聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑬

 ももいろがみの少女はニヤリと笑って、こしにつけていた二本のたんけんいた。

 とおったやいばを持ち、機械式時計を思わせる無数の歯車をつかさやめこんだほうの発動体だ。


「三分でよければ」

じゆうぶんだ」


 俺はリュシエラの言葉にうなずき、アナのほうへとした。

 それに気づいた〝〟が、わかりやすい殺気をぶつけてくる。


「どこに行くつもりです、使い!」


 ティルティの身体からだを借りた〝さいやく〟が、俺の背中にこうげきほうを放とうとした。

 だがそのほうが発動する前に、リュシエラがティルティの身体からだり飛ばす。


「きみの相手は、私だよ」

「この私を相手に、ただの人間がなにを──」


 ばされて地面に転がった〝〟が、目を血走らせてリュシエラをにらんだ。〝〟が彼女に気を取られている間に、俺はアナとの合流に成功する。


「ハルくん!」

「無事だったようだな、アナ」

「はい。部長さんが助けてくれたので。ハルくんも無事でよかったです」


 けもの耳をらしながらってきたアナを、俺はあんの息をきつつ見下ろした。


「ティルティを〝〟から無傷で解放したい。できるか?」

「無傷で解放……無傷で解放……」


 リュシエラと戦っているティルティを見つめて、アナは少し考えこむような仕草をした。


「そうですね。ゼブくんが協力してくれるなら、たぶんだいじようだと思います」

「こいつが?」


 アナの返事に、俺はまどう。〝さいやく〟のあくの一員であるこの黒犬が、ティルティを救うために手を貸してくれるとは思えなかったからだ。

 しかしアナは俺のかたにしがみついている黒犬に、いつになくしんけんな口調で告げる。


「はい。ゼブくんが食べ過ぎにだけ気をつけてくれれば」

『くく……なるほど、そういうことか。おもしろい』


 命令とも言えないようなアナの命令を聞いて、黒犬は心底かいそうに笑い出した。アナが考えた策略は、なぜか黒犬のツボにはまったらしい。


『いいだろう。たまには、こういう料理のしゆこうも悪くない。わつぱ、今回だけは特別に我が力を貸してやろう。もちろん相応の代価はいただくが、感謝するのだな』

「そういう台詞せりふは役に立ってから言え、犬コロ」


 俺はげんな声でてる。

 実に腹立たしい話だが、〝〟にたいこうするために、この黒犬の力が必要なのも事実なのだ。


 そしてふういんされた〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟の力を引き出すためには、例のふざけたしきが待っている。だが、今さらそれを躊躇ためらっているひまはない。


「力を貸してもらうぞ、アナ」


 俺は、じよと呼ばれたてんじんの少女を見つめて言う。


「はい!」


 アナは俺を見てほほむと、制服のケープを乱暴にぎ去った。

 続いて制服のむなもとのボタンを外し、胸の谷間をあらわにする。

 そしてほおを赤らめながら俺を見上げて、俺の右手を自分のむなもとへと押しつけた。


「はい。がれ──」


 次のしゆんかん、俺の意識はすさまじいえとこうげき性に支配された。

 それと同時に、かい的なりよくを秘めた黒いが、俺の手の中に出現したのだった。


8


 ティルティの肉体をうばった〝〟と、リュシエラのせんとうは続いていた。

 といっても、まともな戦いにはなっていない。


 そもそもリュシエラは本気で〝〟と戦おうとはしていなかった。

 ただのらりくらりと相手のこうげきをかわして、一方的にちようはつしているだけだ。


「時間をあやつる権能ですか──」


 リュシエラの固有能力に気づいた〝〟が、軽く息をはずませながら立ち止まる。


 時間操作系の固有能力はどれも強力だが、リュシエラが使っていたのは、シンプルな〝アクセル〟と〝デイセル〟だけだった。自分の移動速度を加速し、相手のこうげきを減速する。それによって彼女は、〟をほんろうしていたのだ。


