聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑫

けいやく者を殺すのが確実だな。そうなれば〝ひようとう〟めはけいやくせざるを得ない』

「そんなこと出来るわけないだろうが!」


 だこいつは、と俺はあらためて黒犬に失望を覚えた。

 しょせんこいつも〝〟と同じ、暴走したどう兵器に過ぎないということだ。


 しかし黒犬は意外にも、不服そうに低いうなり声を上げる。


『我も、そのやり方をすいしようしているわけではないぞ。けいやく者が死ねば、〝ひようとう〟は今の肉体を捨ててとうそうするだけだからな』

「なるほど……つまり、ほかになにか方法があるということか?」

『貴様も本当はわかっているのではないか? ばんぜんけいやく者を持つ〝さいやく〟を、人間の力で止めることなど不可能だとな』

「〝さいやく〟を止めるには、〝さいやく〟の力を使うしかないということか──」


 俺は静かに声をしぼす。

 けいやく者を手に入れて完全に力を引き出せるようになった〝〟を止めるには、同等以上の力でくつぷくさせるしかない。そして〝さいやく〟をえる力を持つのは〝さいやく〟だけだ。


『それがわかっているからこそ、〝ひようとう〟めは使いである貴様とアナセマを分断したのだ。ふういんされている我は彼奴あやつちがって、使いの貴様を通じてしか力を使えないからな』


 俺は無言でしゆこうした。

 ふういんされている〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟の力を引き出すには、俺がアナの心臓にれなければならない。逆に〝〟にしてみれば、俺こそが最優先のはいじよ目標だと思っているはずだ。


 まずはアナの使いである俺を殺す。そうすればあとに残るのは、せんとう力を持たない少女の体内にふういんされた、無力な〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟だけである。るなり焼くなり〝〟の好きにすればいい。


 逆にアナを殺してしまうのは、悪手だ。ふういんから解放された〝暴食〟が、とうそうして力をもどす可能性があるからだ。〝〟がねらっていたのは俺だった。ヤツにはアナを殺せない理由があったのだ。


『使いである貴様が死ねば、我は彼奴あやつあらがう手段を失う。たとえ〝さいやく〟としての我が、彼奴あやつよりはるかに格上であったとしてもな』

「わかっている!」


 俺は、〝ひようとう〟にあやつられているティルティに向かって、帯電しただんがんをばらいた。しかし、そのだんがんはティルティの風属性ほうに防がれる。


 ティルティの身体からだを乗っ取った〝〟はばくえんだけでなく、彼女の本来のほうも使えるらしい。ほうせいぎよ能力はティルティ本人に遠くおよばないが、そこは有り余るりよくでカバーしている。結果的に今のティルティを無力化するのは、俺の力でも困難だ。


 しかも〝〟の能力は、それだけではなかった。


「──きよじん種!? まだいたのか!」


 ほのおかべが割れて現れたのは、五メートル近い身長を持つ人型のものだった。トロールだ。

 A級の一つ目巨人サイクロプスよりは格下だが、それでもきよう度はB級上位。石化したよろい状の外皮を持ち、そのりよりよくはフレイムボアすらいちげきこんとうさせる。


 そしてなによりもやつかいなのは、トロールのきよう的な生命力だ。

 桁外れのタフネスと回復力を持つトロールには、俺のかみなりほうがほとんど効かない。トロールは、一千万ボルトをえるでんげきにすらえるのだ。

 そのトロールを支配下においていた〝〟が、俺の相手をさせるためにほのおかべの中に呼び寄せたらしい。


 見た目からはどんじゆうに思えるトロールだが、人間の三倍近いきよたいと筋力により、実際にはすさまじいスピードをほこっている。大上段からり下ろされたきよだいこんぼういちげきを、俺は風属性ほうで速度を上げてかろうじてかいする。


