聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ⑦

「あっ……」

「へ、変な声を出さないで! 誤解されるでしょ!?」

「「テルテル……やっぱり……」」

ちがうから!」


 ふたまいわくの視線を浴びて、ティルティが声を張り上げる。


 アナは下着姿のまま、自分のむなもとを両手できしめて、


「す、すみません……でも身体からだが……熱くて……」

「なんの話!?」

「ティルティさんは感じませんか?」

「だからなんの話!? あなた、なにを言って──」


 アナにしんけんひとみで見つめられて、ティルティは冷静さをもどした。


 周囲をただよっていた異様な気配に、そのときになってようやく気づく。はだの表面にまとわりつく静電気のような不快な感覚だ。

 大気中のりよくが、なにか強い力にきようしんしている。大規模なほうの前兆だ。


「これって、まさか……こうげきほう……!?」


 ティルティはがくぜんとしながら、窓の外へと目を向ける。


 その直後、まばゆしんかがやきが夜空を染めた。いつしゆんおくれて地面がふるえ、きつけてきたばくふうが学食部の建物の窓を激しくらす。


「なによこれ……」


 ティルティはかすれた声でぼうぜんつぶやいた。

 ごうおんが断続的に何度もひびき、そのたびに夜空にこくえんと火柱ががる。


ばくはつ、ですね」


 アナがぽつりとつぶやいた。

 まるでその言葉を待ちわびていたかのように、ほうげきのようなすさまじいばくふうが、第七学区アザレアスの市街地をけたのだった。


6


「──こうげきほうか。かなりの規模だな」


 あかく染まった夜空を見上げて、俺はたんたんつぶやいた。


 ほうが使われたのは、躑躅つつじていの建物から二、三百メートルほどはなれた第七学区アザレアスの大通り。〝港〟に近い地区である。

 危険を感じるほどではなかったが、それでもかなり激しく建物がれた。

 ほうばくしん地付近では、相当ながいが出ているはずだ。


 料理長のラフテオをふくめた学食部の調理スタッフは、「ふざけたしやがって!」といきどおりながらあわてて食材倉庫のほうへと走っていった。

 熟成中のもの肉や自家製チーズにばいえんなどのえいきようが出ないように対策するつもりなのだ。


「ハルくん! 無事ですか!?」


 こう室から飛び出してきたアナが、俺に気づいてってくる。

 えのちゆうだったのか、制服のリボンやケープを着け忘れたままだ。

 それでも下着姿で出てこなかっただけ、彼女にしてはよくやったほうだといえるだろう。


だいじようだ。さすがにこのきよで俺がをするようなことはないだろ」


 めずらしく心配そうにしているアナを、俺はいぶかるように見返した。しかしアナは首をる。


「そうですけど、ちがうんです。これはつうの火事じゃないんです」

ほうこうげきということが言いたいのか?」

「いえ、その、ほうこうげきほうこうげきなんですけど……」


 アナが困ったようによどむ。


 はたから見ているとけな会話に聞こえるが、俺にはアナが不安を感じている理由がわかった。

 今回のほうこうげきについては、たしかに不可解な部分がある。これだけの規模のばくはつが起きているにもかかわらず、実際にほうが発動するまで俺にはりよくの動きが感知できなかったのだ。


 つまりこのばくはつを引き起こしたのは単純な火属性ほうではなく、なんらかの固有能力が使われた可能性がある、ということか──


「行くわよ、ハル!」


 少しおくれてこう室から出てきたティルティが、真顔で俺に呼びかけた。

 彼女がにぎっているのはほう銀とすいしようで造られた指揮棒。文官用のほう発動ばいたいである。


「行く? どこに?」

「どこにって、街中で大規模なこうげきほうが使われたのよ! 犯人をこのままほっとく気!?」

「犯人をつかまえるのは生徒会しつこう部の仕事だろ?」

「そうよ! だから、ハルが──」


 そこまで言ったところでティルティは、俺がすでに生徒会しつこう部員ではないことを思い出したらしい。ふんがいしたようにかたふるわせて、キッと俺をにらみつけてくる。


「なんでハルがしつこう部員じゃないのよ!?」

「学食部にせきしたからだが……」


 八つ当たり気味のティルティの言葉を、俺は冷静に受け流した。


 学区内の治安を任されているのは生徒会しつこう部であり、実際に行動するのは、生徒会の下部組織である治安委員会だ。生徒会をめた俺が事件の現場にみこめば、逆に公務しつこうぼうがいにもなりかねない。


