聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ⑧

「これ、お借りしていいんですか?」


 リュシエラからナース服を受け取ったアナが、えんりよがちにけもの耳をふるわせていた。

 うん、とリュシエラはほほんでうなずき、


「それを着てればりよう系の部員だと思われるだろうし、ほうを使っても目立たないでしょ」

「あ、ありがとうございます……でもこれ、すごくスカートが短い気が……」

「それはそういうものだと思ってあきらめるしかないね。だいじよう、アナちゃんなら着こなせるよ。というわけで、アナちゃんはえに行こうか」

「うう……わかりました……」


 リュシエラにごういんに押し切られたアナが、こう室へともどっていく。

 彼女たちの姿が見えなくなるのを待って、俺はばくしん地のほうへと歩き出す。


「ちょっと、ハル? アナさんのこと、待たなくていいの?」

じようきようかくにんするのが先だ。できれば、あいつがえを終えて出てくる前に、そうどうげんきようを片付けておきたい」


 いぶかるように問いかけてくるティルティに、俺はかえることなくたんたんと答えた。

 はあ、とティルティが気のけたような声を出す。


 そうこうしている間にも新たなほうこうげきかえされて、火災の勢いが増していた。このままでは、学食部のてんが巻きこまれるというのもゆうでは済まなくなりそうだ。

 俺は乱暴に舌打ちして、ばくしん地に向かって走り出す。


「やっぱり過保護だわ……」


 背後からティルティの意味不明のつぶやきが聞こえた気がしたが、きっぱりとそれを無視して俺はスピードを上げるのだった。


7


 メインストリートのじようきようは、想像していたよりもはるかにさんだった。

 ばくふうによって多くの建物がとうかいし、大量のれきが路上に散乱している。

 立ちこめるこくえんが視界をふさぎ、じゆげるしゆうが鼻をく。


 出歩いている生徒が少ない時間帯なのは幸運だった。

 そうでなければ相当な数のせいしやが出ていたはずだ。


 ばくしん地である屋台街に近づくにつれてがいの規模は拡大していく。通り沿いに並んでいたキッチンカーはのきみ横転し、はなやかにかざりつけられていた街並みは今や見るかげもない。


 そしてなによりも火災のえいきようが大きい。最初のばくはつが起きてからそれなりの時間がっているはずだが、ほのおは収まるどころか明らかに勢いを増していた。


 街灯の支柱や標識はけ落ちて、路面のいしだたみすらバターのようにゆうかいしてしまっている。

 ただの火災で生じるがいではなかった。火属性のこうげきほうでも、これほどの熱量を生み出すのは容易ではないはずだ。


「これって……ただの事故じゃないわよね?」


 俺に追いついてきたティルティが、顔をそうはくにしながらつぶやいた。

 ここまでひどじようきようになっているとは、彼女も予想していなかったのだろう。


 じようきようを楽観視していたわけではないが、どこかで甘く考えていたのは俺も同じだ。

 生徒間のいざこざによるしようどう的なけんや、密輸してきたものの暴走程度だろうとこんきよもなく高をくくっていたのだ。しかし俺のそんなぬるい予想はあっさりとくつがえされた。


 ティルティが口にしたように、これはただの事故ではない。じん的などう災害か、あるいは第七学区アザレアスに対するかい工作だ。


「そうだな。これだけの事件を引き起こせるとしたら、本格的な武装テロ集団か、ほかの学区からしんにゆうしてきたかい工作員の可能性が高いな」

かい工作員?」

「治安委員会に気づかれずに第七学区アザレアスしんにゆうして、このそうどうを引き起こせるとしたら相当なすごうでだ。特殊執行部隊インビジブル・ハンズの隊員と同等か、それ以上の能力があると思っていい」

