『──ハンズΔより司令部! 購買部輸送船〝ゾンド〟を護衛中の第二小隊が、魔物の襲撃を受けている! 魔物の総数は数え切れないが、巨人種四体を確認した。輸送船は放棄する。脱出した乗員の救援部隊を派遣してくれ!』
「もう一隻も!?」
「今度は巨人種……」
マコットが驚いたように目を見開いて、普段は無表情なミネオラまでもが顔をしかめていた。
「〝ゾンド〟って、たしかルート二八を通るよね。どうしようか? 狩りに行く?」
「巨人種か……あれは喰うところがねえんだよな。まあ、そうも言ってられねえか」
リュシエラとラフテオが、互いに顔を見合わせる。
輸送船の救援は、学食部の義務というわけではない。経済的な見返りがないとすれば尚更だ。
しかし第七学区の食料不足は深刻である。この上さらに輸送船二隻が失われたら、本気で人工デンプンで飢えを凌ぐことになりかねない。
『ふむ……残念だが、他人を助けに行く余裕はなさそうだぞ』
「そのようだな……」
黒犬の言葉が終わる前に、俺は亜空間収納から武器を取り出した。
唐突に物々しい狙撃銃を構えた俺を見て、マコットが顔を強張らせる。
そんな彼女の頰をかすめるように、俺は狙撃銃の弾丸を撃ち放った。
振り返ったマコットが目にしたのは、彼女を空中から狙っていた大型の魔物だ。翼長八メートルを超える魔物の頭部を、雷撃を帯びた弾丸が吹き飛ばす。
「翼竜!? どこから!?」
腰の双剣を抜きながら、マコットが周囲を見回した。
彼女が目にしたのは、上空を舞う翼竜の群れだった。その数はすでに十体を超えており、さらに続々と数を増やしている。
魔力で筋力や飛翔能力を強化した上に、風属性の攻撃魔法を操る彼らは、中生代に棲息していた古生物としての翼竜と比べても高い攻撃能力を持っている。
脅威度は単体でもB級上位。こちらの魔法が届かない高さから襲ってくるという性質が、高い脅威度の理由である。
「もしかして、わたしたちのごはんを狙ってきたんでしょうか……!?」
ラグーソースの入った寸胴鍋を抱えて、アナが唇を嚙み締める。こんな状況ですら食べ物の心配をしている彼女に、俺は呆れを通り越して少し感心した。
「飛行型の魔物が相手か。厄介だね……」
「ううん……飛行型だけじゃない……」
愛用の戦鎚を取り出しながら、ミネオラが足元の地面へと視線を向けた。
地震のように大地が波打ち、岩盤を割って巨大な影が地下から飛び出してくる。地を這う大蛇のように見えたその魔物の正体は、胴体の太さが二メートルを超える巨大な蚯蚓だった。
一般にアースワームと呼ばれるその蚯蚓は、主に砂漠地帯に棲息する脅威度A級の魔物だ。遮蔽物のないだだっ広い荒野で遭遇するには、厄介すぎる敵である。
「ああーっ、あたしのラグーパスタ!」
アースワームの巨大な口が、学食部の野営地を周囲の地面ごと吞みこんでいく。
食事を台無しにされたマコットが緋色の双剣で斬りつけるが、その攻撃はアースワームの表面を浅く傷つけただけだった。硬い岩盤すら穿孔するアースワームの肉体は、当然その岩盤を遥かに凌ぐ強度を持っているのだ。
「このタイミングで翼竜にアースワームだと? どういうことだ? 魔物の群れは食料輸送船を狙ってたんじゃなかったのか?」
翼竜の群れを迎撃しながら、俺は眉間にしわを寄せた。
複数の種族の魔物による同時襲撃。状況としては、噂の魔物暴走もどきと同じである。
しかし巨大な食料輸送船と違って、ここにいる学食部員はわずか七人だけ。魔物暴走の標的になる理由がない。ラグーパスタが狙われたというアナの仮説が、もっともらしく聞こえてくる始末である。