「とはいえ、この火災を放置しておくわけにもいかないな」


 俺はためいきをつきながら、夜空を背景にさかほのおへと目を向けた。

 ばくしん地からはなれているとはいえ、火の燃え広がる速度が思ったよりも速い。

 このままえんしようはんが広がると、学食部のてんも無傷では済まない可能性が出てくる。


「それに現行犯なら、生徒会とは無関係ないつぱん生徒にもたい権がある」

「……ハル!」


 俺のつぶやきの意味を理解して、ティルティがハッと顔を上げる。


 第七学区アザレアスは俺の所属先というだけでなく、生活の拠点でもあるのだ。

 そんなところで大規模なほうこうげきを行うような人間を放置しておくわけにはいかない。生徒会のしつこう部員がどうのこうのという以前の問題だ。


「わたしも準備できました!」


 タクティカルジャケットにそでを通してばくしん地のほうへと歩きだそうとした俺に、なぜか黒犬をきかかえたアナがついてくる。俺はその場で足を止め、けもの耳の少女を見下ろした。


「準備ってなんだ? きみもいつしよに来るつもりなのか?」

「え? わたしを置いていくつもりだったんですか?」


 アナが目を大きくして俺を見る。彼女が俺に同行できると確信するこんきよがわからない。


「まさか、聖属性ほうであの火をどうにかしようと思ってるわけじゃないだろうな?」


 俺はわくまなしで彼女をにらんでいた。


「え? ち、ちがいます……よ?」


 アナがぎこちなく視線を泳がせる。

 常識的に考えれば、聖属性ほうでは火災を防げない。

 しかしじんぞうとも思えるアナのりよくを考えると、彼女がそんな非常識なことをやらかさないとも限らない。なにしろアナは聖水を使ってせんたくをしたという前科があるのだ。


「でも火事でをした人がいたらりようが必要です……よね?」


 アナのせいいつぱいの反論に、俺は、む、とちんもくした。


 たしかにアナの回復ほうは強力だ。

 おそらく現在の第七学区アザレアスに、彼女以上の聖属性ほうの使い手はいない。アナが手を貸してくれるなら、かなりの負傷者が救われるはずだ。


 だが、それをやればアナの存在は、確実に生徒たちの注目を集めることになるだろう。そしてちがいなく生徒会が動き出す。


 てんじんに命をねらわれているアナにとって、それはきわめて危険なことだ。


 だからといって自分の秘密を守るため、目の前の負傷者を見捨てることをアナが受け入れるとも思えない。


「変装すればいいんじゃないかな?」


 険しい表情でしゆんじゆんする俺に、リュシエラがのんびりとした口調で言った。


「変装?」

「聖属性ほうを使いまくっても、アナちゃんだとバレなければ問題ないんだよね?」

「……まあ、そうだな」


 俺はリュシエラの言葉をこうていした。

 しかし現実問題として、生半可な変装でアナの正体をかくすのは不可能だろう。並外れたぼうといい、頭のけもの耳といい、目立つ要素しかないからだ。


「というわけで、これ、使っていいよ」

「……ナース服?」


 リュシエラが得意げに差し出したしようを見て、どこから持ってきたんだ、と俺はあきれた。


 第七学区アザレアスではあまり見かけない、ノースリーブのナース服だ。頭部をすっぽりとおおうナースキャップも付属しており、その中にっこめばアナのけもの耳も問題なくかくせると思われる。


「それって師の制服ですよね!? どうやって手に入れたんですか!?」

「それはぎよう秘密かな。これ一着しかないから、ティルティちゃんのぶんはまた今度ね」


 きようがくするティルティの問いかけを、リュシエラがやんわりとはぐらかす。


 相変わらずえない女だ、と俺はけいかいするよりもむしろあきれた。


 アナのために第三学区シヤスタデージがくせきを用意したことといい、の制服を持ち出してきたことといい、リュシエラ・クリトウという生徒は外の学区になぞの強力なコネクションを持っているらしい。