聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑥

『何度見てもおどろきますね。まさか使いの力を借りることなく、私の能力をこれほどまでに使いこなすとは──』


 つえを構えたティルティを見て、しろねこかんたんの声を出す。


「当然よ。ハル以外の使いなんてらないわ。私がしいのは、彼だけだもの」

『ふむ。〝暴食〟のけいやく者の使いですね』

おどろいたわ。まさか、アナさんがじよとして、ハルを支配していたなんて」


 ティルティのひとみいかりの色がいた。


さいやく〟のじよアナセマは、〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟の力でハルの精神を支配している──しろねこはティルティにそう言ったのだ。そしてティルティには、その言葉を否定する動機もこんきよもなかった。


「おかしいと思ったのよ。ハルが私にだまって生徒会をめて、学食部なんかにせきするなんて。でも、〝さいやく〟の力で支配されていたのなら、なつとくだわ」

『そうでしょうね。ですが、今の貴女あなたになら、それが真実だということもわかるはず』

「ええ。そうね」


 しろねこの言葉に、ティルティはうなずく。

 ティルティの目的は、最初からなにも変わっていない。ハルを生徒会しつこう部に連れもどす──それだけだ。そのためにアナとけいやくしている〝さいやく〟をほろぼし、ハルを彼女の支配から解き放たなければならないのだ。


「本当にアナさんとけいやくしている〝さいやく〟をほろぼせるのね、フラウロス?」

貴女あなたの力があれば、ちがいなく』


 ティルティの疑問に、しろねこは力強く言い切った。


『我ら〝さいやく〟はらうことで相手の力をうばい、成長するのです』

「〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟だっけ? アナさんとけいやくしている〝さいやく〟の力をうばうことがあなたの目的なのね?」

『ええ。そして〝暴食〟がほろびれば、貴女あなたおもい人をしばっているかせしようめつする。私とのけいやくは、貴女あなたにとっても利のある取り引きだといえるでしょう』


 しろねこが、ティルティの耳元でささやくように告げてくる。

 しかしティルティは表情を変えることなく、自分がにぎほうじようを冷ややかに見下ろした。


「〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟をほろぼして、それからあなたはどうするの?」

『ふふ……それを気にするとは、やはり貴女あなたはいい』

さないで」

『いえいえ。しているわけではありませんよ。貴女あなたの不安は、目的を果たした私が貴女あなたせいぎよはなれて、人類に害をすことでしょう?』


 ティルティは、しろねこの質問にちんもくで答えた。

 この口の回る〝さいやく〟が自分の味方だと、ティルティは本気で信じているわけではなかった。


 そして意外なことに〝〟は、自分が疑われていることを自覚していたらしい。しかしそれでも構わずしろねこは続ける。


『我ら〝さいやく〟は、人類の敵ではありません。なぜなら我々は、人の欲望をかなえるために生み出された存在だからです』

「〝さいやく〟は、旧人類をほろぼしたどう兵器だといわれてるけど?」

『その情報は、真実なのですか? てんじん種族がそう主張しているだけなのでは?』

「それは……そう……だけど……」


 しろねこの意外な反論に、ティルティはきよかれた気分になった。


さいやく〟が危険などう兵器という情報は、すべててんじん種族によってもたらされたものだ。

 なぜならティルティが生まれたときにはすでに旧人類はほろびており、てんじん種族の発言を疑う理由も、真実をかくにんする機会もなかったからだ。

 こうして実際に〝さいやく〟とせつしよくすることがなかったら、その情報を疑うことすら思いつかなかっただろう。


『我ら〝さいやく〟は、人の欲望をかなえる形でしか力を使えない。そのことは、私のけいやく者である貴女あなただれよりもよく理解しているのではありませんか?』

「だったら、どうしてあなたは〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟をほろぼそうとしているの?」

『それはの者が例外だからですよ』

「例外?」

『ええ。の者の目的はすべての〝さいやく〟の力をらって、世界をほろぼす最強最悪の存在──〝終末〟へと至ることなのですから。それゆえにの者とけいやくしたじよはこう呼ばれているのですよ、忌まわしきものアナセマ、と』


 そこまでひと息で語ったあと、しろねこは不意にちんもくした。

 そしてティルティから目をらし、遠くを見るように目を細める。


「どうしたの、フラウロス?」

『我々が支配したものの一体が、例の使いせつしよくしたようです』

「使い? ハルのことを言ってるの?」


 ティルティはげんそうに目をすがめた。

 こともあろうにハルを使いにしているのは、〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟のけいやく者たるアナである。それはティルティにとって許すべからざる事実だった。ティルティがアナを敵視するには、それだけでもうじゆうぶんだ。


「そう……学食部は、食材調達のために第七学区アザレアスの外に出たのね」


 第七学区アザレアスで食料品が不足すれば、食材にこだわる学食部は、必ず学区の外に出てりをする。ティルティが予想したとおりの行動だった。


 学区外なら、〝〟の武器である支配の権能が使える。

 ものたちをせんどうしてアナをおそわせることができるのだ。


 そしてものたちの敵に回る可能性がある第七学区アザレアス側の戦力は、輸送船の護衛として遠くはなれた場所へと追いやった。ティルティのじやをする者はもういない。


「決着をつけましょう、アナさん……ハルは返してもらうから」


 ほうじようにぎりしめたまま、ティルティははだにハルのジャケットを羽織る。


 それからティルティは小さなほうを発動した。シャワーでれたかみかわかすシンプルなほう

 それは幼かったころのハルが、彼女のために創り出してくれたものだった。


5


 はいきよと化した旧世界の都市に、たけだけしいほうこうひびわたる。


 つちけむりを巻き上げながら現れたのは、太古の、エラスモテリウムに似た姿を持つものだった。体長六メートルをえるきよだいなサイのきんえん種だ。


「来た来た来た来た来た! 大物だぁー!」


 サイもどきのものに追われていたマコットが、ビルのへきめんって加速する。

 ウェイトレスしよう風のせんとう服を着た彼女の両手には、くないに似た黒いたんけんにぎられていた。


 彼女がとうてきしたそのたんけんが風属性ほうまといながら加速して、サイもどきの顔面をちよくげきする。

 きようじんな外皮におおわれたものにダメージを負わせるほどのりよくはなかったが、相手をちようはつするという役目は果たした。マコットの仕事はおとりとなって、ものまで引き連れてくることだったのだ。


「……マコット、はなれて……」


 ミネオラのほう通信を聞いたマコットが、あわててものとのきよを取る。


 マコツトを追うために加速したものの鼻先へと、はいきよの窓から飛び降りてきたミネオラきよだいハンマーたたきつけた。


 そしていつしゆんひるんだものの首筋をねらって、れきかげから飛び出してきたラフテオがせんたたきこむ。分厚いせんやいばは、ものの首に深々とめりこみ、きようじんけいこつった。


 ものはそのまませいで何歩か進み、そこでちからきたように横向きにたおれる。

 まみれのせんいて、ラフテオはげんそうに鼻を鳴らした。

 いちげきものの首をり落とせなかったことに、不満を感じているらしい。


「ちっ……久々のりだから、なまってやがるな……」

「いえ。お見事です、料理長」