聖女と暴食

第二章 オクトローパーのパープル味噌煮込み ⑩

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 地上にちたはいモジュールの内部には、どうだんとうばくえんれたこんせきがくっきりと残されていた。


 かべおおじゆ高分子化合物ポリマーはことごとくき、きようじんなアルミ合金のフレームまでもがけ落ちてゆがんでしまっている。


 そんなはいモジュールの最深部には、武装したしんのジャケット姿の一団がいる。

 第七学区アザレアス〝重商生徒会〟直属のせんとう集団、特殊執行部隊インビジブル・ハンズ第二小隊だ。


どうだんとうばくしん地か。知識としては知っていたけど、すさまじいものだね」


 第二小隊の隊長であるヒオウ・レイセインが、背後をかえりながらつぶやいた。

 周囲をけいかいしていないわけではないのだろうが、きんちよう感を感じさせないおだやかな口調だ。


 ヒオウが率いる執行部隊ハンズ第二小隊の任務は、天環オービタルはいモジュールの再調査。前回調査時に多くの負傷者を出した第一小隊から、調査任務をいだのだ。


 もっともそれは表向きの理由だ。てんじんどうだんとうくされたはいモジュールに、価値のある情報が残っているとは、生徒会も思っていないだろう。


 ヒオウに課せられた本来の任務は、〝第七学区アザレアスいなずま〟ハル・タカトーが、執行部隊ハンズめた心変わりの理由をめることだった。

 その手がかりがこのメテオライトに残っていると、生徒会長ユミリ・アトタイルは判断した。それについてはヒオウも同意見だ。


「軌道ばくげきミサイルのちやくだん時に、ハルがこの中に取り残されていたという情報は本当かい?」

「は、はい。最後にかくにんしたハルせんぱいの位置情報ははいモジュールの最深部だったので……」


 ヒオウの質問に答えたのは、六人の同行者の中で、一人だけ青いジャケットを着ているちやぱつの女子生徒だった。

 案内役としてばつてきされた執行部隊ハンズ第一小隊の新人隊員、管制係のリィカ・タラヤである。


「なるほどね。だとしたら、どうだんとうの殺傷半径からのがれるのはまず不可能だね」


 たんまつに表示された地形マップをながめて、ヒオウはなつとくしたようにうなずいた。

 そしてれきの中に転がっていた、鋼鉄のかたまりを拾い上げる。


「それにハルがここにいたことは、どうやらちがいなさそうだ」

「これって……ハルせんぱいじゆうですか?」


 ヒオウが見つけた自動しようじゆうに気づいて、リィカが声をふるわせた。


 ハルがほうしよくばいとしてじゆうを使用することは、執行部隊ハンズの隊員ならだれもが知っている。はいモジュールの最深部に第七学区アザレアス製の自動しようじゆうを持ちこんだ者がいるとすれば、それは彼以外にあり得ない。


「そうなってくると、どうしてこの区画は、どうだんとうばくはつえいきようを受けていないのかが気になるね」


 そう言ってヒオウは、金属かくへきに囲まれたせまい空間を見回した。

 ろうごくを連想させる殺風景な空間だが、どうだんとうくされたはずのはいモジュールの内側で、この場所だけがほぼ無傷で原形をとどめていたのだ。


ぼうぎよしようへき……でしょうか?」


 リィカが自信なげにいた。ヒオウはやわらかくほほんで首をる。


「さすがにそれはないだろうね。いくらハルでも一人でどうだんとうの熱しようげきを防ぐのは厳しいと思うよ。そんなほうが使えるなら、てんじん種族が放っておかないだろう」

「そ、そうですよね……」


 リィカは力なくうなれた。彼女自身、ハルがしようへきほうを使ってばくはつえたとは思っていないのだ。


 それよりも可能性が高いのは、ぼうぎよしようへきを展開する装置が、はいモジュールにとうさいされていたというパターンだろう。だが少なくともこの区画内に、それらしい機械の姿はない。


「これは……?」


 はいモジュール内をじっくりと観察していたヒオウは、区画内のかたすみに置かれていたみようなカプセルに気づいて足を止めた。直径およそ二メートルのえんとう形の金属容器である。


