聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑪

 にもかかわらず、彼女はやはりティルティ本人としか思えなかった。


 態度やふんことづかいのはしばしだんのティルティのおもかげがあるし、なによりも彼女がじよめいた発言をしたところで、だれかの利益になるとは思えなかったからだ。


「ねえ、聞いてるの、ハル! 私はあなたにせいこうをして欲しいって言ってるの! あのじよより先に私をいて! あの子より、私のほうを愛してるって証明してみせてよ!」

「待て、ティルティ……」


 彼女と至近きよにらったまま、俺はのうの表情をかべた。

 はんの彼女とせつしよくしたままという状態も問題だが、彼女と再びせんとうになる可能性を思えば、ここでせた彼女を解放するわけにもいかないのだ。


「おまえはなにかかんちがいしてる。いつ俺がアナを愛してると言った?」

「あの子のことが好きじゃないなら、私をけるはずでしょ!」


 俺の言葉にかぶせるようにして、ティルティがさけんだ。


「エッチしてよ……私、ずっとあなたのことが好きだったの。あなたが好きで、あなたのことを考えて毎晩自分をなぐさめてたの……」

「ティルティ……」

「知ってるでしょ。〝学園〟を卒業するまでに結ばれた男女は、天環オービタルかんしてからも、ずっといつしよにいられるの! だからちょうだい……ハルの赤ちゃん。私とハルの愛のあかししいの!」

「…………」


 しようげき的な彼女の告白に、俺は今度こそ完全に言葉を失った。


 在学中に結ばれたこいびとたちがゆうぐうされるといううわさは知っていた。

 事実としててんじん種族は、学生けつこんしようれいしているという。人口減になやてんじん種族にとって、資源の限られた天環オービタルで子供を産み育てるよりも、生徒たちが地上にいる間に勝手に子供を作ってくれたほうがなにかと都合がいいからだ。


 とはいえ、まさかティルティの口から、そんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった。

 それに対してどう返事をするべきか、答えを出せずに俺はちんもくする。


 代わりに口を開いたのは、俺の背中にしがみついていた黒犬のゼブだった。


『くくっ……相変わらずあくしゆなことだな、〝〟』


 黒犬がにらみつけていたのは、地面に転がっていた白いねこだ。俺がティルティを押し倒した際に、んだほうじようが姿を変えたものである。


『──〝暴食〟か』


 しろねこが、赤いひとみで俺たちをにらむ。いかりのもったその視線を、黒犬は平然と受け流した。


『〝ひようとう〟よ。貴様、そのむすめからけいやくの対価を受け取ったな? 貴様がうばったのは、め、そのむすめの〝しゆうしん〟といったところか』

しゆうしんだと……?」


 俺はかえって黒犬を見た。うむ、と黒犬は重々しくうなずいて、


『おそらくだんのそのむすめ、人並み以上に照れ屋でなおになれない性格の持ち主なのだろう? すなわちおのれの欲望をかくして平静をよそおう、強固なしゆうしんを持っているということだ』

『……そうだ。ゆえに我がはいは、そのしゆうしんもつとして求めた。それが我がけいやく者の欲望を満たすために必要だと判断したからだ。感謝こそされても、非難されるいわれはない』


 しろねこが悪びれることもなく平然と言い放つ。

 それを聞いた俺は、反射的にじゆうこうしろねこに向けた。


「ふざけるな……ティルティがそんなことを、本気で望んだとでも思っているのか!?」

『それは本人に確かめてみたらどうかね、〝暴食〟の使いよ』


 俺が放ったじゆうだんは、しろねこの肉体をていこうもなくすりけた。聖属性のほうを使えない俺では、れいたいであるしろねこにダメージをあたえられないのだ。


「ハル……〝〟の言うとおりよ」


 地面に横たわったままのティルティが、ちようするように首をる。


ずかしいからという理由で自分の本心をかくし続けて、そのせいであなたをほかの女にられるのはいや! あなたが手に入るなら私のしゆうしんなんていくらでもくれてやるわ!」

