聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ⑤

「私のことより、あなたはどうなの?」


 これ以上、質問めにされてはたまらないと考えたのか、ティルティがアナに話題をった。


「え? わたしですか?」


 肉を口いっぱいにほおっていたアナが、まどったようにティルティを見返す。


「あなたとハルはどういう関係? そもそもあなたたちはどこで知り合ったの?」

「そ、それはですね……」


 められたアナが、すがるような視線を俺に向けてきた。

 さすがに〝さいやく〟のけいやく者だの使いだのという言葉を口にしない程度の分別は彼女にもあったらしい。


「犬だ」


 俺は重々しい口調で説明する。

 ここは下手にうそをつくよりも、出来る限り真実に沿った形で核心の部分だけかくすのが得策なのだろう。


「犬?」


 ティルティとふたまいの声が重なった。

 彼女たちの視線は、もちろん俺のとなりの黒犬に向く。


執行部隊ハンズの守秘義務があるのでくわしいことは言えないが、ある任務で俺が命に関わるような危機におちいったことがあってな。そのときに、そこの犬コロに助けられた」

「そうなの?」


 ティルティが半信半疑という態度でく。


 おそらく彼女は、俺がメテオライトの調査中に死にかけたことを知っているはずだ。

 それだけに、つうなら信じられない俺のとつな発言も否定できなかったのだろう。


『うむ、事実だ。我は犬ではなく、ケルベロスだがな』


 黒犬のゼブがごうぜんと答える。

 実際、俺とアナをどうだんとうちよくげきから救ったのは〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟の力なのだから、こいつの言葉はうそではないのだ。


「へー……そういうことだったんだ。だから、ハル・タカトーとゼブくんは仲良しなんだね」

「は?」


 マコットの何気ない感想に、俺はほおらせた。

 なにをどうしたら俺とこの黒犬が仲良しに見えるのだ、と疑問に思う。


 しかし命を救われたと言ってしまった以上、俺はマコットの言葉を否定できない。いらつ俺のとなりでは、黒犬がクククとしのわらいをらしている。


「ふーん、それで、そのときの借りを返すために、アナさんの世話を焼いてるわけ?」


 ティルティが、ジトッとした目つきで俺を見た。


 彼女は黒犬をアナの使いだと思っているのだ。第三学区シヤスタデージ出身の生徒なら使いを連れていてもおかしくないし、そのくつでいえば、使いの主人であるアナは、俺の命の恩人ということになる。


「世話を焼いているつもりはないが」


 わざわざティルティの誤解を解くつもりはないが、いちおうそこだけはていせいしておく。

 俺はアナの世話を焼いているのではなく、アナがボロを出さないようにかんしているだけなのだ。


「じゃあ、どうして生徒会をめて学食部なんかにせきしたのよ?」


 ティルティがなつとくできないというふうに俺をめる。

 その発言に反応したのは、となりのテーブルにいたほかの学食部員たちだった。


「おうおう、その言い方は聞き捨てならねえな」


 料理長であるラフテオ・ナイバルが、テーブルをきしませながら立ち上がる。


「学食部なんかってのはどういう意味だ? かん官だかなんだか知らねえが、生徒会の人間ってのは、そうやって俺たちを見下せるほどえらいのか?」

「べつに見下してるわけじゃないけど、この男はハル・タカトーなのよ。生徒会にもどったほうが、第七学区アザレアスのためにも本人のためにもいいに決まってるじゃない」


 ティルティも立ち上がってラフテオを正面からにらみつけた。

 ラフテオの殺気とティルティのりよくが、二人の間の大気をビリビリとふるわせる。


「おやおや。第七学区アザレアスのためというのはいいとして、どうして生徒会にもどるのがハル・タカトーのためになると言い切れるのかな?」


 ティルティとラフテオのにらいに割りこんだのは、学食部の部長であるリュシエラだった。

 学食部を見下すようなティルティの発言にも、彼女は表情を変えていない。ただかいそうに笑っているだけだ。


「それは、だって、生徒会しつこう部員のほうが支給されるGPAポイントが多いし……」

GPAポイントが多いとなにがいいんだい?」


 リュシエラの問いかけに、ティルティは、う、といつしゆんだけひるんだ。

 ティルティにとって〝学園〟の生徒がGPAポイントかせぐのは当然のことで、それ以上の意味を深く考えたことはなかったのだろう。


「つ、使えるGPAポイントが多ければ本人の生活水準も上がるし、卒業して天環オービタルもどったときのたいぐうが良くなるわ」

「そうか。だったらハル・タカトーは、やっぱり学食部で活動するべきだね」


 リュシエラはクスクスとほこったように笑う。

 ティルティは見るからにムッとして、


「なんでそうなるんですか!?」

「〝学園〟の校則法典ルールブツクを読まなかったのかい? 〝さいやく〟の支配やふういんげた場合に得られるGPAポイントは一兆だよ。学食部全員で割っても一人頭十億ポイントはかたいね」

