聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑦

 学食部員のマイ・イノクラが、冷静な口調でそう言った。

 調理助手の彼女は、料理人としてのラフテオにしんすいしているのだ。


 愛用のチェンソーを構えたマイは、そのまま流れるようにもの解体作業へと移行する。

 だんは無表情な彼女のほおがほんのりと桜色に上気して、その口元にはあでやかなみがかんでいた。彼女はものの解体作業が好きなのだ。


「──学食部のりというのは、だんからこんな感じなのか?」


 ラフテオたちのりの様子を見ていた俺は、しぶい表情をかべてリュシエラにいた。


 仲間をおとりに使ったことや、安全を度外視したぼうしゆうこうげきなど、戦術的には決してめられた戦い方ではない。

 しかし参加した個人のせんとう能力が高いせいで、すこぶる効率的なのも事実だった。実際、そのやり方でラフテオたちは成果を出しているのだ。


「こんな大人数でりに出るのは久々だからね。みんな張り切ってるんじゃないかな」


 リュシエラはほうあぶったくんせい肉をみながら、ごとのような口調でそう言った。

 部員たちの実力をしんらいしているのか、彼女はラフテオたちのりには加わらず、キャンピングチェアに座ってのんびりとくつろいでいる。


「デスライノ……これで三体目だな?」

「うん。うちの店で出すぶんは、二週間くらいはこれだけでいけそうだけどね。第七学区アザレアス全体のじゆようまかなうには、全然足りないかな」


 俺のつぶやきにリュシエラが答える。

 学食部のえんせいとしては、ひとまずの目的を果たした形だが、第七学区アザレアスの食料不足は深刻なのだ。食用となるものればるだけ、それらを高値で売りさばける。

 赤字になやむ学食部としては、この機会をのがすわけにはいかない。


「しかしものとのそうぐう率が低いな。俺の気のせいかもしれないが」


 俺はここ数日のおく辿たどって、感じていた疑問を口にした。


「ううん、気のせいじゃないと思うよ。もしかしたら例の魔物暴走スタンピードもどきのえいきようかもね」

「このあたりにせいそくしていたはずのものが、輸送船をおそうために移動したということか」


 第七学区アザレアスの食料輸送船をおそったものの群れは、中型や大型のものだけで百体をえていたという。それだけの数のものたちが一しよに集まれば、当然、ほかの場所にいるものの数は減るだろう。

 つまり魔物暴走スタンピードもどきに参加したものたちは、どこかで大量発生したわけではなく、船をおそうという目的をもって自発的に集まったということになる。


「あり得ないとは言わないが、自然現象とは思えないな」

「同感だねえ。少なくともつう魔物暴走スタンピードものの分布が変わったなんて話は聞いたことがないよ。やっぱりだれかに集められたと考えたほうが自然かな」


 リュシエラが俺の言葉に同意する。

 のんびりとした口調にだまされそうになるが、彼女はするどい。リュシエラは、ものたちの輸送船しゆうげきじん的に引き起こされた災害──あるいは、こうげきだと考えているのだ。


 しかし百体以上のものを同時にあやつるとなると、個人の持つ固有能力のわくえている。数十人がかりのしきほうでも再現は困難だろう。

 それを実現するのは、おそらく〝さいやく〟レベルの力が必要だ。


「〝さいやく〟……」


 俺の脳内に、なにかがいつしゆんだけ引っかかるような感覚があった。

 だが、そんな俺の思考は、とつぜんのアナの声にかき消される。


「お昼ごはん、できました! デスバイソン肉のラグーパスタです」


 はいきよの街には不似合いなフリルつきのかつぽう着を身に着けたアナが、野外用の大きなずんどうなべを運んでくる。

 ずんどうなべの中身は、ラグーソース。ひきにくと野菜にすりつぶしたトマトを加えて込んだ、のうこうな肉主体のシチューである。


「デスバイソン肉……昨日ったばかりのデスバイソンをもう使ったのか?」


 アナが運んできたなべの中身をのぞいて、俺は少しおどろいた。


「そうですね。本当だったらデスバイソンのお肉は、半月から一カ月くらい熟成させたほうがいいそうです。ですが、今回は部長さんが固有能力でお肉の熟成をやってくれたので」