「よせ、ティルティ!」


 ティルティがほうを発動しようとする気配を察して、俺はティルティにでんげきを放った。相手に直接れている状態であれば、だんがんなどなくてもかみなりほうを使えるのだ。


 ティルティの身体からだがビクンと大きくねて、そのまま彼女は意識を失う。


さいやく〟のけいやく者になったからといって、彼女自身の肉体が強化されるわけではないのは幸いだった。おかげでティルティを無傷のまま無力化できたからだ。


『ほう。らいげきですか……知識としては知っていましたが、めずらしいほうを使うのですね、〝暴食〟の使い


 しろねこが、感心したような声を出す。

 どこかほこったようなその態度に、俺はきようれつかんを覚えた。俺がティルティを気絶させたことを、まるで喜んでいるように思えたからだ。


『ですが、あなたはミスをおかしました。めい的なあやまちを──!』

「なに!?」


 しろねこの小さな肉体が、とつぜんぼうちようして勢いよくはじけた。

 その肉体のざんひかりかがやりゆうとなって、ティルティの身体からだに吸いこまれていく。


 そして次のしゆんかん、ティルティの胸の中心部に、まがまがしいやみ色のほうじんかんだ。


 気絶したはずのティルティがまぶたを開く。

 その下に現れたひとみの色は燃えるようなしん──〝〟のひとみの色だ。


わつぱ!』


 黒犬が、せつまったような声で俺を呼ぶ。

 その直後〝さいやく〟のばくえんが、ティルティを押さえつけていた俺に向かって放たれたのだった。


7


「ちっ……!」


 ばくはつしようげきばされた俺は、舌打ちしながら着地して、げたタクティカルジャケットをてた。


さいやく〟のほのおちよくげきを防いだのは、かみなりほうによって生み出した磁場しようへきだった。プラズマ化したちよう高温のほのおほんりゆうを、電磁力によって無理やりらしたのだ。


 かくゆうごうにも使用され、理論上は一億度をえるちよう高温にもえる磁場しようへきだが、りよくの消費量が大きすぎてほんのいつしゆんしか展開できない。

 そう何度も使える手段ではないし、次も成功するという確証もない。


 それに対して〝〟のりよくは、ほぼじんぞうと考えていいだろう。なにしろ相手は、旧世界の文明をほろぼした〝さいやく〟のあくの一員なのだ。


『ふむ、まずいな。〝ひようとう〟め……けいやく者の肉体の支配権をうばったか……』

「なんだと……?」


 予想されたじようきようではあったが、あらためて言葉にされると深刻さを実感する。


「そんなことが出来るなんて聞いてないぞ」

「今の我には出来ぬ。だが、〝ひようとう〟めは、我とちがってけいやく者の体内にふういんされているわけではないからな。それに貴様はやつがけいやく者の肉体を勝手にあやつるところを見ていたはずだ」

第七学区アザレアスそうぐうした〝死体〟のことか。あれはアンデッドだったからあやつれるってことじゃなかったのか……」


 俺と黒犬の言い争いのなかでも、ティルティの肉体をうばった〝〟のこうげきは続いていた。相変わらずのばくえんによる無差別こうげきだが、そのこうげきの規模や速度が、明らかに以前よりも増している。


ほのおりよくが上がってるのはどういうことだ?」

『肉体の限界を無視して、ほうの出力を上げているようだな。〝ひようとう〟めは、けいやく者の苦痛に気をつかう必要がないからな』


 黒犬の言葉に、俺は目つきを険しくした。


〟はティルティの肉体へのをまったく気にかけていない。

 そして限界をえた力を使えば、そのだいしようはティルティの肉体へとかえる。このまませんとうが長引けば、最悪、ティルティはめつしかねない。


「どうすればやつを止められる?」