聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ④

「学食部がせいぜんせきとやらを研究する理由はわかったけど、それだってどこまで意味があるのかわからない。仮に〝さいやく〟が今も実在するとして、そんなものを料理なんかでどうやってせいぎよするの?」

つうけするってことじゃないのか?」

「馬鹿なことを言わないで。犬やねこじゃあるまいし」


 いや、犬だが──という言葉がのどまで出かかったが、俺はどうにかそれを自制した。


 黒犬のゼブは俺のとなりの席で、ガツガツと骨付き肉にかぶいている。

 旧人類のどう兵器にあるまじききたなさである。


「そのあたりはどうなんだ、犬コロ?」


 ティルティに聞こえないように声をひそめて、俺は黒犬に問いかける。


『さあな。案外、いものをったら満足してじようぶつするかもしれんぞ?』


 黒犬はごとのように素っ気なく言った。

 そんな単純な話とは思えないが、その言葉を否定するこんきよは俺にもない。


「おまえにせいぜんせきわせれば、アナを解放してやれるのか?」

『我とアナセマのけいやくが果たされるなら、そうなるだろうな』


 ふむ、と少し考えて黒犬が答える。その内容を俺は少し意外に思う。


けいやく……これまでおまえが味わったことのないいものをわせるというあれか?」

せいぜんせきとやらがもし本当に完成したなら、その条件を満たしているとは思わんか?』


 そうかもしれない、と俺はあいまいにうなずいた。


 リュシエラは学食部の活動目的を、せいぜんせきの「再現」ではなく「完成」だと言っていた。


 つまりせいぜんせきは、旧世界においても完成してはいなかったのだ。

 だとすれば〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟にとっての、「味わったことのないいもの」という条件を満たしていることになる。もちろんせいぜんせきが、本当にければの話だが。


「ハルくん、こちらのお肉もしいですよ。デスサイズエルクのシンタマをローストしたものだそうです」


 深刻な顔で考えこむ俺をづかったのか、アナが山盛りの肉を皿にせて運んでくる。


 俺はためいきをついて思考をえた。ここでいくら考えていても、答えが出る問題ではないと気づいたのだ。それにアナが口にした、なぞめいた単語も気にかかる。


「シンタマ?」

「モモ肉の一部ですね。赤身肉ですけどやわらかくて、味がのうこうだといわれています」

「……くわしいわね?」


 ティルティがげんな表情をアナに向ける。

 学食部に入部してわずか一カ月足らずのアナが、食肉についての専門的な知識を持っていることを不思議に思ったのだろう。


「ていうか、デスサイズエルクの肉って高級品じゃないの? 学食部がったの?」

「はい。ほかの部にお肉を売った残りです」


 あっけらかんとした口調でアナが答える。それを聞いたティルティは首をかしげて、


「ほかの部にお肉を売った? 学食部の店に出したわけじゃないの?」

「角と内臓は食材に使ったそうです」

「つ、角?」


 予想外の情報にティルティは目を丸くする。


「はい。鹿の角は漢方薬としても使われてますから。しようの改善やアンチエイジングに効果があるんですよ」

「それはそうなのかもしれないけど……なんで角!?」


 つうにお肉を食べなさいよ、とティルティがいきどおる。

 そう言いたくなる気持ちはよくわかる。


 実際にアナが運んできた鹿肉のシンタマは、しっとりとした食感で文句なしにかった。俺のとなりにいる黒犬も、ガツガツときこむように皿にかぶりついている。


「きみは食べないのか?」

「いえ……いただいてますよ」


 パーティー会場と化した店内を見回しながら、アナはふわりとやわらかくほほんだ。


「ふふっ……こんな大勢の人たちといつしよにご飯を食べたのは初めてなので楽しいです」

「初めて? 第三学区シヤスタデージではパーティーをしたりしないの?」


 ティルティがおどろいたようにき返す。


「え、あ……はい! そ、そうですね、わたしがいたせつではそうでした」


 おのれの失言に気づいたアナは、視線を彷徨さまよわせながらギクシャクとうなずいた。


 アナは表向き、第三学区シヤスタデージからの亡命者ということになっている。そして生徒会の一員であるティルティが、第七学区アザレアスの仮想敵区である第三学区シヤスタデージの情報を聞き出そうとするのは当然のことだ。


