聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑧

『──ハンズΔデルタより司令部! こうばい部輸送船〝ゾンド〟を護衛中の第二小隊が、ものしゆうげきを受けている! ものの総数は数え切れないが、きよじん種四体をかくにんした。輸送船はほうする。だつしゆつした乗員のきゆうえん部隊をけんしてくれ!』

「もう一せきも!?」

「今度はきよじん種……」


 マコットがおどろいたように目を見開いて、だんは無表情なミネオラまでもが顔をしかめていた。


「〝ゾンド〟って、たしかルート二八を通るよね。どうしようか? りに行く?」

きよじん種か……あれはうところがねえんだよな。まあ、そうも言ってられねえか」


 リュシエラとラフテオが、たがいに顔を見合わせる。


 輸送船のきゆうえんは、学食部の義務というわけではない。経済的な見返りがないとすればなおさらだ。


 しかし第七学区アザレアスの食料不足は深刻である。この上さらに輸送船二せきが失われたら、本気で人工デンプンでえをしのぐことになりかねない。


『ふむ……残念だが、他人を助けに行くゆうはなさそうだぞ』

「そのようだな……」


 黒犬の言葉が終わる前に、俺はから武器を取り出した。

 とうとつに物々しいげきじゆうを構えた俺を見て、マコットが顔をこわらせる。


 そんな彼女のほおをかすめるように、俺はげきじゆうだんがんち放った。

 かえったマコットが目にしたのは、彼女を空中からねらっていた大型のものだ。よくちよう八メートルをえるものの頭部を、らいげきを帯びただんがんばす。


よくりゆう!? どこから!?」


 こしそうけんきながら、マコットが周囲を見回した。

 彼女が目にしたのは、上空をよくりゆうの群れだった。その数はすでに十体をえており、さらに続々と数を増やしている。


 りよくで筋力やしよう能力を強化した上に、風属性のこうげきほうあやつる彼らは、中生代にせいそくしていた古生物としてのよくりゆうと比べても高いこうげき能力を持っている。

 きよう度は単体でもB級上位。こちらのほうが届かない高さからおそってくるという性質が、高いきよう度の理由である。


「もしかして、わたしたちのごはんをねらってきたんでしょうか……!?」


 ラグーソースの入ったずんどうなべかかえて、アナがくちびるめる。こんなじようきようですら食べ物の心配をしている彼女に、俺はあきれをとおして少し感心した。


「飛行型のものが相手か。やつかいだね……」

「ううん……飛行型だけじゃない……」


 愛用のせんついを取り出しながら、ミネオラが足元の地面へと視線を向けた。


 しんのように大地が波打ち、がんばんを割ってきよだいかげが地下から飛び出してくる。地をだいじやのように見えたそのものの正体は、胴体の太さが二メートルをえるきよだい蚯蚓みみずだった。


 いつぱんにアースワームと呼ばれるその蚯蚓みみずは、主にばく地帯にせいそくするきよう度A級のものだ。しやへい物のないだだっ広いこうそうぐうするには、やつかいすぎる敵である。


「ああーっ、あたしのラグーパスタ!」


 アースワームのきよだいな口が、学食部の野営地を周囲の地面ごとみこんでいく。


 食事を台無しにされたマコットがいろそうけんりつけるが、そのこうげきはアースワームの表面を浅く傷つけただけだった。かたがんばんすら穿せんこうするアースワームの肉体は、当然そのがんばんはるかにしのぐ強度を持っているのだ。


「このタイミングでよくりゆうにアースワームだと? どういうことだ? ものの群れは食料輸送船をねらってたんじゃなかったのか?」


 よくりゆうの群れをげいげきしながら、俺はけんにしわを寄せた。


 複数の種族のものによる同時しゆうげきじようきようとしては、うわさ魔物暴走スタンピードもどきと同じである。

 しかしきよだいな食料輸送船とちがって、ここにいる学食部員はわずか七人だけ。魔物暴走スタンピードの標的になる理由がない。ラグーパスタがねらわれたというアナの仮説が、もっともらしく聞こえてくる始末である。