てんじんの非常だつしゆつ用カプセルでしょうか?」


 容器をながめて、リィカがつぶやく。ヒオウは無言でうなずいた。実際にそれらしい注意書きが、容器のあちこちに書かれている。


ふたが開いてるね」

「開いてますね。もしかしてハルせんぱい、この中に入ってどうだんとうばくはつをやり過ごしたとか?」

「可能性はゼロではないね。だけど、これは……」


 容器の中をのぞきこんで、ヒオウはすっと目を細くした。


 かんづめを思わせるえんとう形の容器の底に、あわい水色の液体がまっている。液体の大部分はばくはつしようげきこぼれてしまっているが、ねんの高い一部の成分が残ったのだろう。


 その液体の正体を想像して、ヒオウはわずかに口元をゆるめる。

 これがたいけんとつにゆう時に使用するベンチレーシヨンリキツドなら、てんじんだれかがこのカプセルに入って地上に降下してきたのではないか、と考えたのだ。


 その仮説を検証するためには、容器の底に残った液体を回収して、しようさいぶんせきに回す必要がある。部下のだれかに声をかけて、ヒオウはそれを命じようとした。


 だが、ヒオウがその命令を口にする前に、きよだいはいモジュールの内側を、とつぜんしようげきごうおんける。


「ば、ばくはつ!?」


 しんどうでバランスをくずしたリィカが、かべに手をきながら悲鳴を上げた。


「第二班! ラルス! なにがあった!?」


 耳元のヘッドセットに向かって、ヒオウがさけぶ。呼び出した相手は、はいモジュールの入り口に残して周囲のけいかいを担当させていた第二班の班長だ。


かくにんの部隊と交戦中です。敵の総数は不明ですが、強力な火属性のほうかくにんしています』

「今のばくはつの正体はそれか……!」


 部下の報告を聞いたヒオウは、額にかかるかみうつとうしげにげた。

 第二班とのほう通信には、みみざわりなノイズと絶え間ないばくはつ音が混じっている。彼らは今もかくにん部隊と激しいせんとうを続けているのだ。


「聞こえたね、みんな。一度、もどろう。ラルスたちのえんに行くよ」

りようかい!」


 ヒオウの部下たちがモジュールの調査を切り上げて、いつせいせんとうの準備を始める。

 正体不明の敵のしゆうげきを受けても、彼らの表情にどうようは見えない。想定外のせんとうなど、特殊執行部隊インビジブル・ハンズの任務にはよくあることだ。


「ガラは、リィカちゃんの護衛をたのむ」

「承知しました」


 ヒオウは、副官のガラ・タデオに、リィカのボディガードを命じた。おおがらで無骨なふんのガラだが、ぼうぎよ系の固有能力を持っており、細やかなづかいにもけている。こうげきへんちようの第二小隊において、要人の護衛を任せられる貴重な人材だ。


「あ、いえ、私はだいじようですから。護衛なんて、そんな、私なんかを……」


 護衛対象として名指しされたリィカが、あわてて辞退を申し出る。


 せんとう要員ではないただの管制係とはいえ、リィカも執行部隊ハンズの一員だ。自分の身を守る程度のせんとう訓練は受けているという、彼女なりの自負もあるのだろう。


 しかしヒオウは笑って首をった。第一小隊所属のリィカは、ヒオウの直属の部下ではない。ヒオウとしては、自主的に調査に協力してくれた彼女を無傷で帰す義務があるのだ。


「いいからいいから。きみを勝手に連れ出した上にをさせてしまったら、僕もハルに合わせる顔がないからさ」

「で、でも……」


 なおもしゆくしたように口ごもっていたリィカが、ハッとおどろいたように顔を上げる。


 彼女の固有能力はちよう感覚的知覚。半径数百メートル、周囲三百六十度の生物の位置や動きを、レーダーのようにあくすることができるという。そんなリィカのさくてき能力が、接近してくるかくにんの存在をとらえたのだ。


「ヒオウ隊長、上です!」


 リィカのさけびに、ヒオウたちははじかれたように頭上を見た。

 どうだんとうばくはつに巻きこまれながらも、ほぼ無傷で残ったはいモジュールの最深部──そのゆいいつの例外が、ブロツクてんじよう部分だった。

 本来は天環オービタルがいへき部分に相当する、もっとも強固なはずのかくへきが、何者かにい破られたようにえぐられて、きよだいな穴が空いているのだ。

 その深いたてあなから、降下してきた集団がいる。

 どうじようで武装した、タクティカルジャケット姿の生徒たち。ほかの学区に所属するせんとう集団と見てちがいないだろう。


かくにん部隊! 別働隊がいたのか……!」