「電磁投射砲!? 馬鹿な! その技はもう使えないはず!」
「切り札というのは、最後まで残しておくものだ」
絡繰りは、至極単純だ。
一度使った電磁投射砲は、超伝導状態が回復するまでは再使用できない。
だがその欠点には、簡単な対処法がある。
俺が亜空間収納内にストックしていた電磁投射砲は一挺ではなかったのだ。
ティルティも知らない、二挺目の電磁投射砲。切り札は一枚だけとは限らない。そしてティルティが知らない情報は〝豹頭の悪魔〟も知り得ないのだ。
俺は電磁投射砲の引き金を引いて、閃光を纏った弾体を極超音速で撃ち放つ。
〝豹頭の悪魔〟までの距離は、わずか数メートル。着弾までは刹那の一瞬だ。
いかにティルティの魔法技能が優れていても、障壁を展開する余裕はない。〝豹頭の悪魔〟は咄嗟に〝災厄〟の爆炎を放って、俺の攻撃を受け止めようとした。
「たかが人間の攻撃で、我が輩の炎を突き破れるとでも思ったのですか──!」
電磁投射砲の弾体は、すでに熱で燃え尽きている。
しかし砲撃が生み出した衝撃波が、〝災厄〟の炎と拮抗する。その衝撃を押し返すために、〝豹頭の悪魔〟が必死で爆炎を放つ。
どうしようもなく追い詰められたとき、人間は、どうしても使い慣れた選択肢を選んでしまう。それは〝災厄〟も同じだったらしい。
俺の最大威力の攻撃を防ぐために、〝豹頭の悪魔〟は自分本来の権能である爆炎で迎撃することを選択した。
結果的にティルティが持つ多彩な手札はすべて潰された。
「ああ、そうだな。防げるという自信があるから、防ごうとする。お陰で助かった。下手に避けられると厄介だったからな──!」
背後から響いてきた俺の声に、〝豹頭の悪魔〟が啞然として振り返る。
その驚愕は当然だ。電磁投射砲の衝撃波と〝災厄〟の炎が拮抗する空間を突破して、背後に回りこむことなどできるはずがないからだ。
「なぜ、貴方がここにいる!?」
「言ったはずだ。切り札は最後まで残しておくものだとな」
俺の真の切り札は、存在を広く知られている電磁投射砲などではなかった。
空間魔法の固有能力を持つ俺は、亜空間収納と呼ばれる、どことも知れない空間に物体を収納することができる。そして亜空間収納へと送られた物体は、こちらの世界から一時的に消滅する。
それでは、空間そのものを亜空間収納へと送りこんだらどうなるのか。
たとえば俺の目の前の約十メートルの空間を、亜空間収納へと送り込み、収納したその空間を俺の背後で取り出したとしたら──
その答えがこれだった。消滅した空間が俺の背後に移動することによって、俺自身の肉体は、十メートル分だけ前方に移動する。すなわち瞬間移動である。
空間転移──
それが幼なじみであるティルティにも見せたことのない、俺の本当の隠し球だった。
「出番だぞ、犬コロ!」
約十メートルの瞬間移動によって〝豹頭の悪魔〟の懐へと飛びこんだ俺は、爆炎を放ち続ける宝杖へと、袈裟懸けに黒刀を叩きつける。
『犬ではない、ケルベロスだ』
黒刀の刀身が、ぞわぞわと蠢いて姿を変えた。そこに現れたのは、三つに分かれた巨大な獣の頭部だった。三つの巨大な顎が宝杖に喰らいつき、それぞれ牙を突き立てる。
「こ、こんな……この私に、よくも、こんな真似を……」
〝豹頭の悪魔〟はティルティの肉体を操って、魔法を発動しようとした。
だが、黒刀は構わずそのまま宝杖をバリバリと嚙み砕く。
「餌が、喋るな……」
その言葉が終わると同時に、宝杖がへし折れ、砕け散った。
杖を構成していた〝災厄〟の魔力が、黒刀を通じて俺の中へと流れこんでくる。〝豹頭の悪魔〟の魔力をごっそりと喰ったのだ。
「がああああああああっ!」
ティルティの肉体を使って、〝豹頭の悪魔〟が吼えた。
まるで断末魔の咆吼だ。精神寄生体である〝災厄〟にとって、魔力を奪われるのは、自らの肉体を喰いちぎられるのと同義なのだ。
実体化を保てなくなった宝杖が消滅し、俺たちの周囲で渦巻いていた爆炎も消える。
そこに走りこんできたのは、獣の耳を持つ長い銀髪の少女だ。
「アナ!」
「任せてください!」
かつてなく真剣な眼差しをしたアナが、全力疾走しながら両手を頭上に掲げる。
その手の中に浮かび上がったのは、俺が見たこともないような神々しくも精緻な魔法陣だ。
「〝光よ、光よ。汝の名は銀の縛鎖、王国の檻。冥き星々の導きをもちて、堕ちたる使徒を奈落の氷獄に封じよ〟──!」
「その呪文……まさか……!」
〝豹頭の悪魔〟に乗っ取られたままのティルティの顔が、恐怖に歪んだ。
「ハルくん! ティルティさんの胸を!」
「こうか……!」
アナがやろうとしていることに気づいて、俺はティルティを背後からつかまえた。そして彼女を羽交い締めにして、その胸元をアナの前に曝け出す。
「よせ! やめろ!」
〝豹頭の悪魔〟が俺の腕の中で激しく暴れる。それを俺は全力で抑えこむ。
「ハ、ハル!? ちょっ、なんで……!?」
〝豹頭の悪魔〟の支配力が弱まったせいか、このタイミングで意識を取り戻したティルティが、背後から抱きしめている俺を見て混乱の表情を浮かべた。
そして動きを止めたティルティの胸の中央を目がけて、アナが魔法を発動した。
「極大封印──! いただきます!」
黄金の光が空を覆う黒煙を浄化して、オーロラのような美しい模様を描きだした。
虚空に浮かび上がった直径数十メートルもの巨大な魔法陣が、光の糸となってティルティの胸元へと吸い込まれていく。
その輝きがすべて消えたとき、俺の腕の中で暴れていたティルティの身体から力が抜けた。
あとに残ったのは、灼けた大地と無数の魔物の死体。そして静寂だけだった。