「人間には過ぎた力ですが、タネが割れてしまえばどうということはありませんね」


 リュシエラをごうぜんにらみつけた〝〟が、自分の頭上に無数の火球を生成する。

 加速能力を持つリュシエラを追うのをやめて、無差別のはんこうげきえたのだ。


ほうこうげきかあ。それができるなら、そうするだろうねえ」


 上空をくす火球の群れを見上げて、リュシエラはしよう気味に息をいた。


 ちよう加速によるしゆうこうげきで、ティルティを殺すだけなら簡単だった。

 しかし彼女をこうげきできないとなると、リュシエラには打てる手が限られる。

 固有能力の中身がバレないようにだまだまし力を使っていたのだが、ついにしきれなくなって〝〟に気づかれた。


 そこまでの所要時間は約三分──

 リュシエラが俺と約束した、かんかせぎのタイムリミットだ。


「やっぱり私じゃラチがあかないな。というわけで……あとはたのむよ、ハル・タカトー」

「──りようかいだ」


 リュシエラの眼前に飛び出した俺が、かたかついでいたきよだいな黒刀をいつせんする。その刀身は周囲の空間ごと、彼女をめがけて降りそそぐ無数の火球をらいくした。


 黒刀を通じて俺の体内に、得られたりよくが流れこんでくる。

 そのいつしゆんだけ、俺をさいなみ続ける絶え間ない感から解放される。

 脳をけるようなすさまじい快楽。暴食のえつだ。


「〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟……!」


 俺が構える黒刀を見て、ティルティの顔をした〝〟が目をみはった。

 しかしそこにかびがった表情は、きようでも絶望でもなかった。ちようしようだ。


「ふ……ふふっ、ふはははははは!」


 純白のほうじようを構えた〝〟が、ティルティの声でばくしようする。


「刀……そんなちっぽけな刀が、今のあなたの権能のすべてなのですか! あのだいだった〝さいやく〟の王が見るかげもない! ふういんされたとは聞いていましたが、あわれなものですね、〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟!」


 ぜんにジャケットだけをまとった女子生徒の周囲で、のうみつほのおが球体となってうずを巻く。


 直視できないほどのまばゆかがやきは、そのほのおが信じられないレベルのちよう高温であることを示していた。周囲の大気がかげろうとなってゆがみ、たたきつけてくる放射熱ではだが焼ける。


 りよくぼうぎよしていなければ俺の血液は、とっくにふつとうしていたはずだ。人間のほうでは決してできない、まさに〝さいやく〟の名にふさわしいすさまじいりよくだった。


 これまでは〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟をけいかいして、その力をかくしていたのだろう。

 しかしふういんから解放された〝暴食〟が一りの刀に過ぎないことを知り、手の内を見せても問題ないと判断した。つまり〝〟が本気で決着をつけに来たということだ。


「これならばものをけしかけるような小細工をするまでもありませんでした! 正面からくしてあげましょう、〝暴食〟──!」

くす?』


 ほこったように笑う〝〟に、意思を持つ黒刀が反応した。刀身に刻まれたくちはしがり、あざけるようにしつしようする。


『たかだか序列第六十四位の羽虫ごときが、七罪源カーデイナルシンズである我をくすだと? 笑わせるな!』

「な……めるなああああああっ!」


 ティルティの肉体の周囲にかぶえんきゆうが、青白くかがやせんこうを放った。

 確実にせつ数万度をえるしやくねつやりだ。


「たしかに貴方あなたの序列は私よりも格上でしょうが、今の貴方あなたふういんされた無力な存在に過ぎません! そしてこのむすめほう能力は、貴方あなたの使いをも上回っている! そのような状態で私にいどんだ、おのれおろかさをのろって我がかてとなりなさい!」

「ふん……」


 多方向から次々にち出されるせんこうやりを、俺はおどるようにステップしながらかわしていく。たしかにせんこうやりこうげきは速いが、それだけだ。磁場しようへきや黒刀で防ぐまでもない。