『〝豹頭〟だ』
例によって俺の肩にしがみついていた黒犬が、ぼそりと言った。
「なに?」
『どうやらこのケダモノどもは、〝豹頭の悪魔〟に支配されているらしい』
「なんだと?」
『万物を欺き騙す──〝豹頭の悪魔〟のもうひとつの権能だ。ここにいるケダモノどもは、やつに唆されて我らを襲ってきたようだな』
黒犬の説明を聞いた俺は、思わず苛々と溜息をつく。
「話が違うぞ、犬コロ。〝豹頭の悪魔〟は契約者を失って無力化したんじゃなかったのか?」
『やつが契約者を失ったのは間違いない。どこでどうやったのかは知らんが、新しい契約者を見つけたようだな』
「そんなに簡単に契約者が見つかるとは聞いてないぞ」
俺は責めるような目つきで黒犬を睨んだ。
『見つかったのだから仕方があるまい。しかも新しい契約者は、あの〝死体〟などよりもだいぶ優秀なようだな』
「なぜそんなことが言い切れる?」
『輸送船を襲っているケダモノどもの群れは囮だろう。第七学区とやらの戦力を分散させて、我らを都市の外に引きずり出すためのな』
「やつの狙いは……おまえか!」
第七学区の食料輸送船が襲われたのは、〝暴食の悪魔〟を学区外に誘き出すためだった。
その可能性に気づいて俺は無意識に奥歯を嚙み鳴らす。
あまりにも回りくどいやり方だった。しかし〝暴食の悪魔〟が狙いなら、効果的な作戦だ。第七学区が食料危機に陥ったときにもっとも影響を受けるのは、〝暴食の悪魔〟とその契約者だからだ。
〝豹頭の悪魔〟が学区外での戦闘を望んだのは、魔物を操る権能を最大限に活用するためか。おまけに輸送船を囮にして特殊執行部隊を遠ざけ、邪魔が入らないようにするという念の入れようだ。
『違うな。〝豹頭〟の目的はもちろん我だが、今の彼奴が、新しい契約者の意向を無視して動いているとは思えぬ。我ら〝災厄〟の力は、契約者の望みを叶えるためのものだからな』
「なにが言いたい?」
『狙われているのは我だけではなく、貴様かアナセマ──そのどちらかだということだ。そうでなければ、このような面倒な策略など使う必要はあるまい。魔物たちの群れをけしかけて、学区ごと滅ぼせば済むことだからな』
「〝豹頭の悪魔〟の新しい契約者が、俺たちのことを狙ってる? 契約者は俺たちの知り合いということか?」
俺は当惑しながら黒犬を見返した。俺を恨んでいる生徒の心当たりは数え切れないが、〝災厄〟の契約者になりそうな人間は思いつかない。ましてや第七学区に来たばかりのアナが、そこまで誰かに恨まれているとは思えない。
「あの……ハルくん。ティルティさんのことですけど……」
黙りこむ俺に、アナが怖ず怖ずと呼びかける。
彼女がティルティの名前を口にしたときに、俺は嫌な予感を覚えた。自分が彼女の存在を、あえて考えないようにしていたことを自覚する。
「ティルティさん、もしかして聖女の資格を持ってたりしませんか?」
「……聖女というのがどういうものか知らないが、あいつは全属性の魔法に適性があるからな。当然、聖属性の魔法も使える。というよりも、いちばん得意な属性のはずだ」
「そうですか……だとしたら、ティルティさんの目的はわたしなのかもしれません」
アナがわかりやすく落ちこんだ様子で、頭上の獣の耳を伏せた。
「ティルティが〝豹頭の悪魔〟の新しい契約者だとしても、あいつがきみのことを恨む理由はないと思うが……?」
「え……?」
俺の質問にアナがきょとんと目を瞬いた。