第二班と戦闘中の部隊はおそらく囮。
彼らがモジュールの入り口で騒ぎを起こし、その隙に本命部隊が内部に侵入するという作戦だったのだろう。
結果的に最深部に到達した彼らは、その目的を達成したことになる。
降下してきた敵の数は八人。戦力的にはほぼ互角だ。
しかし執行部隊第二小隊は、背後を急襲された形になっている。そして敵の正面に立っているのは、最後尾にいたガラとリィカだった。
「伏せろ、ガラ!」
「隊長!?」
ヒオウの命令を聞いたガラが、反射的にリィカもろとも頭を下げる。
その直後、彼らの頭上を銀色の閃光が駆け抜けた。ヒオウの放った【鋼弾】だ。地属性魔法で生成した金属の弾丸を、火属性魔法で撃ち出す複合魔法攻撃である。
ヒオウが生成した【鋼弾】の直径は五ミリにも満たず、貫通力や殺傷力は高くない。あくまでも牽制が目的だ。それでも敵の魔導杖を叩き落として、リィカたちへの攻撃を防ぐ程度の効果はあった。
「その制服の紋章、第二十六学区の陸戦隊かな?」
動きを止めた敵の生徒たちに、ヒオウが穏やかな口調で訊く。
第二十六学区は海に面した土地にあり、海洋開発を得意とする中堅学区だ。
海底に沈んだ旧人類の都市の資源回収を得意にしており、海上戦では他学区の追随を許さない。
陸戦隊は、その第二十六学区の生徒会が保有する特殊部隊の名称だ。
「いちおう警告させてもらおうか。〝学園〟規則第四十三条第二項に基づいて、現在この落下物は第七学区の管理下にある。というわけで、速やかに武装解除して投降してくれ。痛い目を見たくなければね」
ヒオウは、そう言って優雅に剣を抜いた。
ハルが銃器を使うように、ヒオウは魔法の触媒として剣を使う。細身だが刃渡り一メートルに迫る長剣の威圧感は強烈だ。
だがそのヒオウの長剣を見ても、陸戦隊の隊員たちは表情を変えない。
それどころか彼らの瞳には、およそ生気というべきものが感じられなかった。
まるで任務を遂行するだけの、人の形をした機械を見ているようだ。
ただ一人、彼らの隊長格とおぼしき痩身の男だけが、妙にギラギラとした眼差しで、周囲を落ち着きなく見回している。
「臭いが……しますね……」
その痩身の男が、ぼそりと告げた。
ヒオウたちに対する質問ではなく、自分自身に言い聞かせるような確認の言葉だった。
「ああ、この臭い……間違いありません。〝暴食〟です……」
不気味に上体を屈めたまま、男は鼻をヒクつかせる。
男の異様な行動に、リィカがヒッと息を吞んだ。
そしてヒオウは、男が放つ奇怪な魔力の波動に表情を険しくするのだった。
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「〝暴食〟……貴方なのですね、〝暴食〟……〝暴食〟! ベエルゼブブゥゥゥゥゥ!」
床に這いつくばるようにして、痩身の男はなにかを探している。彼の呟きは譫言のようで、その言葉に意味があるとは思えない。
男の異様な行動に、ヒオウは激しい困惑を覚えた。
それはヒオウの部下達も同様だ。
「なんだ、貴様? なにを言っている!?」
執行部隊第二小隊の隊員であるラセット・クレイが、男を怒鳴りつけた。
旧世界の不良のような髪型をしたラセットは、見た目通りの直情的な性格なのだ。
痩身の男はゆっくりと顔を上げ、そんなラセットを冷ややかに睨めつける。
その瞬間、ヒオウは、男の周囲に異様な魔力の流れを感じた。通常の攻撃魔法の前兆ではない。だが、本能的にそれが危険なものだと直感する。
「離れろ、ラセット!」
「……隊長?」
ラセットは、不服そうな表情を浮かべつつ、ヒオウの命令に従って一歩だけ後退する。
それが彼の命運を分けた。
なんの前触れもなく出現した炎の奔流が、直前まで彼の立っていた場所を吞みこんで、爆ぜたのだ。