「肉を熟成した? 時間操作系の固有ほう? そんなものを料理に使ったのか!?」


 俺はおどろいてリュシエラを見た。

 時間操作は、俺の空間ほう以上に貴重な固有能力だ。そんな力を、ただの昼飯を作るために使用するなど、常識に照らしてあり得ない話だ。


 しかしリュシエラは、なに食わぬ表情で小さくかたをすくめ、


「まあ減るものじゃないし、利用できるものは利用しないとね」

「はい。おかげでしいラグーソースが出来ました。めんびる前に食べちゃってください。あ、スープもありますよ。デスバイソンのフォンドボーで作ったオニオングラタンスープです」


 アナはまんげにそう言って、もうひとつのなべを取りに行く。

 りを終えたマコットたちも、ちょうどもどってきたところだった。


「わっ! お昼ご飯だ! やったあ、おなか空いてたんだよ」

「アナ……聖水出して。手を洗いたい」

「任せてください」


 ミネオラのリクエストに応えて、アナがダバダバとてのひらから聖水を垂れ流す。

 それでほこりにまみれた手を洗うふたまいどう師やりよう関係者が見たらそつとうしそうな光景に、俺は激しい頭痛を覚えた。

 アナのせいで感覚がしそうになるが、聖水とは本来、同じ重量の金よりも高価な戦略物資なのである。


『ふむ……悪くないな。牛骨のダシがよく利いている』


 食事のたくが終わった直後、真っ先に料理に手をつけたのはもちろん黒犬のゼブだった。

 実体を持たないれい体のはずなのに、皿に盛られた数人分のパスタをきたなくガツガツと食べあさる。


うかしやべるかどちらかにしろ」

『ふっ、おろかな。我ほどにもなると、しやべりながらパスタをすするなど造作もないことよ』

れたことか。くちはしからこぼれているぞ」

「仲いいねえ、きみたち」


 言い争う俺と黒犬をながめて、リュシエラがクスクスと笑い出す。

 あまりにも心外な彼女の評価に、俺は無言でくちびるゆがめた。


 そのときリュシエラのむなもとの通信機が、ガガッ、とみみざわりなそうおんを放つ。

 せんとう中のほう通信に特有のかんしようノイズだ。通信機の近くで使われたこうげきほうりよくの余波が、雑音となって通信にまぎれこんだのだ。


「このコールサイン……執行部隊ハンズの専用回線か?」


 れに聞こえてくる音声の中に、俺のよく知るちようが混じっている。特殊執行部隊インビジブル・ハンズが作戦行動中に使う識別信号だ。


「周波数がかぶったのかな? ぐうぜんだね」

「暗号化されたほう通信の中身が、たまたま聞こえてくるわけないだろ!?」


 とぼけようとするリュシエラを俺はにらむ。

 この女は、とくされた特殊執行部隊インビジブル・ハンズの無線通信を、だんからラジオ代わりにとうちようしていたらしい。


 そういえば彼女は、特殊執行部隊インビジブル・ハンズが調査していたメテオライトの近くで、俺やアナと出会ったのだった。

 今となってはあれが本当にぐうぜんだったのか、もうれつに疑わしくなってくる。


 しかし俺がそのことについて、彼女をめることはできなかった。

 聞こえてきた執行部隊ハンズほう通信が、しようげき的な内容だったからだ。


『──ハンズフオーより司令部! 一三二〇、ディオーネ地区ルート六四にて、第七学区アザレアスこうばい部輸送船〝ベネラ〟がものの大群とそうぐうしゆうげきを受けています。そうぐうしたものりゆう種をふくむ大型二百体以上。現在は執行部隊ハンズ第一小隊第二班が交戦中。至急、おうえんようせいします!』

りゆう種!? 大型二百体以上だと……!?」


 ラフテオが、使っていたフォークをへし折りながら立ち上がる。

 りゆう種は、仮にレツサー種でもきよう度A級以上のものだ。特殊執行部隊インビジブル・ハンズせいえいたちでも、容易たやすたおせる相手ではない。


「ディオーネ地区……助けに行くにしても、ちょっと遠い……」

「なんで助けに行く話になっているのよ。近くにいたらげるでしょ」


 ミネオラとマコットのふたまいがそれぞれ感想を口にする。どちらの言葉も正論だ。

 しかし特殊執行部隊インビジブル・ハンズこうばい部輸送船の受難は、それで終わりではなかったらしい。