聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ④

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 生徒会しつこう部の女子りようは、中世ヨーロッパのマナーハウスを模したしようしやな建物だった。


 りようから出てきた顔見知りのしつこう部員を呼び止めて、俺はティルティを呼び出して欲しいとらいする。彼女と音信不通になってから、すでに一週間がっていたからだ。

 体調をくずして込んでいるのではないかとアナがさわぐので、せめて安否だけでもかくにんしておこうと思ったのだ。


 しかし呼び止めた女子生徒からの反応は、少し意外なものだった。


「ティルティ・カルナイム様……ですか?」


 彼女は困ったようにまゆじりを下げて、となりにいた友人たちと目を合わせる。


「そういえば、ここしばらくお見かけしていませんね」

「たしかティルティ様は、かん官として学食部に出向なさっているのでは……?」

「そうでしたわね。でしたら、学食部のりようで過ごされているのでは……?」


 あいまいにうなずき合う女子生徒たちを見て、俺はこっそりとためいきをついた。


 彼女たちの反応を見る限り、ティルティは生徒会の女子りようにも帰っていなかったらしい。つまりあの火災が起きた夜以来、彼女はゆく不明になっているということになる。


「そうか。呼び止めて済まなかった」

「いえ、こちらこそお役に立てずに申し訳ありませんでしたわ」


 きんちよう気味に頭を下げる女子生徒たちに礼を言って、俺は生徒会の女子りようからはなれた。


 ティルティの不在について俺がさわてると、彼女の立場が悪くなる。ひとまずこの場では何事もなかったかのようにうべきだと判断したのだ。


 そのまま俺が学食部のほうへともどっていると、アナが小走りでってきた。

 彼女とティルティを会わせると気まずい空気になりそうな気がしたので、はなれた場所で待機していろと俺が命じておいたのだ。


「ティルティさん、生徒会のりようにもいなかったんですか?」

「そうみたいだな」

「やっぱり私のせいなんでしょうか?」


 しゅん、とけものの耳をせながらアナがうつむく。俺はあいまいに首をった。


 正直に言えば、俺にはティルティがなぜあそこまでおこったのか理解できなかった。

 自制心を失ったアナは飼い主に甘えるペットのように俺にくっついていたが、そのことでティルティにめいわくをかけたわけではないからだ。


 たしかにアナの行動は不用心だったが、あの時点ではすでにせんとうも終わっており、周囲に危険もなかった。ティルティが腹を立てる要素はなかったはずである。


「無関係とは言わないが、あれはティルティのかんちがいが原因だろう。きみが責任を感じるようなことじゃない」

「でも、もしティルティさんが世をはかなんで、自ら命を絶つようなことになったら……」

「そこまでおもめる要素はないと思うが……せいぜいヤケいして終わりじゃないか?」


 俺の言葉を聞いたアナが、ハッと顔を上げた。


「そうですね。しいものを食べると元気が出ますもんね。ティルティさんが帰ってきたときに備えて、しいものを用意しておきます!」

「ああ、そうだな」


 急に前向きになったアナをながめて、俺は適当なあいづちを打つ。

 しかし一人でやる気を出していたアナが、周囲の街並みを見回してげんな顔をした。


「でも……気のせいでしょうか。閉まってるお店が多い気がするのですが」

「そうだな……」


 みようさびれたふんの大通りを、俺は苦々しげな気分でにらむ。

 真っ昼間から店を閉めているのは、主に飲食店と食料品店だ。それは現在の第七学区アザレアスかかえる重大な問題──すなわち食料不足をしようちようするような光景なのだった。


◇◆◇


「は? 野菜がにゆうしてない?」


 俺とアナが学食部の店にもどると、作業場のほうからラフテオのあらあらしい声が聞こえてきた。

 注文したはずの野菜が届かなかったことに、こんわくを覚えているらしい。


「どういうことだ? 流通がとどこおってるのは、ばいよう肉だけじゃなかったのか?」

「報道部のチャンネル、見てないの? またおそわれたらしいよ、こうばい部の食料輸送船」


 部長のリュシエラが、のんびりとした口調で説明する。

 それに対しておどろきの声を上げたのは、私服姿のマコットだった。


「えー……またぁ? 今週に入って五せき目だよね?」

「……六せき目。今日は東航路と西航路で、それぞれ一せきずつおそわれてるから」


 ミネオラの説明に、マコットが「マジで?」と声を高くする。

 そう。第七学区アザレアスとつぜんの食料不足は、他の学区から食料を運んでくる輸送船のそうなんが原因だった。


 俺たちが〝学園〟と呼んでいるのは、北大陸に点在する七十二の学区──すなわちへいかんきよう都市の集合体である。

 それぞれの学区には、ばいよう肉や野菜を生産するプラントが存在するが、だからといってすべての学区が必要な食料を完全に自給しているわけではない。


 たとえば第七学区アザレアスの食料自給率はわずか三十パーセント足らず。これは歴代の生徒会が、自前で食料を生産するよりも他の学区から安く仕入れて、そのぶんの余力で投資や商取引に力を入れることをせんたくしたからだ。

