聖女と暴食

第二章 オクトローパーのパープル味噌煮込み ⑪

 第二班とせんとう中の部隊はおそらくおとり

 彼らがモジュールの入り口でさわぎを起こし、そのすきに本命部隊が内部にしんにゆうするという作戦だったのだろう。

 結果的に最深部にとうたつした彼らは、その目的を達成したことになる。


 降下してきた敵の数は八人。戦力的にはほぼかくだ。

 しかし執行部隊ハンズ第二小隊は、背後をきゆうしゆうされた形になっている。そして敵の正面に立っているのは、さいこうにいたガラとリィカだった。


せろ、ガラ!」

「隊長!?」


 ヒオウの命令を聞いたガラが、反射的にリィカもろとも頭を下げる。


 その直後、彼らの頭上を銀色のせんこうけた。ヒオウの放った【こうだん】だ。地属性ほうで生成した金属のだんがんを、火属性ほうち出す複合ほうこうげきである。


 ヒオウが生成した【こうだん】の直径は五ミリにも満たず、かんつう力や殺傷力は高くない。あくまでもけんせいが目的だ。それでも敵のどうじようたたとして、リィカたちへのこうげきを防ぐ程度の効果はあった。


「その制服のもんしよう第二十六学区ペンタスの陸戦隊かな?」


 動きを止めた敵の生徒たちに、ヒオウがおだやかな口調でく。


 第二十六学区ペンタスは海に面した土地にあり、海洋開発を得意とするちゆうけん学区だ。

 海底にしずんだ旧人類の都市の資源回収を得意にしており、海上戦では他学区のついずいを許さない。

 陸戦隊は、その第二十六学区ペンタスの生徒会が保有するとくしゆ部隊のめいしようだ。


「いちおう警告させてもらおうか。〝学園〟規則第四十三条第二こうもとづいて、現在このメテオライト第七学区アザレアスの管理下にある。というわけで、すみやかに武装解除して投降してくれ。痛い目を見たくなければね」


 ヒオウは、そう言ってゆうけんいた。


 ハルがじゆうを使うように、ヒオウはほうしよくばいとしてけんを使う。細身だがわたり一メートルにせまちようけんあつ感はきようれつだ。


 だがそのヒオウのちようけんを見ても、陸戦隊の隊員たちは表情を変えない。

 それどころか彼らのひとみには、およそ生気というべきものが感じられなかった。

 まるで任務をすいこうするだけの、人の形をした機械を見ているようだ。


 ただ一人、彼らの隊長格とおぼしきそうしんの男だけが、みようにギラギラとしたまなしで、周囲を落ち着きなく見回している。


においが……しますね……」


 そのそうしんの男が、ぼそりと告げた。

 ヒオウたちに対する質問ではなく、自分自身に言い聞かせるようなかくにんの言葉だった。


「ああ、このにおい……ちがいありません。〝暴食〟です……」


 不気味に上体をかがめたまま、男は鼻をヒクつかせる。

 男の異様な行動に、リィカがヒッと息をんだ。

 そしてヒオウは、男が放つかいりよくの波動に表情を険しくするのだった。


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「〝暴食〟……貴方あなたなのですね、〝暴食〟……〝暴食〟! ベエルゼブブゥゥゥゥゥ!」


 ゆかいつくばるようにして、そうしんの男はなにかを探している。彼のつぶやきはうわごとのようで、その言葉に意味があるとは思えない。


 男の異様な行動に、ヒオウは激しいこんわくを覚えた。

 それはヒオウの部下達も同様だ。


「なんだ、貴様? なにを言っている!?」


 執行部隊ハンズ第二小隊の隊員であるラセット・クレイが、男をりつけた。

 旧世界の不良のようなかみがたをしたラセットは、見た目通りの直情的な性格なのだ。


 そうしんの男はゆっくりと顔を上げ、そんなラセットを冷ややかにめつける。


 そのしゆんかん、ヒオウは、男の周囲に異様なりよくの流れを感じた。通常のこうげきほうの前兆ではない。だが、本能的にそれが危険なものだと直感する。


はなれろ、ラセット!」

「……隊長?」


 ラセットは、不服そうな表情をかべつつ、ヒオウの命令に従って一歩だけ後退する。


 それが彼の命運を分けた。

 なんのまえれもなく出現したほのおほんりゆうが、直前まで彼の立っていた場所をみこんで、ぜたのだ。


「ぐああああっ!」


 飛び散ったほのお欠片かけらを浴びて、ラセットがゆかに転がった。

 無傷ではないが、めいしようではない。派手に火傷やけどを負っただけで生きている。

 それをかくにんして、ヒオウは残る隊員たちに命令する。


「総員ばつじよう! 執行部隊ハンズ第二小隊、せんとうを開始する!」

りようかい!」


 すでにせんとう態勢を整えていた隊員たちの反応は速かった。それぞれが得意とする属性ほう、あるいは各自の固有能力を発動し、人数にまさ第二十六学区ペンタス陸戦隊をあつとうする。


