聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑭

「馬鹿な!? なぜかわせる!? こちらのこうげきは、ほぼ光の速さに等しいのですよ!?」

「それだけ派手にほう発動の兆候をさらしておいて、なぜかわせないと思った?」


 俺は右手に刀をにぎったまま、左手にけんじゆうしようかんする。

 そして棒立ちになったティルティのふとももを目がけて、九ミリだんちこんだ。


「ぬおっ!?」


 俺の放っただんがんはティルティのしようへきはばまれるが、じゆうだんに導かれたらいげきしようへきかんつうして彼女をおそった。感電のしようげきで筋肉がり、ティルティは見事に素っ転ぶ。


「たしかにほうせんざい能力でいえばティルティは俺よりもはるかに上だが、おまえはだな。話にもならない。ほうの使い方がなってない」

「だ、だまれぇ!」


 いつまでも命中しないせんこうやりごうやして、〝〟は属性ほうだんがんち出した。地属性のれきだんや水属性のひようだんによるだんまくこうげきだ。


 しかしそのこうげきどうは直線的で、ほうの前兆も見え見えだった。発動のタイミングがわかっていれば、そのこうげきけるのは造作もないことだ。


「いくら手札がさいでも、じようきように応じて効果的に使えなければ意味がない。今からでもティルティに肉体の主導権を返したらどうだ?」

「使いの人間ぜいが、私を見下すなど許さん……許さんぞ!」

「見下される程度の力しかないおまえが悪い」


 強化した筋力で地面をって、俺は〝〟までのきよを一気にめた。

 そして黒刀を横ぎにるう。


〟は、それをほうじようで受けとめた。

 そのしゆんかん、黒刀の刀身がぞわりとうごめいて、ほうじようの一部をごっそりとみちぎる。


「ぐあああああああああっ!」


 ティルティの声で〝〟がぜつきようした。

 ガリガリとほうじよう欠片かけらくだきながら、黒刀が満足げな声を出す。


『くくく……いな。なかなかい出のあるりよくだ。〝さいやく〟としてはしたでも、けいやく者にめぐまれたな。めてやろう、〝ひようとう〟』

「〝暴食〟っ……!」


〟が放ったくるまぎれのばくえんかわしつつ、俺は再びけんじゆうだんちこんだ。至近きよからのらいげきらって、〝〟がたまらず悲鳴を上げる。


「〝暴食〟のけいやく者よ! わかっているのですか!? 私が傷つくということは、私のよりしろであるこのむすめが傷つくということなのですよ!?」

「だから、どうした?」

「なっ!?」


 にべもない俺の返答に、〝〟が絶句する。

 俺はそんな〝〟の身体からだを、ほうしようへきごと乱暴にり飛ばした。


「つまりティルティの肉体が傷つけば、けいやく者であるおまえも傷つくということか。それは、いいことを聞いたな」


 体温のもらない俺の言葉に、〝〟が顔をゆがめた。


「馬鹿な……このむすめ貴方あなたそうしているのですよ!?」

「その情報と、俺たちがおまえをうことになんの関係があるんだ?」

貴方あなたは……!」


 どうもうに笑う俺を見て、〝〟のしんひとみおびえがかんだ。


 俺は、ティルティに対してなんの価値も認めていない。彼女の安全になど興味がない──〝〟にそう思わせることが、今の俺には重要だった。


 ティルティが知らない情報は、〝〟も知り得ない。

 そしてティルティは、俺がアナにれているとかんちがいしている。つまり俺がアナを守るためにティルティを切り捨ててもおかしくないと、彼女はきっとそう考える。


 今はその誤解を利用する。

 ティルティにひとじちとしての価値はない──そう思わせなければ、められた〝〟は、ティルティの肉体を自分のたてとして使うだろう。

 ティルティの安全を守るために、俺はようしやなく彼女をこうげきしなければならないのだ。


 幸いなことに、こちらにはアナがいる。

 アナの【完全回復】があれば、あしの一本や二本ばしたところで問題はない。もちろんティルティはおこるだろうが、それは彼女の安全を確保してから考えればいいことだ。


 問題は、だからといって実際にティルティを見捨てるわけにはいかないということだが──


「おい、犬コロ。本当にティルティを助けられるんだろうな?」

『あのむすめせんざい能力を考えれば、おそらくな』


 はなすような黒刀の言葉に、無責任なやつだ、と俺はくちびるゆがめた。

 それでも今は、この〝暴食〟のあくと、を信用するしかない。


『いずれにしてもまだ無理だ。〝ひようとう〟の支配力が強すぎる』

「あいつをもっと弱らせなければならないということか?」

『然り』


 黒刀が俺の疑問をこうていする。


「どこまでやればいい?」

『あのむすめが持っているつえは、〝ひようとう〟本体がけんげんしている姿だ』

「つまりあのつえをへし折ればいいんだな」


 俺の口元にみがかんだ。


 この黒刀が、〝暴食の悪魔ベエルゼブブ〟のうつしであるように、ティルティのほうじようもまた〝〟の本体とつながっているらしい。わかりやすくてありがたいことだ。


『できるか、わつぱ?』

だれにものを言っている、犬コロ」


 俺はありったけのりよくをつぎこんで、圧縮された水のやりを生成する。


〟が不快げに顔をしかめた。そのやりが聖水で作られていることをけいかいしたのかもしれない。だが、すぐにその表情はれいしように変わる。俺が聖属性ほうを使えないことを、ティルティのおくから読み取ったのだ。


 俺は合計十二本の水のやりを射出する。生成した水の総量は、一トンをえているはずだ。

 だが、もちろんそんなこうげきで、〝さいやく〟のぼうぎよとつできるはずもない。


「ただの水属性ほうですか。こんなもので私がたおせるとでも──」


 ばくえんすいそうげいげきしようとした〝〟は、その直前にハッとなにかに気づいて、風属性のしようへきえた。


「いえ……ねらいは水蒸気ばくはつですか! 残念でしたね。ねらいは悪くありませんでしたが、あなたのやり口はすでに一度見ています!」

「ああ、そうだな……!」


 俺の放ったすいそうが、〝〟のしようへきはばまれてくだる。


 どのみち水蒸気ばくはつ程度で、〝さいやく〟にあやつられたティルティを倒せるとは思っていない。そもそも今のすいそうは、こうげきするために放ったものではない。


 くだったやりの水分を利用して、俺はきりを生成する。気化した水をれいきやくして作り出した純白ののうが、〝〟の視界をさえぎった。


「こんなもので、なにを……?」


 風属性ほうが生み出すたつまきで、〝〟はきりばす。

 それにかかった時間はわずか数秒だ。しかし俺がこうげきの準備を整えるにはじゆうぶんな時間だった。


 このこうげきの準備を終えるためには、その数秒間がどうしても必要だったのだ。

 からそれを取り出して、ぼうだいな電力を流しこむための時間が──


チヤージかんりよう、だ」


 自らの身長をえるきよだいじゆうかかえた俺を見て、〝〟が目をいた。

 青白くかがやいなずままとった、ふたまたに分かれた長大なほうしん。俺はそのほうこうを、ティルティがにぎほうじようへと向けている。