聖女と暴食

第三章 オーガベアの火鍋 ⑩

「ようやく終わったか……」


 構えていたじゆうを下ろして、俺は息をした。

 犯人の正体や目的は不明のままだが、それは生徒会をめた俺が気にすることではない。

 とりあえず学食部の建物をおびやかす火災のげんきようはいじよできたのだ。その時点で俺たちの目的はいちおう達成されたことになる。だが──


『それはどうかな?』

「なに?」


 揶揄からかうような黒犬の言葉に、俺はいやな予感を覚えた。

 相手の死を確信して、無防備に背中を向けたティルティの背後で、絶命したはずの犯人がゆらりと立ち上がる。


「ティルティ!」

「え!?」


 俺の警告のさけびを聞いて、ティルティがいた。そしてきようがくに目をみはる。


「なんなの、こいつ!? なんで、生きて……!?」


 あり得ないはずのじようきように、ティルティは激しくどうようしていた。


 死んだはずの人間が、再び動き出したというだけの話ではない。彼女自身の手で確実に相手にとどめをした直後なのだ。たおしたのがげんえいや身代わりのかいらいであれば、ティルティがそれに気づかなかったわけがない。


 男子生徒の下半身には金属のくいさったままであり、胸部にはこぶしが入るほどの大きな穴が空いていた。相手は疑う余地もなく確実に死んでいる。


 そして死んだままの状態で動き続けている。


 それを見て平静を保つのは、戦い慣れしたティルティにも不可能だ。


「しまっ……」


 軽いきようこう状態におちいったティルティに向かって、そうしんの男子生徒がばくえんを放つ。


 至近きよまえれなしに出現したばくはつを、ティルティは正面からまともに浴びた。

 とつに展開したりよくしようへきでかろうじてばくふうちよくげきだけはそうさいするが、押し寄せて来たほのおの高熱までは防げない。ちよう高温のごうに全身を焼かれて、ティルティは声もなくたおれこんだ。


 かくにんするまでもないめいしようだ。俺には彼女を救えない。

 その絶望的な現実に、俺ですらいつしゆん、動きを止めた。だが──


「──完全回復パーフエクトヒール!」


 ばくはつごうおんはんきようする中、不思議とよく通るんだ声がひびいた。


 聖属性のりよくを帯びたきよだいな水球がティルティたちの頭上ではじけて、りよくほのおいつしゆんで消える。

 同時に放たれた金色の光がティルティを包みこみ、焼けただれていた彼女の肉体を無傷の状態へと修復した。時間をもどしたかのようなせき的な光景だ。


「なっ……!?」


 目の前で起きた想定外の出来事に、そうしんの男が目をいた。

 光のないその眼球が見つめる先にいたのは、ナース服を着たがらぎんぱつの少女だった。


9


「ヒ……」


 胸に大きな穴を空けたままの男子生徒が、かいな声をした。

 聖水を浴びた彼の全身からは、うっすらと白いけむりが上がっている。強酸にひたされた金属のように、男子生徒の身体からだけているのだ。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒ……!」


 きようれつな苦痛をともなうはずのそのじようきようで、彼は我を忘れたように笑い続けている。


「見つけた! 見つけましたよ、〝暴食〟! 暴食ウウゥゥゥゥゥゥ!」

「ええ……っ!?」


 しやがれた声で呼びかけられて、アナはビクッとかたふるわせた。

 会話の中身がなんであれ、知らない相手にあのテンションで声をかけられたら、彼女でなくてもおびえるだろう。

 しかし男子生徒はそれ以上、アナとの会話を続けることはできなかった。俺の放っただんがんが、彼のけんいたからだ。


「ハルくん……!?」

「よくティルティを救ってくれた。礼を言う」


 建物の屋根から飛び降りて、俺はアナたちの前に着地した。


 いやいやそんなわたしなんか、と俺にめられたアナがきようしゆくする。

 どうやら勝手に聖属性ほうを使ったことで、また俺におこられるのではないかとビビっていたらしい。しかしさすがに人命がかっている状態で、回復ほうを使うなというつもりはない。


 ナースキャップに無理やりけもの耳を押しこんでいるせいで、今のアナの見た目は、だんの彼女よりもだいぶ大人しい。顔がいいので多少は目立つが、それよりもナース服の印象のほうがきようれつだ。