『〝ひようとう〟だ』


 例によって俺のかたにしがみついていた黒犬が、ぼそりと言った。


「なに?」

『どうやらこのケダモノどもは、〝〟に支配されているらしい』

「なんだと?」

ばんぶつあざむだます──〝〟のもうひとつの権能だ。ここにいるケダモノどもは、やつにそそのかされて我らをおそってきたようだな』


 黒犬の説明を聞いた俺は、思わずいらいらためいきをつく。


「話がちがうぞ、犬コロ。〝〟はけいやく者を失って無力化したんじゃなかったのか?」

『やつがけいやく者を失ったのはちがいない。どこでどうやったのかは知らんが、新しいけいやく者を見つけたようだな』

「そんなに簡単にけいやく者が見つかるとは聞いてないぞ」


 俺は責めるような目つきで黒犬をにらんだ。


『見つかったのだから仕方があるまい。しかも新しいけいやく者は、あの〝死体〟などよりもだいぶゆうしゆうなようだな』

「なぜそんなことが言い切れる?」

『輸送船をおそっているケダモノどもの群れはおとりだろう。第七学区アザレアスとやらの戦力を分散させて、我らをの外に引きずり出すためのな』

「やつのねらいは……おまえか!」


 第七学区アザレアスの食料輸送船がおそわれたのは、〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟を学区外におびすためだった。

 その可能性に気づいて俺は無意識におくみ鳴らす。


 あまりにも回りくどいやり方だった。しかし〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟がねらいなら、効果的な作戦だ。第七学区アザレアスが食料危機におちいったときにもっともえいきようを受けるのは、〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟とそのけいやく者だからだ。


〟が学区外でのせんとうを望んだのは、ものあやつる権能を最大限に活用するためか。おまけに輸送船をおとりにして特殊執行部隊インビジブル・ハンズを遠ざけ、じやが入らないようにするという念の入れようだ。


ちがうな。〝ひようとう〟の目的はもちろん我だが、今の彼奴あやつが、新しいけいやく者の意向を無視して動いているとは思えぬ。我ら〝さいやく〟の力は、けいやく者の望みをかなえるためのものだからな』

「なにが言いたい?」

ねらわれているのは我だけではなく、貴様かアナセマ──そのどちらかだということだ。そうでなければ、このようなめんどうな策略など使う必要はあるまい。ものたちの群れをけしかけて、学区ごとほろぼせば済むことだからな』

「〝〟の新しいけいやく者が、俺たちのことをねらってる? けいやく者は俺たちの知り合いということか?」


 俺はとうわくしながら黒犬を見返した。俺をうらんでいる生徒の心当たりは数え切れないが、〝さいやく〟のけいやく者になりそうな人間は思いつかない。ましてや第七学区アザレアスに来たばかりのアナが、そこまでだれかにうらまれているとは思えない。


「あの……ハルくん。ティルティさんのことですけど……」


 だまりこむ俺に、アナがずと呼びかける。

 彼女がティルティの名前を口にしたときに、俺はいやな予感を覚えた。自分が彼女の存在を、あえて考えないようにしていたことを自覚する。


「ティルティさん、もしかして聖女の資格を持ってたりしませんか?」

「……聖女というのがどういうものか知らないが、あいつは全属性のほうに適性があるからな。当然、聖属性のほうも使える。というよりも、いちばん得意な属性のはずだ」

「そうですか……だとしたら、ティルティさんの目的はわたしなのかもしれません」


 アナがわかりやすく落ちこんだ様子で、頭上のけものの耳をせた。


「ティルティが〝〟の新しいけいやく者だとしても、あいつがきみのことをうらむ理由はないと思うが……?」

「え……?」


 俺の質問にアナがきょとんと目をしばたいた。