聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ⑥

「あなた、第七学区アザレアスの生徒じゃないわね! 観光客だと思って人が下手に出てれば、なんなのその態度!」


 女子店員が使ったのは、シンプルな地属性のこうそくほうばらかずら】だった。

 道路のしきいしふくまれるケイ素からガラスせんつるくさを生成し、男のうでからろうとしたのだ。


ばらかずら】は殺傷力のないほうだが、こうそくされた人間はきようれつけによってかなりの苦痛を味わうことになる。げを試みた犯人には相応ふさわしいこうげきだ。


 しかしほうが発動した直後、悲鳴を上げたのは女子店員のほうだった。

 つるくさからみつかれたそうしんの男のひだりうでが、が折れるような音とともに地面に落ちたからだ。


「ひっ……!」


 男が落としたひだりうでは、炭化してほとんど原形をとどめていなかった。


 ひだりうでを失った男のかたから、うすよごれたタクティカルジャケットがずり落ちる。

 その下から現れたのは、ミイラのようにらびた肉体だ。


「おい、なにがあった!?」

「なんだ、こいつは!?」


 キッチンカーの前のそうどうに気づいて、近くの屋台の店員たちがってくる。

 そうしんの男の異様な姿に気づいて、すぐに彼らもこうげきほうを発動できるように身構えた。


 学区外からしんにゆうしてきた来訪者。それもげの現行犯だ。てん系の部活の関係者にとっては許しがたい敵である。そうどうに気づいた治安委員たちもすぐにけつけてくるだろう。


 しかし、められているはずのそうしんの男は表情を変えない。行く手をふさぐ店員たちをうつとうしげに見回して、汚れた包帯にまみれた右手をばす。


 そして男の全身から放たれたぼうだいりよくに、屋台の店員たちは絶句した。

 しやくねつほのおほんりゆう第七学区アザレアスの大通りにれたのは、その直後のことだった。


5


 のどの奥からこみ上げてくる不快な感覚をどうにかおさえこみ、ティルティは下着姿のまま、ぐったりとゆかへと座りこんだ。学生食堂のてん内にある部員用のこう室だ。

 なぞの盛り上がりを見せたティルティ自身のかんげい会を終えて、帰宅の準備を始めたところで、もうれつおそわれたのだ。


「うう……気分悪い……さすがに食べ過ぎたわ……おなか痛い……」

だいじようですか、ティルティさん。ほうりますか?」


 苦しげに息をくティルティの顔を、アナが心配そうにのぞきこんでくる。

 ティルティが食べた料理の大半を運んできたのが彼女だったので、責任を感じているのだろう。


「食べ過ぎにほうは効かないでしょ」

「そ、そうですね……」


 ティルティに冷静にさとされて、けもの耳の少女がシュンとかたを落とす。


 そのたんせいな横顔にティルティはれた。

 初対面の時からずっと感じていたことだが、間近で見ると本当にれいな少女である。


 おまけに想像していたよりも胸がでかかった。

 服を着ていてもじゆうぶんに目立っていたのに、ぐとさらにすごいタイプだったらしい。


「テルテル、だいじよう? 帰れそう?」

「胃薬、使う?」


 オレンジがみあおがみふたまいも、ティルティに声をかけてくる。


 彼女たちのほうは予想どおりのがらでフラットな幼児体型だ。

 しかしぼうのないまった腹筋を見るに、想像以上にきたえていることがわかる。

 自らものる学食部の一員だけあって、このふたもそれなりのせんとう能力を持っているのだろう。


「平気よ、これくらい。ちょっと休めば……」


 わたされた胃薬をありがたくいただきつつ、ティルティはふらふらと立ち上がった。


 それにしてもアナといいふたまいといい、やけいしたティルティと同じくらいの量を食べていたはずなのに、腹回りがスリムなままなのがなつとくいかない。ぽっこりと下腹がふくれたティルティとはまったく対照的だ。


