聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ①

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「恐っ……顔、恐っ!」


 ちゆうぼうつるされたものの生首を見て、カウンターに案内された女子生徒たちが悲鳴を上げた。


「あれがオーガベア……B級中位のものなのですね。つうだったらせんとう系の部活や委員会が、一個教室単位で取り囲んでたおすレベルの強敵だと聞きましたが……」

「それをハル様がお一人で仕留められたのですか?」

「さすがですわ、ハル様」


 彼女たちはたがいに手を取り合いながら、俺の行動を口々にたたえる。


 だんなら苦情が出そうなそうぞうしさだが、今日に限ってはそれを気にする客はいなかった。学生食堂〝躑躅つつじてい〟の店内をくす客のほとんどが、彼女たちの同類だったからだ。


「すまない、待たせた。本日のスペシャルメニュー、〝オーガベアのなべ〟だ。赤いホンタンげきからマーラースープ、白いほうは塩味のとんこつスープになっている。ホンタンは本当にからいから、無理をしないようにな」


 俺は覚えたての説明を口にしながら、えたぎるなべをテーブル席へと運んだ。


 その席に座っていたのも、第七学区アザレアスの女子生徒たち。ものの内臓をんだ如何物いかもの料理をきゆうする俺を、息をめながらジッと観察している。


 それをうつとうしいと思わなくはないが、そうはいっても相手は客だ。彼女たちのしつけな視線を受け流しながら、たんたんと接客する程度の社交性は俺にもあるのだった。


「ねえ、ハル。なんなの、これ? どういうじようきよう?」


 きゆうを終えてちゆうぼうへともどった俺に、ティルティが小声で話しかけてくる。

 彼女が不満げにながめているのは、客でごった返す躑躅つつじていの店内だ。


 だんは昼飯時でも半分もまらないテーブル席は満席で、店の外にまで順番待ちの列が出来ていた。おかげでマコットとミネオラだけではきゆうの手が足りず、専門外の俺やティルティが、臨時の接客係としてされるようなありさまである。


 ちなみに押し寄せてきた客の大半は女子生徒。躑躅つつじていの客の大半は男子だと聞いていたが、ここ数日、その比率は完全に逆転している。


「俺が学食部にせきしたという情報が、いつぱんの生徒にも出回り始めたみたいだな」


 無関心な口調で、俺は答えた。

 俺が学食部にせきして、そろそろ一カ月がっている。躑躅つつじていはマニア向けの目立たない店だが、俺がここで働いていることに気づいた生徒がいたのだろう。


「それであなたの取り巻きの女子が、大挙して押し寄せて来たってわけ?」

「元特殊執行部隊インビジブル・ハンズの人間が接客する店なんて、ほかにないからな。ものめずらしがってるだけじゃないか。そのうちきるだろ」


 生徒会しつこう部に所属していた俺は、第七学区アザレアスではそれなりに顔が売れている。

 そんな俺がとつぜん、学生食堂で働き始めたのだ。おもしろがって見に来る客がいても不思議はない。


 もっとも俺の取り巻きの女子といっても、彼女たちの目当ては特殊執行部隊インビジブル・ハンズの部隊長というエリート学生であって、俺個人ではないはずだ。生徒会しつこう部をめた俺に、いつまでもつきまとうとは思えない。


 そう告げた俺を、わかってねえなという顔で見つめて、ティルティは深々とためいきをついた。


「それはそれとして、なんで私まで、こんな服を着て接客をさせられなきゃならないのよ……」

「やっぱり皿洗いのほうがよかったのか?」

ちがうわよ! 私は学食部のかんに来ただけで、部員になった覚えはないって言ってるの!」


 ティルティが不満げにくちびるゆがめて俺をにらみつける。


 今日のティルティが着ているのは、エプロンドレス風の改造制服。マコットやミネオラがだん着ている制服のデザインちがいだ。すらりとしたティルティの見た目に合わせてフリルを減らし、そのぶんスカートたけが短くなってしゆつ度が上がっている。


