聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ⑨

 発動したのはシンプルな【ふうばく】のほうほう発動の起点となったじゆうだんを中心に、しようげきを無差別にまき散らすという俺のオリジナルスペルだ。


 目標のせんたくができないせいでようは限定されるが、そのぶんりよく効率にすぐれており、こうはんもうれつばくふうを放つことができる。


 上空で発生したきよだいしようげきは、地上でさかほのおへとちよう音速で降り注ぎ、それらをしゆんかん的にしようめつさせた。広域林野火災などを消火するために使用する、ばくふう消火と同じ作用をほう的に再現したのだ。


 もちろんそれだけでは、地上をおおくすほどの火災を完全にしようめつさせることなどできはしない。くすぶっている無数の火種から、すぐにほのおが復活するだろう。

 だがそれでいい。さかほのおいつしゆんでもえることが重要だったのだ。


 俺は再び引き金をしぼって、フルオートでだんがんを空中にばらいた。

 今度はじゆもんえいしようすら必要なかった。なぜなら俺が次に使うのは【水生成】。水属性ほうの中では中のほうだからだ。


 しようしただんがんを起点にして発動したほうが、大量の水のかたまりを空中に生み出した。それらは重力に引かれてすぐに落下し、地上にたきのように降り注ぐ。


 ほのおさかっている状態であればその量の水でもいつしゆんで蒸発したのかもしれないが、直前のばくふう消火によって火災は勢いを失っていた。そこに水が降り注ぐことで温度が低下し、可燃物の発火点を下回る。結果的に火災の大部分はまたたちんした。残りは俺が手を出さなくても、水属性のほうが使えるほかの生徒がどうにかするはずだ。


「相変わらず無茶をするわね……!」


 ティルティが、あきれとおどろきの混じった視線を俺に向けてくる。

 りよく効率にすぐれた【ふうばく】はともかく、俺が消火のために生成した水の量はおそらく十トンをえていた。いくら【水生成】がほうとはいえ、さすがにりよくの消費量がはんではない。水属性も使えるティルティだからこそ、俺のしようもう度を理解しているのだろう。

 しかしあれだけの規模の火災を短時間で消火するには、ああするしかなかったのだ。


「た、助かったのか……?」

「ハ、ハル様……!」

「ハル様だわ! ハル様が助けてくださったのよ!」


 火災現場に取り残されていた生徒たちが、ずぶれの状態でだつしゆつしてくる。

 その直前のしようげきに巻きこまれて無傷ではなかったはずだが、それよりも今はせまり来るほのおきようからのがれられた安心感でハイになっているらしい。俺を神仏かなにかのように拝みながら、なみだを流してまとわりついてくる。


じやだ! さっさとなんしろ!」


 群がってくる女子生徒たちをあつしてはらい、俺はちん直後の火災現場に足をれた。


 急激に気化した水のせいで一面がきりおおわれて、視界が悪い。


 しかしこのきりの中のどこかに、火災を引き起こした犯人がいる。そいつを放置するわけにはいかなかった。再びばくはつほうを使われれば、せっかく苦労して消火したのがもともくだ。


きりを飛ばすわ」


 ティルティが風属性のほうじようしよう気流を生み出し、視界をさえぎっていたきりばす。


 きりが晴れて現れたのは、げた街並みととうかいした建物たち。

 そして路上に立つそうしんの男子生徒だった。


 男子生徒のうすよごれた包帯まみれの全身をおおうのは、第七学区アザレアスのものではないタクティカルジャケット。かたもんしようえがかれているのはくささんたん──第二十六学区ペンタスもんしようだ。


「見つけた! あいつが放火犯ね!」

「待て、ティルティ!」


 放火犯の姿をかくにんしたティルティが、俺が制止する間もなく相手に向かってっこんだ。

 りよくしようもうしている俺の代わりに、犯人をつかまえようとしたのかもしれない。

 風をまとって加速したティルティの動きは速く、あっさりと俺をはなして犯人とのきよめていく。相手がいつぱん生徒なら、ティルティのその動きに反応するのは不可能だっただろう。