 結果的に第七学区アザレアスでは、商業が発展して豊かになった。


 その一方で、食料供給に関して深刻なぜいじやく性をかかえることになった。

 実際、輸送船が何せきか止まっただけで、こうしていきなり深刻な食料不足におちいありさまだ。


おそわれてるのって、第七学区アザレアスの輸送船だけなんでしょ? それって完全にねらわれてるよね?」

ねらわれてる? 輸送船をおそってきたのはものの群れじゃなかったのか?」


 マコットの無責任な発言に、ラフテオが不思議そうにき返す。


こうばい部の証言だとそうみたいだね。群れというより、ものの集団って感じかな。何種類ものものいつせいしゆうげきしてきたみたいだから。B級以上のものだけでも全部で百体をえてたとか」


 リュシエラがラフテオの質問に答えた。それを聞いた全員がげんな顔をする。

 群れを成すものはめずらしくないし、ほかの種族に寄生したり、共生しているものも報告されている。しかし何種類ものものが同時に行動するという例はあまり聞いたことがない。


「もしかして……魔物暴走スタンピード?」


 ミネオラが、こてんと首をかたむけてつぶやいた。


 火山活動などの自然災害や、ものの異常はんしよく、あるいはりゆう種などのような強大なものに追われて、その付近の土地に住むものいつせいに移動を始めることがある。それがいわゆる魔物暴走スタンピードだ。


 魔物暴走スタンピードは一度発生してしまうとせいぎよ不能であり、それに巻きこまれた運の悪い学区は、かいめつ的ながいを受けることになる。


魔物暴走スタンピードにしては規模が小さいけど、じようきようとしてはよく似てるね。もっとも輸送船をおそうだけの魔物暴走スタンピードというのは聞いたことがないな」


 リュシエラがほほみながら首をった。


「どこかの学区が裏で糸を引いてるとか?」


 マコットがとうとつな思いつきを口にする。

 リュシエラは、ふむ、とあごに手を当てて少し考えこんだ。それから俺のほうへと向き直る。


「きみはどう思う、ハル・タカトー?」

おそってきたものが一体や二体なら、固有能力持ちの生徒がものあやつってる可能性はあるかもしれないが、さすがに百体以上は無理があるだろう」


 なぜ俺にくんだ、と顔をしかめつつ、俺は冷静にてきした。


「あり得るとすれば、大規模なしきほうどうが使われた可能性だが……そこまでして第七学区アザレアスの輸送船をおそう理由がわからないな」

「たしかにね。船を乗っ取るとか、食料を横取りするってことならまだしも、輸送船をものおそわせても、それでだれかが得をするわけじゃないからね」


 リュシエラがなつとくしたように首を縦にる。


「原因はともかくさあ、このまま輸送船がおそわれ続けたらまずくない? せいせん食品とか早くもしなうすになってるじゃん」


 マコットが不満げにくちびるとがらせた。


「先週の火災のえいきようもありそうだな」


 ラフテオがかいそうに鼻を鳴らす。


 先週の火災というのは、〝〟にあやつられた〝死体〟が起こしたしゆうげき事件のことだ。事件現場がこうわん近くだったせいで、第七学区アザレアスの食料ちく倉庫が、いくつかしようしつしたらしい。


「そうだね。倉庫街にはけっこうながいが出たらしいからね。まあ、合成肉や人工デンプンの工場は無事だから、生徒がするようなことはないだろうけど」


 リュシエラがしようしながら言った。


 いかに食料自給率の低い第七学区アザレアスとはいえ、今回のような非常事態に備えて、非常用食料の製造プラントは用意されている。


 食料危機とは言いつつも、生徒たちにゆうがあるのはそのためだ。ただし問題は、そうやって生産される食品の味である。


「じ……人工デンプン……」

じようだんではないぞ』


 リュシエラの言葉を聞いたアナが青ざめ、黒犬のゼブがわかりやすくふんがいした。

天環オービタル育ちの彼女たちにも、工場製の食材の味はよくわかっているらしい。