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地上に墜ちた廃棄モジュールの内部には、魔導弾頭の爆炎が吹き荒れた痕跡がくっきりと残されていた。
壁を覆う樹脂や高分子化合物はことごとく燃え尽き、強靱なアルミ合金のフレームまでもが熔け落ちて歪んでしまっている。
そんな廃棄モジュールの最深部には、武装した深紅のジャケット姿の一団がいる。
第七学区〝重商生徒会〟直属の戦闘集団、特殊執行部隊第二小隊だ。
「魔導弾頭の爆心地か。知識としては知っていたけど、凄まじいものだね」
第二小隊の隊長であるヒオウ・レイセインが、背後を振り返りながら呟いた。
周囲を警戒していないわけではないのだろうが、緊張感を感じさせない穏やかな口調だ。
ヒオウが率いる執行部隊第二小隊の任務は、天環廃棄モジュールの再調査。前回調査時に多くの負傷者を出した第一小隊から、調査任務を引き継いだのだ。
もっともそれは表向きの理由だ。天人の魔導弾頭で焼き尽くされた廃棄モジュールに、価値のある情報が残っているとは、生徒会も思っていないだろう。
ヒオウに課せられた本来の任務は、〝第七学区の稲妻〟ハル・タカトーが、執行部隊を辞めた心変わりの理由を突き止めることだった。
その手がかりがこの落下物に残っていると、生徒会長ユミリ・アトタイルは判断した。それについてはヒオウも同意見だ。
「軌道爆撃ミサイルの着弾時に、ハルがこの中に取り残されていたという情報は本当かい?」
「は、はい。最後に確認したハル先輩の位置情報は廃棄モジュールの最深部だったので……」
ヒオウの質問に答えたのは、六人の同行者の中で、一人だけ青いジャケットを着ている茶髪の女子生徒だった。
案内役として抜擢された執行部隊第一小隊の新人隊員、管制係のリィカ・タラヤである。
「なるほどね。だとしたら、魔導弾頭の殺傷半径から逃れるのはまず不可能だね」
端末に表示された地形マップを眺めて、ヒオウは納得したようにうなずいた。
そして瓦礫の中に転がっていた、鋼鉄の塊を拾い上げる。
「それにハルがここにいたことは、どうやら間違いなさそうだ」
「これって……ハル先輩の銃ですか?」
ヒオウが見つけた自動小銃に気づいて、リィカが声を震わせた。
ハルが魔法の触媒として銃器を使用することは、執行部隊の隊員なら誰もが知っている。廃棄モジュールの最深部に第七学区製の自動小銃を持ちこんだ者がいるとすれば、それは彼以外にあり得ない。
「そうなってくると、どうしてこの区画は、魔導弾頭の爆発の影響を受けていないのかが気になるね」
そう言ってヒオウは、金属隔壁に囲まれた狭い空間を見回した。
牢獄を連想させる殺風景な空間だが、魔導弾頭で焼き尽くされたはずの廃棄モジュールの内側で、この場所だけがほぼ無傷で原形を留めていたのだ。
「防御障壁……でしょうか?」
リィカが自信なげに訊いた。ヒオウは柔らかく微笑んで首を振る。
「さすがにそれはないだろうね。いくらハルでも一人で魔導弾頭の熱衝撃波を防ぐのは厳しいと思うよ。そんな魔法が使えるなら、天人種族が放っておかないだろう」
「そ、そうですよね……」
リィカは力なく項垂れた。彼女自身、ハルが障壁魔法を使って爆発に耐えたとは思っていないのだ。
それよりも可能性が高いのは、防御障壁を展開する装置が、廃棄モジュールに搭載されていたというパターンだろう。だが少なくともこの区画内に、それらしい機械の姿はない。
「これは……?」
廃棄モジュール内をじっくりと観察していたヒオウは、区画内の片隅に置かれていた奇妙なカプセルに気づいて足を止めた。直径およそ二メートルの円筒形の金属容器である。
「天人の非常脱出用カプセルでしょうか?」
容器を眺めて、リィカが呟く。ヒオウは無言でうなずいた。実際にそれらしい注意書きが、容器のあちこちに書かれている。