 しかしその動きは〝〟に読まれていた。

 トロールのこうげきに気を取られていた俺の背後から、〝〟が大規模なばくえんち放つ。


「くっ……!」


 死角からのこうげきのせいで、磁場しようへきが間に合わない。

 ばくえんこうげきはんが広すぎてけることもできない。絶望的なじようきように、俺は死をかくした。


 そんな俺の目の前に出現したのは、金色にひかりかがやく聖属性ほうしようへきだった。


「──聖障壁プロテクシヨン!」

「なに!?」


 きようあくりよくほこる〝〟のばくえんが、とてつもない強度のしようへきによって完全にしやだんされる。そんなふざけたりよくの聖属性ほうを使える生徒は、俺が知る限り、一人しかいない。


「アナ!?」

「はい! おまちどおさまでした!」


 けものの耳を持つぎんぱつの少女が、ほのおかべを破って現れる。〝さいやく〟のこうげきに対して無敵に近いぼうぎよ力を持つというアナは、当然、〝〟のほのおかべをもかんぺきに防ぎきれるのだ。


 そして俺のすぐ背後で、ごとん、という重々しい音がひびいた。

 かえった俺が目にしたのは、地面にたおれてけいれんしている首のないトロールのきよたいだった。


「やあ、苦戦してるみたいだね、ハル・タカトー」

「部長……!?」


 ももいろがみの女子生徒がトロールの死体の上に立って、のんびりと俺に手をっている。俺が目をはなしたいつしゆんの間に、リュシエラはトロールをたおしたのだ。


 どんなからりがあるのか知らないが、想像を上回る彼女のせんとう能力に俺は内心で舌を巻く。


「学食部の部員たちは?」

「見てのとおり、心配は無用だよ」


 そう言ってリュシエラは自分の背後を、ちょいちょいと指さした。

 アナが破ったほのおかべの向こう側には、数え切れないほどのものたちの死体が転がっている。


 まるでりゆう種の大群が通り過ぎたあとのような光景だが、その場に生きて立っていたのは、ラフテオたち学食部の部員たちだけだった。

 俺が〝〟と戦っている間に、彼らは魔物暴走スタンピードもどきをかいめつさせてしまったのだ。


「これで食材にはしばらく困らないね」

一つ目巨人サイクロプス、アースワーム、よくりゆう……しよう食材がたくさん……」

「急いでものを集めて血きするぞ! いきれないぶんはくんせいにするからな!」

「はい、料理長!」


 ふたまいやラフテオたちが、としてたおしたものたちの後始末を始める。

 とてつもないせんとう能力とバイタリティだ。彼らにとっては魔物暴走スタンピードもどきなど、食材が自分たちのほうから集まってくるボーナスステージくらいにしか思えないのだろう。


「馬鹿な……きよう度A級をふくむ高ランクのものを、二百体以上集めたのですよ……!? こんなはずは……」


 ティルティの身体からだを乗っ取った〝〟が、きようがくに声をふるわせる。


 おどろいていたのは、俺も同じだ。ラフテオたちの強さはりのときにもうっすら感じていたが、ここまでデタラメに強いとは思っていなかった。


 俺の知識になかった学食部の真実。当然、ティルティも知らなかったはずだ。

 そしてティルティが知らない情報は、彼女とけいやくしたあくも知り得ないのだ。〝〟がほこるふたつの権能のひとつ──ものを支配する能力は、思いも寄らない形で無力化されたことになる。


「見たところ、ティルティちゃんはだれかにあやつられてるみたいだね。ハル・タカトーが苦戦してるのはそれが理由かな?」

「そうだ」


 俺はリュシエラの疑問を短くこうていする。ふむ、とリュシエラは、〝さいやく〟に乗っ取られたティルティに視線を向けて、


たいこう策の心当たりは?」

「なくはない」

「なるほど。かんかせぎが必要かい?」

たのめるのか?」


 彼女の意外な申し出に、俺はおどろきながらき返した。