうそう。というわけで、今日のところは見学ということでどうかな? 学食部の活動内容を知っておくのはにならないだろうし」

「……わかりました。たしかにあなた方の現状のあくに役立ちそうですね」

「うん。そういうことだから、ハル・タカトー。ティルティちゃんの案内を任せていいかな?」

りようかいだ」


 俺がリュシエラの指示にうなずくと、ティルティはいつしゆんにやけたようにくちびるゆるめ、それをかくそうとするようにすぐに表情をめた。よくわからない態度だが、知り合いの俺が案内役ということできんちようが解けて、それを自らいましめたのかもしれない。


「あの……部長さん……!」


 俺たちのやり取りを聞いていたアナが、ずと手を挙げてリュシエラを呼ぶ。


「そうだね。アナちゃんも同行していいよ。女の子がいないと案内できない場所もあるからね」

「はい、任せてください。せんぱいとしてしっかり案内してみせます!」


 けものの耳をピクピクとふるわせながら、気合いに満ちた表情でアナが断言する。みように張り切っているその仕草が、子供っぽくてわいらしい。

 ティルティは、そんなアナをけいかいするようにまゆを寄せて、小声で俺にいてくる。


「なんなの、この子?」

「こういうやつなんだ」


 慣れろ、と俺ははなすように言った。

 ティルティは、不満そうにくちびるとがらせてうなずくのだった。


8


 躑躅つつじていてんと学食部の部室とうの間には、ガレージ風の大きなプレハブ小屋がある。小屋の中身は食材の貯蔵庫と、ものの解体場である。


 その解体場には、でかいドワーフといったふん体格ガタイのいい男子生徒が立っていた。学食部の料理長である三年生──ラフテオ・ナイバルだ。


「少しいいか、ナイバルせんぱい。新入部員をしようかいしたいんだが」


 解体場に足をれた俺は、解体用の骨スキ包丁をいでいた料理長に声をかける。


「新入部員?」


 ラフテオはいぶかるように顔を上げて俺を見た。

 俺とアナが学食部にせきして、まだ三週間しかっていないのだ。その俺が新入部員をしようかいすると言い出したのだから、彼がみように思うのも無理はないだろう。


「だから私は新入部員じゃなくて、学食部のかん官なんですけど」


 ティルティが力のない口調でていせいする。学食部の新入りあつかいされることに、彼女としてもそろそろあきらめがついてきたらしい。


「なんだ、オクトローパーのじようちゃんか。身体からだはもういいのか?」


 ティルティのじように気づいたラフテオが、意外そうに片方のまゆを上げる。


「その言い方はやめてもらえません!? いえ、まあ、身体からだのほうはもうだいじようですけど」

「そうか。オクトローパーに当たるかどうかは運だからな。慣れればそのうち平気になるさ」

「慣れませんから! 運が悪いと死にかけるようなしろものを定食で出さないでください!」

「でも、かっただろ?」

「そんなの覚えてませんよ! こっちは全身がしびれてそれどころじゃなかったんですから!」


 自信に満ちたラフテオの問いかけに、ティルティが声をあららげる。


いもんにちょっと当たったくらいでおおだな」

「食堂の料理人がそういうこと言います!?」


 ティルティのこうやなぎに風と受け流し、ラフテオは俺のほうへと顔を向けた。


「それよりも、タカトー。さっき届いたこいつなんだが──」


 そう言ってラフテオが指さしたのは、解体場の奥に置かれていたきよだいにくかいだった。俺とアナたちが今回のえんせいってきたもののうちの一体である。〝港〟でのけんえきを終えてちょうど運びこまれてきたところらしい。