「蓋が開いてるね」
「開いてますね。もしかしてハル先輩、この中に入って魔導弾頭の爆発をやり過ごしたとか?」
「可能性はゼロではないね。だけど、これは……」
容器の中をのぞきこんで、ヒオウはすっと目を細くした。
缶詰を思わせる円筒形の容器の底に、淡い水色の液体が溜まっている。液体の大部分は爆発の衝撃で零れてしまっているが、粘度の高い一部の成分が残ったのだろう。
その液体の正体を想像して、ヒオウはわずかに口元を緩める。
これが大気圏突入時に使用する液体呼吸溶液なら、天人の誰かがこのカプセルに入って地上に降下してきたのではないか、と考えたのだ。
その仮説を検証するためには、容器の底に残った液体を回収して、詳細な分析に回す必要がある。部下の誰かに声をかけて、ヒオウはそれを命じようとした。
だが、ヒオウがその命令を口にする前に、巨大な廃棄モジュールの内側を、突然の衝撃と轟音が駆け抜ける。
「ば、爆発!?」
振動でバランスを崩したリィカが、壁に手を突きながら悲鳴を上げた。
「第二班! ラルス! なにがあった!?」
耳元のヘッドセットに向かって、ヒオウが叫ぶ。呼び出した相手は、廃棄モジュールの入り口に残して周囲の警戒を担当させていた第二班の班長だ。
『未確認の部隊と交戦中です。敵の総数は不明ですが、強力な火属性の魔法を確認しています』
「今の爆発の正体はそれか……!」
部下の報告を聞いたヒオウは、額にかかる髪を鬱陶しげに搔き上げた。
第二班との魔法通信には、耳障りなノイズと絶え間ない爆発音が混じっている。彼らは今も未確認部隊と激しい戦闘を続けているのだ。
「聞こえたね、みんな。一度、戻ろう。ラルスたちの援護に行くよ」
「了解!」
ヒオウの部下たちがモジュールの調査を切り上げて、一斉に戦闘の準備を始める。
正体不明の敵の襲撃を受けても、彼らの表情に動揺は見えない。想定外の戦闘など、特殊執行部隊の任務にはよくあることだ。
「ガラは、リィカちゃんの護衛を頼む」
「承知しました」
ヒオウは、副官のガラ・タデオに、リィカのボディガードを命じた。大柄で無骨な雰囲気のガラだが、防御系の固有能力を持っており、細やかな気遣いにも長けている。攻撃偏重の第二小隊において、要人の護衛を任せられる貴重な人材だ。
「あ、いえ、私は大丈夫ですから。護衛なんて、そんな、私なんかを……」
護衛対象として名指しされたリィカが、慌てて辞退を申し出る。
戦闘要員ではないただの管制係とはいえ、リィカも執行部隊の一員だ。自分の身を守る程度の戦闘訓練は受けているという、彼女なりの自負もあるのだろう。
しかしヒオウは笑って首を振った。第一小隊所属のリィカは、ヒオウの直属の部下ではない。ヒオウとしては、自主的に調査に協力してくれた彼女を無傷で帰す義務があるのだ。
「いいからいいから。きみを勝手に連れ出した上に怪我をさせてしまったら、僕もハルに合わせる顔がないからさ」
「で、でも……」
なおも萎縮したように口ごもっていたリィカが、ハッと驚いたように顔を上げる。
彼女の固有能力は超感覚的知覚。半径数百メートル、周囲三百六十度の生物の位置や動きを、レーダーのように把握することができるという。そんなリィカの索敵能力が、接近してくる未確認の存在を捉えたのだ。
「ヒオウ隊長、上です!」
リィカの叫びに、ヒオウたちは弾かれたように頭上を見た。
魔導弾頭の爆発に巻きこまれながらも、ほぼ無傷で残った廃棄モジュールの最深部──その唯一の例外が、区画の天井部分だった。
本来は天環の外壁部分に相当する、もっとも強固なはずの隔壁が、何者かに喰い破られたように抉り取られて、巨大な穴が空いているのだ。
その深い縦孔から、降下してきた集団がいる。
魔導杖で武装した、タクティカルジャケット姿の生徒たち。ほかの学区に所属する戦闘集団と見て間違いないだろう。
「未確認部隊! 別働隊がいたのか……!」