聖女と暴食

第二章 オクトローパーのパープル味噌煮込み ⑫

「たいしたりよくだ」


 ほのおに完全にみこまれたはずのヒオウが、にぎっていたちようけんを無造作にった。

 うずほのおが収束してそのけんまとわりつき、無傷のヒオウが姿を現す。


「だけど、残念だったね。僕も火属性のほうが得意でね。この程度のほのおでは僕は焼けないよ」

「……!」


 いまだに周囲ではほのおくるっていたが、それがヒオウを傷つけることはなかった。そうしんの男が放った火属性のりよくを、ヒオウが乗っ取り、自分のものとして完全に支配したのだ。


 ほのおの支配権をうばわれたことに気づいて、そうしんの男が後退する。自ら放ったほのおで、自分自身が焼かれることをおそれたのだ。


 そして男は新たなほのおび出し、まるでしようへきのようにヒオウとの間にいくにも展開する。


 そんな敵の姿を、ヒオウは冷ややかに正面からえた。だんおだやかな表情がうそのような、れいたんな光がひとみかぶ。


「〝けんよ、けんよ、なんじの名はせんえがほのおやり、我が意に従いすべてを穿うがて〟──」


 ヒオウがじゆもんえいしようし、ほのおまとったちようけんを構える。そのとくちよう的な姿勢から放たれたのは、目にもまらぬ速さのすさまじいとつだった。


「──かいえん!」


 ほのおを巻きこんだヒオウのけんげきは、そうしんの男が展開したしようへきいつしゆんですべていた。そしてうずほのおほんりゆうが、せんこうと化して男の身体からだかんつうする。


 それまで執行部隊ハンズこうげきに対して無反応だったそうしんの男が、初めてもんうめきをらした。人間ののどから出たとは思えぬ、けものじみた不気味な声だった。


「すげえ……さすが隊長……」


 負傷して後退していたラセットが、ヒオウのこうげきりよくかんたんの息をく。


 そうしんの男がばされたことにより、不死身に近い様相をていしていた陸戦隊の隊員たちも、糸が切れたように次々にたおれてゆかに転がった。


 しかしヒオウはせんとう態勢を解かない。

 全身をほのおに包まれながらも、そうしんの男がゆらりと立ち上がるのが見えたからだ。


 男のひだりうではほぼ完全に炭化して、左の肺もおそらく破れている。しかし男はたおれない。ヒオウたちをにらむ男の眼光が、あやしいかがやきを増したようにも感じられる。


うそだろ!」

「あれにえるのか!?」


 男が立ち上がったことに気づいて、執行部隊ハンズの隊員の間にもどうようが広がった。

 リィカはをこらえるように、そうはくな顔で自分の口元を押さえている。


……学区レアス……〝暴食〟はそこにいるのだな……」


 男のくちびるふるえるように動いて、しやがれた声がこぼれ出す。

 そして次のしゆんかん、男はんだ。


 彼らが降下した際に使ったロープにしがみつき、負傷した肉体がせんけつらすのも無視して、信じられないほどの速度でてんじようたてあなをよじ登っていく。


「ま、待て!」

「──追うな、ガラ!」


 とつに男をついげきしようとした副官を、ヒオウがするどい声で制止した。


 直接交戦したヒオウの目から見ても、あの男の戦い方は異常だった。

 単なる火属性ほうとは異なるみようほのお。そして異常な生命力。いくら重傷を負っているといっても、ほかになにかかくされた能力がないとは限らない。相手のじようがわからない現状、深追いするのは危険と判断せざるを得ない。


「なんだったんでしょうか、今のは……」


 苦痛に顔をしかめながら立ち上がったラセットが、だれにともなくぼそりといた。


「さあね……第二十六学区ペンタスにあんな化け物がいるなんて聞いたことがないけどね」


 ヒオウはかたをすくめて首をる。


 交易を主体とする第七学区アザレアスは、海洋開発のさかんな第二十六学区ペンタスともそれなりに交流がある。だが、少なくともヒオウの知る限り、第二十六学区ペンタスの陸戦隊はごくありふれたせんとう集団だったはずである。あのそうしんの男のような特異な存在がいて、うわさすら聞こえてこないとは思えない。


「とにかくがいじようきようかくにんしよう。ラルスたちとのれんらくは?」

「通信、回復しました。だいぶ派手にやられたみたいですが、重傷者はいないようです」


 ヒオウの質問にガラが答える。どうやら敵の別働隊も、こちらの動きに合わせててつ退たいしたらしい。あるいは彼らも、そうしんの男にあやつられていたのかもしれない。


「それはよかった。あとは第二十六学区ペンタスりよだけど、話を聞けそうな生徒は残ってるかな?」


 ヒオウが周囲を見回していた。


 しゆうげきしてきた敵部隊の中で、とうそうに成功したのはそうしんの男だけである。

 残りの七人は意識をなくした状態でたおれている。

 しかし彼らの負傷はひどく、まともにじんもんができる状態かどうかはわからない。


 それでも一人くらいは意識が残っているはず、というヒオウの予想は、意外な形でくつがえされた。


「ヒ……ヒオウせんぱい……」

「リィカくん? どうした?」


 負傷者の救護を始めようとしたリィカが、こわった表情でヒオウを見上げていた。彼女のかたは、おびえたように小刻みにふるえている。


「この人たち……死んでます」

「なに?」


 ヒオウはほほみを消して、リィカのそばへとった。

 ほかの隊員たちも敵生徒の生死をかくにんし、そして口々にうめき声をらす。


 血の気をなくした土気色のはだこうちよくした肉体。かわいてひび割れた眼球。たおれた生徒たちのとくちようのすべてが、彼らが死人であることを示していた。


 しかし彼らが死んだのは、ヒオウたちのこうげきによるものではない。死体のじようきようから推測して、死後十数日がっているのはほぼちがいない。


「いえ、最初から死んでたんです! 私たちをおそってきたのは、死人だったんです!」


 リィカのそうな声が、はいモジュールの中にひびわたる。


 その言葉にだれも応えることができず、ヒオウたちはただぼうぜんくすのだった。