 勝負はまさにいつしゆんの出来事だった。第二十六学区ペンタス陸戦隊の隊員たちは、ほぼ全員がせんとう不能のダメージを負ってたおれている。それは隊長格らしきそうしんの男も同様だ。


 ヒオウの警告を無視して、先にこうげきけてきたのは第二十六学区ペンタス側であり、第七学区アザレアス側に落ち度はない。

 完勝したにもかかわらず、ヒオウの表情は晴れなかった。第二十六学区ペンタス陸戦隊のていこうが、あまりにも弱かったことをしんに思ったのだ。


もろい……こんな連中にラルスたちが手こずっているのか?」


 はいモジュールの外にいる執行部隊ハンズ第二班は、敵の別働隊と今もせんとうを続けている。

 ヒオウはそれをみようだと思う。仮にヒオウがいなくても、この程度の敵に苦戦するような隊員たちではないはずだ。


「ヒ、ヒオウせんぱい!」


 思考にぼつとうしていたヒオウは、リィカの声で我に返る。


 リィカはきようほおらせながら、たおれた陸戦隊の隊員たちを見ていた。

 せんとう不能のダメージを負ったはずの彼らが、苦痛の声のひとつも上げずに、ゆらりといつせいに立ち上がる。


 まるでぼうれいを見ているような敵の動きに、執行部隊ハンズの隊員たちも固まっていた。


 回復ほうが使われたけいせきはない。敵の傷はえていない。それでも彼らは立ち上がり、どうじようを構えようとした。開いたままの傷口からせんけつしても、お構いなしだ。


「動くな! その傷でこれ以上動くと死ぬぞ!」


 副官のガラが、ヒオウの代わりに彼らに警告する。


 しかしその警告は彼らに届かない。代わりに返ってきたのは、こうげきほうだ。もちろんヒオウの部下たちもそくはんげきし、たちまち激しいせんとうが始まった。


 個々のせんとうでは執行部隊ハンズが優勢だが、第二十六学区ペンタス陸戦隊は決してせんとうをやめない。何度たおされても、ゆうのように復活してくる。中には明らかなめいしようを負った隊員もいるが、彼らが動きを止めることはなかった。

 その異常なじようきように、あつとうしているはずの執行部隊ハンズのほうが、だいめられていく。


「そういうことか……!」


 ヒオウはぼそりとつぶやくと、けんを構えて敵の密集地へとりこんだ。

 不死身にも等しい陸戦隊の中心には、目をギラつかせたそうしんの男がいる。ほかの隊員たちは、さり気なく男をかばうように動いていた。それに気づいたヒオウが、そうしんの男へとりかかる。


「きみがこいつらをあやつってるのかい?」


 そうしんの男がかかえたどうじようを、ヒオウのけんが半ばまで一気にった。


 その直後、決してたおれなかった陸戦隊の隊員たちが動きを止めた。ヒオウのこうげきさばくために、仲間をあやつゆうがなくなったのだ。


 この男をたおせば、せんとうは終わる。

 そう確信したヒオウの視界を、まばゆせんこうくした。ラセットをおそったのと同じこうげきまえれもなく出現したほのおほんりゆうが、ヒオウの全身を包みこむ。


「ヒオウ隊長!?」


 リィカの悲鳴が、モジュール内にひびいた。


 術者自身の肉体を巻きこむことをいとわぬ、ばくのようなゼロきよでのえんげき

 さすがのヒオウも、予兆なしのそのこうげきかいすることは不可能だった。


 完全にほのおの中に閉じこめられたヒオウを見て、執行部隊ハンズの隊員たちも絶句する。

 だが、どうようしていたのはこうげきけたそうしんの男も同じだった。

 うずほのおほんりゆうの中から、ヒオウのすずしげな声が聞こえてきたからだ。