俺の切り札である電磁投射砲は、個人で携行できる武器としては最大級の破壊力を持っている。
だが、その欠点も少なくない。
まずは魔力の消費量が膨大なこと。俺が時間をかけて亜空間収納内に貯めこんだ電力の、実に三分の一近くを一発で消費する。
そしてもうひとつの大きな欠点は、砲身の冷却問題だ。
電気抵抗によるエネルギーロスと発熱による砲身のダメージを防ぐため、俺の電磁投射砲は水属性魔法によって、絶対零度近くまで砲身を冷却しておかないと使えない。
その砲身冷却に必要な時間は約二十四時間。つまり俺の電磁投射砲は、一日に一発しか撃てないということだ。
ティルティは、もちろんその弱点を知っている。
だから彼女は、魔物の中でも特に防御力の高い一つ目巨人を呼び寄せた。こいつを相手に電磁投射砲を撃たせることで、俺の切り札を奪うつもりなのだ。
「ちっ……」
それがわかっていても、俺は電磁投射砲を使うしかなかった。
超重量武器を操る一つ目巨人は、防御力だけでなく攻撃力も高いのだ。
性格も攻撃的で動きも素早い。そんなやつに狙われたら、攻撃魔法を持たないアナなどひとたまりもないだろう。
「喰らえ……!」
俺は一つ目巨人の胸部に向けて、電磁投射砲を撃ち放つ。
亜空間収納から解き放たれた三十メガジュールを超える膨大な電力が銃の加速部に流れこみ、金属製の弾体を一瞬で極超音速まで加速する。
その砲撃は高い防御力を持つ一つ目巨人の胴体をあっさりと貫通し、その上半身を跡形もなく消し飛ばした。
発射の際の反動と超音速の弾体が生み出す衝撃波を、俺は三重の魔法障壁を展開することでどうにか耐え忍ぶ。
そう。これが電磁投射砲の第三の欠点。射撃直後にほんの一瞬だが、身動きの出来ない硬直状態が発生してしまうのだ。
そしてティルティは、狙い澄ましたようにその一瞬の隙を突いて、俺を背後から襲ってくる。
「くっ……!」
彼女の接近に気づいた俺は、あらかじめ待機していた魔法を発動させた。電磁投射砲の欠点を知るティルティが、砲撃直後の硬直時間を狙ってくるのは確実だったからだ。
亜空間収納から吐き出された自動銃座が、雷魔法を帯びた弾丸をフルオートで発射する。
しかし完全に不意打ちで放たれたその弾丸を、ティルティは鮮やかに回避した。風属性魔法の障壁を使って、弾丸の軌道を逸らしたのだ。
横風によって弾道を逸らされてしまえば、雷魔法は命中しない。実体を持つ弾丸を触媒に使う雷魔法の欠点だ。
「さすがね、ハル! まさか私の奇襲が読まれていたなんて……!」
「俺の雷撃を避けながら、よく言う!」
硬直状態を抜けた俺は、電磁投射砲を亜空間収納に放りこみ、代わりに短機関銃を取り出した。
短機関銃に装塡しているのは非致死性のソフトポリマー弾だが、金属粉末を練りこんであるため、雷魔法の触媒としての機能を持っている。負傷させずにティルティを無力化するには最適な武装だ。
この場には馬鹿げた威力の回復魔法が使えるアナがいる。多少の怪我を負わせたところで、即死でさえなければ問題はない。
それでも俺が非致死性の弾丸を選んだのは、ティルティ相手に迷いなく攻撃を叩きこむためだ。〝災厄〟の力を手に入れた彼女の魔法戦闘能力は、今や確実に俺を上回っている。手加減や遠慮を考えながら戦える相手ではない。
「もうやめろ、ティルティ! こんなことをしても意味はない! 俺がアナを保護している理由、今のおまえにはわかっているはずだ!」
俺はティルティの脚を狙って、短機関銃を撃ちまくる。
しかしその攻撃は、彼女が引き連れていた剣歯虎によって防がれた。非致死性の弾丸では、たとえ雷撃を纏わせていたとしても強靱な生命力を持つ魔物を斃せない。その弱点を突かれた恰好だ。
「わかってるわ、ハル! あなたはあの魔女に騙されているのよ!」
ティルティが、土水火風の四属性の攻撃魔法を発動した。
時間差で発動しながら、それぞれの魔法の飛翔速度の差を利用して、同時に着弾するという緻密な攻撃。二属性しか使えない俺には、その攻撃を相殺するのは難しい。
虹の戦乙女の名に相応しい高度な魔法技術。だが、それさえも彼女の本命の攻撃を成功させるための前振りに過ぎなかった。
四属性の魔法に動きを搦め捕られた俺に、ティルティは〝災厄〟の爆炎を放つ。
その炎は、無防備に立ち尽くす俺を容赦なく吞みこんだ。
「噓!? ハル……!」
灼熱の炎に炙られて、俺の肉体は完全に蒸発する。
そのあまりの呆気なさに、ティルティは衝撃を受けたように動きを止めた。
おそらくティルティは俺を負傷させて無力化し、必要に応じて回復魔法を使うつもりだったのだろう。しかし〝災厄〟の炎はそんな俺を瞬時に焼き尽くしたのだ。
「……鏡!?」
ティルティが、ハッと顔を上げて身構えた。水属性魔法によって創り出した、鏡による幻影。初歩的な魔法だが、対人戦闘においては効果的な技だ。
爆炎に焼かれたのは、鏡に映った俺の幻影だった。それを即座に看破したのは流石だといえる。だが、ティルティの反応速度よりも、俺の行動のほうが一瞬だけ速かった。
「騙されてるのはおまえのほうだ、ティルティ」
ティルティの懐に飛びこんだ俺が、彼女の手から宝杖を蹴り飛ばす。
俺はそのまま動きを止めずに、彼女を地面へと押し倒した。
「ハル……!」
「捕まえたぞ、ティルティ。魔物たちを支配から解放しろ」
「いいわ……それがあなたの望みなら」
意外なことに、俺に押さえつけられたティルティは抵抗しようとしなかった。
ただ熱を持ったような潤んだ瞳で、俺をじっと見上げてくる。そして彼女は俺の手を摑むと、そのままそれを自分の裸の乳房に押し当てた。
「その代わりに私のお願いを聞いてくれる?」
「願い? なんだ?」
「私とエッチして」
「……は?」
まったく予想できなかった彼女の要求に、俺はしばらく絶句する。
そんな俺の反応を見て不満げに頰を膨らまし、ティルティはジャケットを大きくはだけた。
均整の取れたすらりとした肢体が露わになるが、それを鑑賞している余裕は俺にはない。
ティルティが〝災厄〟に操られていたり、洗脳されている可能性を警戒して、必死にその打開策を考えようとする。なぜなら今のティルティの言動は、本来の彼女からは遠くかけ離れているからだ。
俺の知るティルティはどちらかと言えば潔癖で、自分から色恋沙汰の話をすることは滅多になかった。下ネタなどは過剰に嫌っていたし、俺にしつこくつきまとう女子生徒に対しては、決闘すら辞さないタイプだった。
だが俺の目の前にいるティルティは、まるでタガが外れたように自分の欲望を剝き出しにしている。失踪する前の彼女とは完全に別人のようだ。