 この状態なら聖属性ほうを使いまくっても、どうにかしがくだろう。


「なんとか生きてるようだな」


 ティルティの衣服はほとんど焼け落ちているが、その下のはだには傷ひとつ見当たらない。

 アナが使った最上級回復ほうの効果である。


 ティルティの胸がゆっくりと上下しているのを見届けて、俺はあんの息をらした。

 全身を焼かれたショックで気絶してはいるものの、しばらくすれば意識をもどすはずだ。


『こちらはともかく、あちらはもうだな』


 かいそうにつぶやいたのは、黒犬のゼブだった。

 黒犬が見つめているのは、俺にけんかれたはずのそうしんの男子生徒だ。


 とっくに絶命しているはずなのに、彼は何事もなかったかのように平然と起き上がってくる。まるでアンデッド系のものを思わせる不死身っぷりである。


「そうか、アンデッド……あいつはとっくに死んでいたというわけか」


 心臓をばされても、けんかれても死なない不死身の敵。だが、彼が死体であったのならそれも当然だ。すでに死んでいる人間を二度は殺せない。


 だが、問題は彼が死体かどうかではない。死体が動いている理由のほうが重要だ。


「どういうほうだ? あいつをあやつってる術者がどこかにいるのか?」


 起き上がってきた男子生徒──否、男子生徒だった死体に向かって、俺はじゆうだんちこんだ。

 しかしそのじゆうだんは死体をく直前、相手の周囲に出現したほのおはばまれる。


「ただの人間が、じやを……するナ……!」


 男子生徒の死体が右手をばし、新たなばくえんを放ってくる。


 俺はだんがんくしたライフルを投げ捨てると、気絶したままのティルティとアナをかかえて横へとんだ。いつしゆんおくれて、それまで俺たちがいた場所を、きようれつほのおが包みこむ。


「ただの人間が……〝暴食〟を連れてどこに行く気ですか!?」


 アナを連れ去ろうとする俺の行動は、死体の神経をさかでしたらしい。

 放たれるばくえんりよくを増し、はだを焼く熱気に俺は顔をしかめる。


「どういうことだ、犬コロ! あいつはなんだ!? なぜおまえの存在を知っている!?」


 ちゃっかりと俺の背中にしがみついていた黒犬に、俺はる。

 黒犬があきれたように首をる気配がした。


『なんだ、気づいてなかったのか?』

「なに?」

『やつが使っているのは、〝さいやく〟の力だ』

「なんだと!?」


 身体強化ほうを使っているとはいえ、人間二人をかかえた状態で、死体のこうげきけ続けるのはかなり厳しい。

 しかも両手がふさがっているせいで、じゆうが使えない。それはつまりかみなりほうが使えないということだ。


 だからといってただの風属性ほうや水属性ほうでは、ほのおまとった死体に有効なダメージをあたえられない。死体と化した男子生徒の動きは速くないが、有効なはんげきができないせいで、俺たちはジリジリとめられていく。


「どういうことだ? 〝さいやく〟はてんじんふういんされたんじゃなかったのか?」

『すでに我という例外がいるのだ。自由な〝さいやく〟がほかにいてもおかしくはあるまい?』


 俺の疑問に、黒犬が平然と答える。

 そんなものがあちこちにいてたまるか──と俺はいらちを覚えたが、現実に第二の〝さいやく〟が出現した以上、その反論が無意味なこともわかっていた。


「だとしても、どうしてあいつはおまえを探してるんだ?」

『さあな。本人に聞いてみたらどうだ?』

「話が出来る状態か、あれが!」


 俺は声をあららげつつ、ひそかにほうを発動した。

 発動したのはみずほう。ただしアンデッド化した男子生徒を直接こうげきしたわけではない。


 第七学区アザレアスの地下にめぐらされた下水道──その中の水を無理やりふつとうさせて、水蒸気ばくはつを起こしたのだ。そして男子生徒の足元の地面を破って蒸気ガスをふんしゆつさせた。


 蒸気ガスをまともに浴びた男子生徒は、そのしようげきで空高くがり、数十メートル後方へとんで地上に落下する。まともな人間ならそれだけで命を落とすはずだが、アンデッド化した相手にそれを望むのは無意味だろう。

 それでも再びやつが追いついてくるまで、しばらくは時間がかせげるはずだ。


「あいつがアンデッド化した状態で動けているのも、〝さいやく〟の力か?」