 しかし男は動じることなく、みぎうでをゆっくりとティルティに向けた。

 そして次のしゆんかんきよだいほのおかたまりが現れて、俺とティルティの中間地点で激しくぜた。


「ティルティっ!?」


 目の前に広がったほのおかべを見て、俺はぼうぜんくす。

 完全にめられていたはずの犯人の逆転の一手。彼は、たった一発のほうで、俺とティルティを分断してみせたのだった。


8


「なんだ、このほうは……」


 俺は乱暴に舌打ちしながら、上空までびるほのおうずにらみつけた。


 通常の火属性ほうとは異なるとくしゆな固有能力。ほう発動の前兆も、りよくの流れも感じさせないかいほうだ。


 さっきのばくはつは俺とティルティの分断をはかったわけではなく、ティルティ本人を直接ねらったものだった。

 たまたまティルティが高速移動中だったからけられただけで、そうでなければ正面からまともにらっていたはずだ。ボロボロの姿からは想像もつかないきようあくな敵である。


『ふん、におうな』


 俺の耳元で聞き慣れた声がした。黒犬だ。

 俺に追いついてきたというよりも、最初から姿を消した状態で俺の近くにいたのだろう。


「なにがだ?」


 そんな黒犬に、俺はかえりもせずにき返す。


『気づいているか、わつぱ? あの放火犯はつうの人間ではないぞ』

「……どういう意味だ?」


 そうしんの男子生徒があやつばくえんが、通常の火属性ほうではないことはわかっている。

 しかしその程度の情報を、この黒犬がもつたいぶって忠告してくるとは思えない。


 俺は路上をおおくすほのおかべの消火をあきらめて、近くの建物の屋根へとんだ。


 ティルティと男子生徒のせんとうは、すでに始まっていた。

 十メートルほどのきよを置いてのほう戦。男子生徒がまき散らすばくえんを、うような動きでれいかいしながら、ティルティははんげきすきをうかがっている。


 圧縮した水のだんがんを、風属性のほうを使って様々な角度から犯人にちこみ、同時に地属性のほうで男の動きをこうそくする。さいほうが持ち味のティルティらしい、テクニカルな戦術だ。


 しかしそんなティルティの技術を、まえれなしにち放たれる犯人のばくえんちからわざでねじせる。自分自身の肉体が傷つくこともいとわぬばくかくの至近きよこうげきに、ティルティは手を焼いていた。


 犯人のほうの異常性に、彼女もすでに気づいているのだろう。こうげきの予兆がつかめないせいで、ティルティはけいかいに意識をかれてこうげきの決め手を欠いている。


「さすがは第二十六学区ペンタスの陸戦隊だな。やつかいな相手だ」


 だが、ティルティの敵じゃない──と、俺は小さく鼻を鳴らす。

 彼女のえんをするつもりで追いかけて来たが、その必要はなさそうだ。


 すべてのほう属性が使えるということは、相手の得意属性をそうさいし、相手の苦手属性でこうげきできるということだ。ばくえんでしかゴリ押しできない陸戦隊の男子生徒は、ティルティにとってはむしろくみやすい敵だといえる。


 ゴッ、とにぶい音をひびかせて、犯人の下半身を数本のくいつらぬいた。ティルティが地属性ほうで生成していた金属製のくいを、地中からやりのように打ちだしたのだ。


 ティルティがくいの材料に使ったのは、おそらく建築資材に使われていたモリブデンこう

 二千六百度をえる熱にえ、高温かんきようにおいてもきわめて強度が高い。それをいつしゆんかすようなは、犯人のばくえんをもってしても不可能だった。


 そして完全に動きをふうじられた犯人の心臓を、ティルティは、同じくモリブデンこうだんがんで正面からいた。

 風属性と地属性の複合ほうばくえんえいきようを受けにくいふたつの属性を使って、正面から犯人をねじせた形だ。〝にじいくさおと〟の名にふさわしいあざやかな勝利だった。