 それでなくても武装かん委員の彼女は、第三学区シヤスタデージふくめた外の学区の内情にくわしい。そんなティルティに追求されて、アナがボロを出さずにせるとは思えない。


「あなたがいたせつって……」


 すっと目つきをするどくしながら、ティルティは質問を続けようとする。


 しかし彼女がその問いかけを、最後まで口にすることはできなかった。マコットとミネオラのふたまいが、その場に乱入してきたからだ。


「いえーい、オクトローパーちゃん、食べてる?」

「……食べてる?」

「はい!? オクトローパーちゃんって私のこと!?」


 さすがのティルティも、そのあだ名は予想していなかったらしい。しゆういかりで、彼女のほおが紅潮する。

 

 しかしティルティのをまともに浴びても、マコットたちはどうだにしなかった。


「そうだよ。今日はオクトローパーちゃんのかんげい会なんだからさ、ハル・タカトーにばっかりくっついてないで、私たちともお話ししようよ」

「ハ……ハルは関係ないでしょ! そもそも本当に話をしたいんだったら、相手の名前くらいはきちんと覚えなさいよ!」

「いや……言いにくいんだよ、オクトローパーちゃんの本名。ティルティルだっけ?」


 マコットが本当に困ったようにまゆじりを下げた。

 ティルティは不本意そうにほおふくらませて、


「ティルティよ。ティルティ・カルナイム」

「言いにくい。テルテルでいい?」


 ミネオラがようしやなく言い放つ。

 ティルティは文句を言おうと口を開きかけたが、結局は反論をあきらめた。自分でも本心では言いにくい名前だと認めていたらしい。


「もういいわよ。ティルティルでもテルテルでも好きに呼べば?」

「そうさせてもらうね。それできたいことあるんだけど」

「……テルテルはハル・タカトーとどういう関係?」


 オレンジがみあおがみふたまいは、迷いなく俺たちのプライベートな情報へとみこんできた。

 あまりにも堂々とかれたせいか、ティルティはおこることもできずになおに答えてしまう。


「どういう関係といわれても、幼なじみだけど。地上に降りてきたときの班が同じだったのよ」

「ふーん、それだけ? ハル・タカトーはテルテルのことをどう思ってるの?」


 マコットが質問のほこさきを俺へと向ける。

 ぶふっ、とティルティが口にふくんでいた飲み物をした。それをまともに浴びたのは黒犬のゼブだが、俺は構わず質問に答える。


「そうだな。ティルティにはずっと世話になっている」

「え?」


 ティルティがおどろいたような表情をかべるが、彼女がおどろくことのほうが俺には意外だ。


ほう関係でいくつかアドバイスをもらったし、かみなりほうの練習にも付き合ってもらったしな」

「へえ……」


 マコットが感心したような声を出す。

 生徒会所属のティルティがゆうしゆうだというのはマコットたちも理解していたのだろうが、俺がたよりにするレベルとは思っていなかったのかもしれない。


「それにティルティの才能は正直に言ってうらやましい。すべての属性ほうに適性があるという時点で、戦術のバリエーションが格段に増えるということだからな」

「いや、うちらが聞きたいのはそういうことじゃなくてさ」

「テルテルを見てれいとか付き合いたいとか……そういう気持ちはない?」


 たんたんと説明を続ける俺を見て、ふたまいはなぜか困ったような表情をかべている。

 彼女たちの質問の意図を考えて、俺は真面目に答えることにした。本人も目の前にいることだし、ちょうどいい機会だと思ったのだ。


「そうだな。ティルティは少しれい過ぎるな」

「な、なに言い出すのよ、いきなり」


 ボッと音が出そうなほどの勢いでティルティが赤面した。

 しかしそれは彼女のかんちがいだ。れいというのは、ここではめ言葉ではない。


「あまりにも教本通りというか、せんとうのパターンが定型化されすぎてるんだ。真面目すぎるティルティの戦い方は裏の読み合いに弱いし、敵の想定外の動きに対するとつの対応力にも難がある。それをこくふくするための練習ならいつでも付き合うぞ」


 俺のしんけんなアドバイスを聞いて、なぜかティルティは遠くを見るようなうつろなひとみになった。

 マコットとミネオラも、なんとも言えない表情をかべている。


「ねえ、テルテル。ハル・タカトーっていつもこんな感じなの?」

「まあね……」

「なるほど」


 オレンジがみあおがみふたまいが、やけに同情的なまなしをティルティに向ける。


 ティルティは落ちこんでいるというよりも放心しているというふんだ。彼女のためを思って助言したつもりだが、少し言い過ぎてしまったかもしれない、と俺は反省した。


 こんなときにヒオウがいれば、く取りなしてくれるのだが、と俺はこの場にいない友人のことを思い出す。