「じゅ……十億……!?」


 ティルティはぼうぜんと目を見開いて絶句した。


 その情報は俺も初耳だ。

 生徒会しつこう部員にあたえられるGPAポイントは、平均すれば月に八十万ほど。それでも第七学区アザレアスではぶっちぎりの高給取りである。


 生徒会長であるユミリ・アトタイルですら、保有ポイントはせいぜい二千万といったところだろう。十億ポイントというほうしようは、文字どおりけたはずれだといえる。せいぜんせきの完成には、それほどの見返りが約束されているのだ。


「そ……そうやってハルのこともたぶらかしたんですか?」


 どうようかくしきれないティルティが、弱々しい口調で言い返した。


「学食部にせきするというのは、もともとハル・タカトーの希望だったんだけどね……」


 リュシエラがしようまじりに言い訳する。

 しかし意固地になったティルティは、信用できない、というふうに首をり、


「とにかく私は、ハルを生徒会に連れもどしますからね!」

「連れもどすもなにも、おまえも今は学食部に出向中だろ? 学食部の経営状態を改善しないと、生徒会にはもどれないんじゃないのか?」


 俺はティルティにたんたんてきする。


 ティルティは、ぐぐ、と歯を食いしばりながらかたふるわせて、目の前の皿に盛られていたもの肉に勢いよくフォークをした。


「うう……わかってるわよ! やってやるわ! この私がかん官になったからには、せいぜんせきだろうがなんだろうがサクッと完成させて、学食部をすぐに黒字に……いえ、第七学区アザレアストップの部活にしてみせるから!」

「おー……テルテル、すごーい」

がんれー……」


 ふたまいが無責任にあおてる中、やけくそ気味に肉にらいつくティルティ。


 よくわからない流れだが、結果的にティルティは学食部のために前向きに働くつもりになったらしい。だとすれば彼女のかんげい会は成功したということになるのだろう。


「ティルティさん、おかわりをどうぞ」


 やけいを続けるティルティの前に、アナが新たなもの肉を運んでくる。

 楽しそうな彼女たちの姿を見て、まあいいか、と俺はかたをすくめるのだった。


4


 その男は、第七学区アザレアスの〝港〟近くの屋台街を一人で歩いていた。

 不健康そうにせたちようはつの男子生徒だ。


 制服代わりのタクティカルジャケットがうすよごれているのは、校外からもどってきた直後の生徒であれば、それほどめずらしいことではない。しかし全身がひど火傷やけどおおわれ、包帯の下の傷口からしゆうただよっているのは、明らかに異様だった。


「……〝暴食〟……どこに……どこにいるのですか……」


 まるでじゆのような独り言が、男の口からボソボソとれる。

 しかし男の問いかけに、答える者はどこにもいない。


 時刻はすでに夜九時を過ぎて、営業時間の長い屋台系の部活も、そのほとんどが閉店の準備を始めていた。


 そんな中、かろうじて営業中だったキッチンカーに、彼はふらふらと近づいていく。

 チュロスをあつかっている店である。


せ」


 男は乱暴な口調で言った。しやがれた聞き取りにくい声である。


「え……あ、一本で三GPAポイントですけど、売れ残りなので半額でどうですか?」


 キッチンカーの女子店員は、あいよく笑って男にいた。


 しかし男はそれを無視して、カウンターの上にあったチュロスをごういんにつかみ取る。

 そして勢いよくかじりつき、半分ほどみこんだところでてるように言い放った。


い」

「は!?」


 女子店員の表情がった。

 金もはらわずに商品をらした上に、味にまでケチをつけられたのだ。店員として許せるじようきようではない。


「なにそれ!? チュロス研究部にけん売ってるの!?」

せ。そっちもだ」

「ちょっ……なにやってるのよ!?」


 キッチンカーのショーケースをたたり、男が在庫のチュロスをまとめてうばう。


 この時点で、店員は男を完全に敵だと判断した。ゆえそくこうげきに転じる。


 第七学区アザレアスでは、生徒のこうはんな自衛権が認められている。商業系の部活動だからといって、せんとう系のスキルを持っていないとは限らないのだ。