「馬鹿な!? なぜ躱せる!? こちらの攻撃は、ほぼ光の速さに等しいのですよ!?」
「それだけ派手に魔法発動の兆候を晒しておいて、なぜ躱せないと思った?」
俺は右手に刀を握ったまま、左手に拳銃を召喚する。
そして棒立ちになったティルティの太腿を目がけて、九ミリ弾を撃ちこんだ。
「ぬおっ!?」
俺の放った弾丸はティルティの障壁に阻まれるが、銃弾に導かれた雷撃は障壁を貫通して彼女を襲った。感電の衝撃で筋肉が引き攣り、ティルティは見事に素っ転ぶ。
「たしかに魔法の潜在能力でいえばティルティは俺よりも遥かに上だが、おまえは駄目だな。話にもならない。魔法の使い方がなってない」
「だ、黙れぇ!」
いつまでも命中しない閃光の槍に業を煮やして、〝豹頭の悪魔〟は属性魔法の弾丸を撃ち出した。地属性の礫弾や水属性の氷弾による弾幕攻撃だ。
しかしその攻撃軌道は直線的で、魔法の前兆も見え見えだった。発動のタイミングがわかっていれば、その攻撃を避けるのは造作もないことだ。
「いくら手札が多彩でも、状況に応じて効果的に使えなければ意味がない。今からでもティルティに肉体の主導権を返したらどうだ?」
「使い魔の人間風情が、私を見下すなど許さん……許さんぞ!」
「見下される程度の力しかないおまえが悪い」
強化した筋力で地面を蹴って、俺は〝豹頭の悪魔〟までの距離を一気に詰めた。
そして黒刀を横薙ぎに振るう。
〝豹頭の悪魔〟は、それを宝杖で受けとめた。
その瞬間、黒刀の刀身がぞわりと蠢いて、宝杖の一部をごっそりと嚙みちぎる。
「ぐあああああああああっ!」
ティルティの声で〝豹頭の悪魔〟が絶叫した。
ガリガリと宝杖の欠片を嚙み砕きながら、黒刀が満足げな声を出す。
『くくく……美味いな。なかなか喰い出のある魔力だ。〝災厄〟としては下っ端でも、契約者に恵まれたな。褒めてやろう、〝豹頭〟』
「〝暴食〟っ……!」
〝豹頭の悪魔〟が放った苦し紛れの爆炎を躱しつつ、俺は再び拳銃弾を撃ちこんだ。至近距離からの雷撃を喰らって、〝豹頭の悪魔〟がたまらず悲鳴を上げる。
「〝暴食〟の契約者よ! わかっているのですか!? 私が傷つくということは、私の憑代であるこの娘が傷つくということなのですよ!?」
「だから、どうした?」
「なっ!?」
にべもない俺の返答に、〝豹頭の悪魔〟が絶句する。
俺はそんな〝豹頭の悪魔〟の身体を、魔法障壁ごと乱暴に蹴り飛ばした。
「つまりティルティの肉体が傷つけば、契約者であるおまえも傷つくということか。それは、いいことを聞いたな」
体温の籠もらない俺の言葉に、〝豹頭の悪魔〟が顔を歪めた。
「馬鹿な……この娘は貴方に懸想しているのですよ!?」
「その情報と、俺たちがおまえを喰うことになんの関係があるんだ?」
「貴方は……!」
獰猛に笑う俺を見て、〝豹頭の悪魔〟の深紅の瞳に怯えが浮かんだ。
俺は、ティルティに対してなんの価値も認めていない。彼女の安全になど興味がない──〝豹頭の悪魔〟にそう思わせることが、今の俺には重要だった。
ティルティが知らない情報は、〝豹頭の悪魔〟も知り得ない。
そしてティルティは、俺がアナに惚れていると勘違いしている。つまり俺がアナを守るためにティルティを切り捨ててもおかしくないと、彼女はきっとそう考える。
今はその誤解を利用する。
ティルティに人質としての価値はない──そう思わせなければ、追い詰められた〝豹頭の悪魔〟は、ティルティの肉体を自分の盾として使うだろう。
ティルティの安全を守るために、俺は容赦なく彼女を攻撃しなければならないのだ。
幸いなことに、こちらにはアナがいる。
アナの【完全回復】があれば、手脚の一本や二本吹き飛ばしたところで問題はない。もちろんティルティは怒るだろうが、それは彼女の安全を確保してから考えればいいことだ。
問題は、だからといって実際にティルティを見捨てるわけにはいかないということだが──
「おい、犬コロ。本当にティルティを助けられるんだろうな?」
『あの小娘の潜在能力を考えれば、おそらくな』
突き放すような黒刀の言葉に、無責任なやつだ、と俺は唇を歪めた。
それでも今は、この〝暴食〟の悪魔と、魔女を信用するしかない。
『いずれにしてもまだ無理だ。〝豹頭〟の支配力が強すぎる』
「あいつをもっと弱らせなければならないということか?」
『然り』
黒刀が俺の疑問を肯定する。
「どこまでやればいい?」
『あの小娘が持っている杖は、〝豹頭〟本体が顕現している姿だ』
「つまりあの杖をへし折ればいいんだな」
俺の口元に笑みが浮かんだ。
この黒刀が、〝暴食の悪魔〟の現身であるように、ティルティの宝杖もまた〝豹頭の悪魔〟の本体と繫がっているらしい。わかりやすくてありがたいことだ。
『できるか、小童?』
「誰にものを言っている、犬コロ」
俺はありったけの魔力をつぎこんで、圧縮された水の槍を生成する。
〝豹頭の悪魔〟が不快げに顔をしかめた。その槍が聖水で作られていることを警戒したのかもしれない。だが、すぐにその表情は冷笑に変わる。俺が聖属性魔法を使えないことを、ティルティの記憶から読み取ったのだ。
俺は合計十二本の水の槍を射出する。生成した水の総量は、一トンを超えているはずだ。
だが、もちろんそんな攻撃で、〝災厄〟の防御を突破できるはずもない。
「ただの水属性魔法ですか。こんなもので私が斃せるとでも──」
爆炎で水槍を迎撃しようとした〝豹頭の悪魔〟は、その直前にハッとなにかに気づいて、風属性の障壁に切り替えた。
「いえ……狙いは水蒸気爆発ですか! 残念でしたね。狙いは悪くありませんでしたが、あなたのやり口はすでに一度見ています!」
「ああ、そうだな……!」
俺の放った水槍が、〝豹頭の悪魔〟の障壁に阻まれて砕け散る。
どのみち水蒸気爆発程度で、〝災厄〟に操られたティルティを倒せるとは思っていない。そもそも今の水槍は、攻撃するために放ったものではない。
砕け散った槍の水分を利用して、俺は霧を生成する。気化した水を冷却して作り出した純白の濃霧が、〝豹頭の悪魔〟の視界を遮った。
「こんなもので、なにを……?」
風属性魔法が生み出す竜巻で、〝豹頭の悪魔〟は霧を吹き飛ばす。
それにかかった時間はわずか数秒だ。しかし俺が攻撃の準備を整えるには充分な時間だった。
この攻撃の準備を終えるためには、その数秒間がどうしても必要だったのだ。
亜空間収納からそれを取り出して、膨大な電力を流しこむための時間が──
「装塡完了、だ」
自らの身長を超える巨大な銃器を抱えた俺を見て、〝豹頭の悪魔〟が目を剝いた。
青白く輝く稲妻を纏った、二股に分かれた長大な砲身。俺はその砲口を、ティルティが握る宝杖へと向けている。