 当然ティルティはそれを着ることにていこうしたが、リュシエラたちにごういんに押し切られ、なしくずし的にウェイトレスとしてき使われることになったのだった。


だいじようです、ティルティさん。その服、すごくわいいです」


 不満たらたらのティルティをはげましたのは、客が帰ったあとのテーブルを片付けてもどってきたアナだった。やはり彼女が着ているのも学食部の改造制服である。


「……ありがとう。あなたも似合うわね」

「本当ですか? えへへ……」


 ティルティの投げやりなめ言葉を聞いて、アナはうれしそうに目を細めた。彼女の頭頂部のけものの耳が、ぴくぴくとはずむように動いている。


「そういえば聞きましたか、ティルティさん。今日のまかないは、カレーですよ。ナイバル料理長がオーガベアの余ったお肉でカレーを作ってくれるんだそうです」

「あ……うん、そ、そうなんだ……」

「はい。楽しみです!」


 満面のみをかべながら、アナは力強くうなずいた。


 慣れないホール係の仕事にされたのはアナも同じだが、そのことに不満はないらしい。むしろ料理に囲まれて仕事ができるのが、楽しくて仕方ないというふんである。


 躑躅つつじていの常連客の中には、そんなアナのねつれつなファンになった連中すらいるようだった。


「アナちゃん! すまねえ、追加の注文をたのむ!」

「待ちやがれ、アナちゃんを呼んでるのはこっちが先だろうが!」

「アナちゃん、俺といつしよに写真をらせてくれ!」

「ぼ、僕は……ティルティせんぱいが……」

「ほら、呼ばれてるぞ」


 店のかたすみに追いやられた男子生徒たちが、アナやティルティを呼びつける。


「うぐぐ……覚えてなさいよ……」


 彼らの相手を押しつけられたティルティが、うらめしげに俺をいちべつしてちゆうぼうを出て行った。


 それを冷ややかに見送った俺は、カウンター席のはしに座った一人の生徒にふと目をめる。青いタクティカルジャケットを着たがらな女子だ。見覚えのある顔だった。


 げきからのスープを口に運んでげほげほとせている姿を見かねて、俺は彼女へと近づいていく。


だいじようか? リィカ・タラヤ」

「ハ……ハルせんぱい……!」


 おどろいたように顔を上げたのは、特殊執行部隊インビジブル・ハンズこうはい隊員だった。

 なみだで俺を見上げながら、彼女は再び激しくきこむ。とうがらげきのどをやられたらしい。


「無理をするな。この赤いやつは常連客向けのかなり本格的な味付けになってるらしい」

「は、はい。すみません」


 リィカがかたを落として弱々しくうなずいた。

 俺は、空になっていた彼女のグラスに冷水をして差し出そうとする。

 それをじやしたのは、どこからともなく現れた黒犬のゼブだった。


『待て、わつぱ

「なんのつもりだ、犬コロ。ケダモノの分際で飲食店に入ってくるな」

とうがらからみ成分のカプサイシンはようせいで、水にはけぬ。水を飲んでも洗い流せんぞ。からみを中和するなら、油分をふくんだそこのげパンをうのがおすすめだ』

「そ、そうなんですね。どうも……」


 人の言葉をしやべる黒犬にこんわくの表情をかべながらも、リィカはなおに従った。何度もきこみながらもげパンをもそもそとしやくして、ようやく落ち着いたように息をく。


「あの、こちらのワンちゃんは、ハルせんぱいのペットですか?」

ちがう」

『我はワンちゃんではない。ケルベロスだ』

「は? ケルベロス……?」


 ごくの番犬をしようする小型あいがん犬を見つめて、リィカは困ったような顔をした。ある意味、当然の反応だ。なにも言えずにいる彼女をづかって、俺はごういんに話題を変える。


「ここには一人で来たのか、タラヤ?」

「はい……すみません……」

「べつに謝る必要はない。一人で来店した女子にはサービス券をわたすことになっているから、かくにんしただけだ」


 学食部にせきするまでは俺も知らなかったのだが、一人で食事に来た客の多くは店に長居しないため、座席の回転率が上がる。飲食店にとってはかんげいすべき客なのだ。そのため学食部では、そのようなお一人様客に、次回来店時に使える割引チケットをわたすルールになっている。


「いえ、あの、そうではなくて……私、ハルせんぱいに会いに来たんです」

「俺に?」

「はい……ハルせんぱい執行部隊ハンズもどってきてはいただけませんか?」


 おもめたような表情で俺を見上げて、リィカは弱々しくそう言った。


「第一小隊には、やっぱりハルせんぱいが必要なんです。口には出しませんけど、みんな、せんぱいなしでやっていけるかどうか不安に思ってます。こないだのメテオライトのときだって、ヒオウ隊長がいなかったらどうなったことか……」

「ヒオウ? 第二小隊がメテオライトの調査をいだのか?」

「はい。私も道案内のために同行したんですけど、そのときに第二十六学区ペンタス陸戦隊の人たちにおそわれてしまって」

「…………」


 リィカの言葉に、俺は無言でまゆを寄せた。