特殊執行部隊インビジブル・ハンズレベルって、どこかの生徒会直属のきようしゆう部隊ってこと?」

「そうだな。たとえば……第二十六学区ペンタスの陸戦隊のような……」


 無意識にそうつぶやいて、俺は小さく顔をしかめた。

 リィカ・タラヤから聞かされた、陸戦隊の情報を思い出したのだ。


 執行部隊ハンズの第二小隊とそうぐうしてびた陸戦隊の男は、〝暴食〟を名乗る存在が第七学区アザレアスにいることを知っていたという。

 その話を聞かされた夜に、このそうどうだ。みようごうを感じずにはいられない。


「おい、無事か……?」


 れきしたきになっていた負傷者を見つけて、俺はその身体からだごういんに路上へと引きずり出した。苦痛にうめく声が聞こえたが、このまま焼け死ぬよりはマシだろうと思う。


「うげっ……ハ、ハル・タカトー!?」


 負傷した男子生徒が、俺の顔を見てほおらせた。


 これは俺個人がおそれられているというよりも、特殊執行部隊インビジブル・ハンズに対する評価だろう。執行部隊ハンズが投入されるのは、基本的につうの治安委員では対応できない重大犯罪の現場だけである。逆に言えば執行部隊ハンズが現れた事件現場では、確実に第七学区アザレアスるがすような大問題が起きているということだ。


じようきようを聞かせろ。なにがあった?」


 執行部隊ハンズとはすでに無関係な俺だが、あえて男子生徒の誤解を解こうとはしなかった。情報収集になおに協力してくれるなら、かんちがいされたままのほうが都合がいい。


「わからない……屋台でさわぎが起きたと思ったら、とつぜんばくはつが起きて……」


 苦痛に顔をしかめながら、男子生徒がぼそぼそと答えてくる。


 骨の何本かは折れているようだが、彼の負傷はめい的なものではない。聖属性ほうが使えるティルティも、あえて彼を回復させようとはしなかった。

 くわしいじようきようがわからない以上、りよくの温存を優先するのは当然の判断だ。


「屋台でのさわぎというのは?」

「それは直接話を聞いたわけじゃないんで、なんとも……気味の悪いかつこうをした男子が屋台の料理に文句をつけてて、店員と口論になったところまでは見たんだが……」

「店員と口論って……まさか、それだけでこのさわぎを起こしたの?」


 ティルティがぜんとしたようにき返す。ただのくちげんの結果にしては、いくらなんでもそうどうの規模がでかすぎる。


「いや、そうじゃねえんだ。最初からおかしな客だったんだ。金をはらう気もなさそうだったし、いといいながら屋台をぶっこわして商品をうばおうとしてたしな──」

「なにそれ……そんな生徒が第七学区アザレアスにいるの?」


 ティルティがふんがいしてまゆげた。

 負傷者の男子はその質問に、せんけつ混じりのせきで答える。これ以上の情報を、彼から聞き出すのは無理そうだ。


「ティルティ。この火災は俺がなんとかする。もし犯人が出てきたらけんせいたのむ」


 からライフルを取り出しながら、俺はティルティに一方的にらいする。


「なんとかするって、どうするつもり?」


 ティルティがげんな表情で俺を見返してくる。

 彼女がげんに思うのも当然だった。大通りの火災はんは直径百メートルをえており、生半可な手段では消火できそうにないからだ。


「要はねんしようの条件を満たさなくすればいいんだろ……」


 俺は構えたライフルのじゆうこうを火災現場の上空へと向けた。


 ほうの発動ばいたいとしては使い勝手の悪いじゆうだが、えんきよほうねらいをつけやすいという点だけはつえけんに勝っている。

 とはいえ、俺が使おうとしているのは、それほど精密な照準が必要なほうではない。要はほう発動の起点となる目印になりさえすればいいのだ。


「〝風よ、風よ。なんじの名は破れた天空、眼下の土地を細切れにけ〟──!」


 じゆもんえいしようとともに放たれただんがんが、火災現場の上空にとうたつすると同時に、されていた大量のりよくを解放する。