 いったいどこに入っているのか不思議である。なんらかの固有能力なのかもしれないとすら思う。


「だったら学食部のりようまっていきませんか? わたしの部屋のベッドが余っているので」

「そうだね。テルテルも学食部に入部したんだし、こっちにしてくるんでしょ?」

「私、べつに生徒会のりようを追い出されたわけじゃないんだけど」


 アナとマコットにさそわれて、ティルティは少し困ったように答えた。

 ティルティはかん官として学食部に出向しているだけで、生徒会を首になったわけではないのだ。

 そのじようきようで生活拠点まで移してしまうと、学食部とのちやくを疑われかねない。が、


「ハル・タカトーも同じりよう

「そ、そうね……ハルのかんは必要かもね」


 ミネオラのさりげないつぶやきを聞いて、ティルティはあっさりと前言をてつかいした。


 そもそもティルティにあたえられた真の任務は、ハルを生徒会しつこう部に復帰させることなのだ。

 それを思えば、ハルとせつしよくする機会は少しでも多いほうがいい。生徒会長も文句は言わないはずである。


 その任務を果たす上で最大の障害となるのは、やはりアナの存在だろう。

 本人は否定していたが、ハルが過保護なまでにアナの世話を焼いているのはちがいない。


 もっとも彼がそうする気持ちは、ティルティにもなんとなく理解できる。

 たんてきに言って、アナという少女は危なっかしくて仕方ないのである。

 それは食べ過ぎで苦しむティルティに、ちゆうちよなくほうを使おうとしたことからも明らかだ。


 それに彼女の聖属性ほうの強度も異常だった。

 コーヒーをれようとしただけで、無意識に聖気がまぎれこむなど聞いたこともない。

 おそらく彼女の聖属性ほうの適性値は、〝白の聖女〟と呼ばれるの生徒会長にもひつてきするはずだ。


 それほどの能力を持つ彼女が、しきじゆついけにえに選ばれかけたという話は正直信じられないが、第三学区シヤスタデージならそれをやりかねないというのもよくわかる。


 いっそのことアナの存在は会長に報告して、生徒会で彼女を保護するべきではないか、とティルティは考える。それならハルが学食部に留まる理由もなくなる。


 学食部には、部員をくことへのびが必要になるだろうが、それは赤字のてんなどの金銭的な見返りでじゆうぶんだろう。悪い取り引きではないはずだ。


 さっそく明日にでも生徒会長に相談してみよう、とティルティはひそかに決意を固めてアナを見た。そのときに、え中だったアナのむなもとの不思議なかがやきがふと目に入る。


「ねえ、アナ……あなたのその胸の模様って……なに?」

「これですか?」


 せいなパステルブルーのブラに包まれたアナの胸の中央に、光の加減でキラキラとかがやく線がかびがる。電子回路を思わせる、がくてきな美しい模様だ。

 単なる下着のあとかと思ったが、それにしては場所が不自然である。


「タトゥー……じゃないわね、ほうじん?」

「はい。これはその……ナナリイにいたときに、ちょっと……」


 アナがそう言ってそっと視線をらす。いてはいけないことをいてしまったような気がして、ティルティはあわあわと両手をった。


「ごめんなさい。言いたくなかったら無理には聞かないから」

「あ、だいじようですよ。かくしているわけじゃないので。これのことはハルくんも知ってますし」

「は!?」


 ティルティは目をいて勢いよくきた。


「どういうこと!? どうしてハルがあなたの胸の模様を知ってるわけ!?」

「え……と……それは、その……ティルティさんもさわります?」

「私も……って、ハルもさわったの!?」


 あせを流すアナのむなもとへと、ティルティは思わず手をばした。

 そしててのひらから伝わってくるアナの胸のかんしよくに、たまらずおどろきの声をらす。


 ひんやりとしたひとはだぬくもり。はだに吸い付くようなしっとりとしたざわり。ティルティの指を押し返すような強い張りとだんりよくがあって、それでいてどこまでもしずみこむほどにやわらかい。想像をはるかにえる気持ちよさだ。


 あのハルがこれにれたというのか。

 そんなしようげき的な体験をしておいて、平静を保てる男子など存在するのだろうか。同性であるティルティですら、気をくと理性が蒸発してしまいそうだ。


 アナの胸にれたまま、ティルティの頭の中は真っ白になり、そんなティルティを現実にもどしたのは、同じ部屋にいたふたまいの声だった。


「あ! テルテルがアナをおそってる!」

「無理やり胸をさわろうとするのは、女同士でも犯罪……」


おそってないし、無理やりさわったわけじゃない!」


 あやうく性犯罪者にんていされそうになったティルティが、あわててアナの胸から手をはなす。


 そのしゆんかん、アナはびくりと背中をふるわせ、ひどく切なげないきらした。