「ぐああああっ!」
飛び散った炎の欠片を浴びて、ラセットが床に転がった。
無傷ではないが、致命傷ではない。派手に火傷を負っただけで生きている。
それを確認して、ヒオウは残る隊員たちに命令する。
「総員抜杖! 執行部隊第二小隊、戦闘を開始する!」
「了解!」
すでに戦闘態勢を整えていた隊員たちの反応は速かった。それぞれが得意とする属性魔法、あるいは各自の固有能力を発動し、人数に勝る第二十六学区陸戦隊を圧倒する。
勝負はまさに一瞬の出来事だった。第二十六学区陸戦隊の隊員たちは、ほぼ全員が戦闘不能のダメージを負って倒れている。それは隊長格らしき痩身の男も同様だ。
ヒオウの警告を無視して、先に攻撃を仕掛けてきたのは第二十六学区側であり、第七学区側に落ち度はない。
完勝したにもかかわらず、ヒオウの表情は晴れなかった。第二十六学区陸戦隊の抵抗が、あまりにも弱かったことを不審に思ったのだ。
「脆い……こんな連中にラルスたちが手こずっているのか?」
廃棄モジュールの外にいる執行部隊第二班は、敵の別働隊と今も戦闘を続けている。
ヒオウはそれを奇妙だと思う。仮にヒオウがいなくても、この程度の敵に苦戦するような隊員たちではないはずだ。
「ヒ、ヒオウ先輩!」
思考に没頭していたヒオウは、リィカの声で我に返る。
リィカは恐怖に頰を引き攣らせながら、倒れた陸戦隊の隊員たちを見ていた。
戦闘不能のダメージを負ったはずの彼らが、苦痛の声のひとつも上げずに、ゆらりと一斉に立ち上がる。
まるで亡霊を見ているような敵の動きに、執行部隊の隊員たちも固まっていた。
回復魔法が使われた形跡はない。敵の傷は癒えていない。それでも彼らは立ち上がり、魔導杖を構えようとした。開いたままの傷口から鮮血が噴き出しても、お構いなしだ。
「動くな! その傷でこれ以上動くと死ぬぞ!」
副官のガラが、ヒオウの代わりに彼らに警告する。
しかしその警告は彼らに届かない。代わりに返ってきたのは、攻撃魔法だ。もちろんヒオウの部下たちも即座に反撃し、たちまち激しい戦闘が始まった。
個々の戦闘では執行部隊が優勢だが、第二十六学区陸戦隊は決して戦闘をやめない。何度打ち倒されても、幽鬼のように復活してくる。中には明らかな致命傷を負った隊員もいるが、彼らが動きを止めることはなかった。
その異常な状況に、圧倒しているはずの執行部隊のほうが、次第に追い詰められていく。
「そういうことか……!」
ヒオウはぼそりと呟くと、剣を構えて敵の密集地へと斬りこんだ。
不死身にも等しい陸戦隊の中心には、目をギラつかせた痩身の男がいる。ほかの隊員たちは、さり気なく男を庇うように動いていた。それに気づいたヒオウが、痩身の男へと斬りかかる。
「きみがこいつらを操ってるのかい?」
痩身の男が抱えた魔導杖を、ヒオウの剣が半ばまで一気に断ち切った。
その直後、決して倒れなかった陸戦隊の隊員たちが動きを止めた。ヒオウの攻撃を捌くために、仲間を操る余裕がなくなったのだ。
この男を倒せば、戦闘は終わる。
そう確信したヒオウの視界を、眩い閃光が埋め尽くした。ラセットを襲ったのと同じ攻撃。前触れもなく出現した炎の奔流が、ヒオウの全身を包みこむ。
「ヒオウ隊長!?」
リィカの悲鳴が、モジュール内に響いた。
術者自身の肉体を巻きこむことを厭わぬ、自爆のような零距離での炎撃。
さすがのヒオウも、予兆なしのその攻撃を回避することは不可能だった。
完全に炎の中に閉じこめられたヒオウを見て、執行部隊の隊員たちも絶句する。
だが、動揺していたのは攻撃を仕掛けた痩身の男も同じだった。
渦巻く炎の奔流の中から、ヒオウの涼しげな声が聞こえてきたからだ。