聖女と暴食

第四章 デスバイソンのラグーパスタ ⑮

!? 馬鹿な! そのわざはもう使えないはず!」

「切り札というのは、最後まで残しておくものだ」


 からりは、ごく単純だ。

 一度使ったは、ちよう伝導状態が回復するまでは再使用できない。

 だがその欠点には、簡単な対処法がある。

 俺が内にストックしていたいつちようではなかったのだ。


 ティルティも知らない、ちよう。切り札は一枚だけとは限らない。そしてティルティが知らない情報は〝〟も知り得ないのだ。


 俺はの引き金を引いて、せんこうまとっただんたいごくちようおんそくち放つ。

〟までのきよは、わずか数メートル。ちやくだんまではせついつしゆんだ。

 いかにティルティのほう技能がすぐれていても、しようへきを展開するゆうはない。〝〟はとつに〝さいやく〟のばくえんを放って、俺のこうげきを受け止めようとした。


「たかが人間のこうげきで、はいほのおやぶれるとでも思ったのですか──!」


 だんたいは、すでに熱できている。

 しかしほうげきが生み出したしようげきが、〝さいやく〟のほのおきつこうする。そのしようげきを押し返すために、〝〟が必死でばくえんを放つ。


 どうしようもなくめられたとき、人間は、どうしても使い慣れたせんたくを選んでしまう。それは〝さいやく〟も同じだったらしい。


 俺の最大りよくこうげきを防ぐために、〝〟は自分本来の権能であるばくえんげいげきすることをせんたくした。

 結果的にティルティが持つさいな手札はすべてつぶされた。


「ああ、そうだな。防げるという自信があるから、防ごうとする。おかげで助かった。下手にけられるとやつかいだったからな──!」


 背後からひびいてきた俺の声に、〝〟がぜんとしてかえる。


 そのきようがくは当然だ。しようげきと〝さいやく〟のほのおきつこうする空間をとつして、背後に回りこむことなどできるはずがないからだ。


「なぜ、貴方あなたがここにいる!?」

「言ったはずだ。切り札は最後まで残しておくものだとな」


 俺の真の切り札は、存在を広く知られているなどではなかった。


 空間ほうの固有能力を持つ俺は、と呼ばれる、どことも知れない空間に物体を収納することができる。そしてへと送られた物体は、こちらの世界から一時的にしようめつする。


 それでは、空間そのものをへと送りこんだらどうなるのか。

 たとえば俺の目の前の約十メートルの空間を、へと送り込み、収納したその空間を俺の背後で取り出したとしたら──


 その答えがこれだった。しようめつした空間が俺の背後に移動することによって、俺自身の肉体は、十メートル分だけ前方に移動する。すなわちしゆんかん移動である。


 空間転移テレポーテーシヨン──


 それが幼なじみであるティルティにも見せたことのない、俺の本当のかくし球だった。


「出番だぞ、犬コロ!」


 約十メートルのしゆんかん移動によって〝〟のふところへと飛びこんだ俺は、ばくえんを放ち続けるほうじようへと、けに黒刀をたたきつける。


『犬ではない、ケルベロスだ』


 黒刀の刀身が、ぞわぞわとうごめいて姿を変えた。そこに現れたのは、三つに分かれたきよだいけものの頭部だった。三つのきよだいあぎとほうじようらいつき、それぞれきばてる。


「こ、こんな……この私に、よくも、こんなを……」


〟はティルティの肉体をあやつって、ほうを発動しようとした。

 だが、黒刀は構わずそのままほうじようをバリバリとくだく。


えさが、しやべるな……」


 その言葉が終わると同時に、ほうじようがへし折れ、くだった。

 つえを構成していた〝さいやく〟のりよくが、黒刀を通じて俺の中へと流れこんでくる。〝〟のりよくをごっそりとったのだ。


「がああああああああっ!」


 ティルティの肉体を使って、〝〟がえた。

 まるでだんまつほうこうだ。精神寄生体である〝さいやく〟にとって、りよくうばわれるのは、自らの肉体をいちぎられるのと同義なのだ。


 実体化を保てなくなったほうじようしようめつし、俺たちの周囲でうずいていたばくえんも消える。

 そこに走りこんできたのは、獣の耳を持つ長いぎんぱつの少女だ。


「アナ!」

「任せてください!」


 かつてなくしんけんまなしをしたアナが、全力しつそうしながら両手を頭上にかかげる。

 その手の中にかびがったのは、俺が見たこともないようなこうごうしくもせいほうじんだ。


「〝光よ、光よ。なんじの名は銀のばく、王国のおりくらき星々の導きをもちて、ちたる使徒を奈落のひようごくふうじよ〟──!」

「そのじゆもん……まさか……!」


〟に乗っ取られたままのティルティの顔が、きようゆがんだ。


「ハルくん! ティルティさんの胸を!」

「こうか……!」


 アナがやろうとしていることに気づいて、俺はティルティを背後からつかまえた。そして彼女をめにして、そのむなもとをアナの前にさらす。


「よせ! やめろ!」


〟が俺のうでの中で激しく暴れる。それを俺は全力でおさえこむ。


「ハ、ハル!? ちょっ、なんで……!?」


〟の支配力が弱まったせいか、このタイミングで意識をもどしたティルティが、背後からきしめている俺を見て混乱の表情をかべた。


 そして動きを止めたティルティの胸の中央を目がけて、アナがほうを発動した。


ラストシーリング──! いただきます!」


 黄金の光が空をおおこくえんじようして、オーロラのような美しい模様をえがきだした。

 くうかびがった直径数十メートルものきよだいほうじんが、光の糸となってティルティのむなもとへと吸い込まれていく。


 そのかがやきがすべて消えたとき、俺のうでの中で暴れていたティルティの身体からだから力がけた。

 あとに残ったのは、けた大地と無数のものの死体。そしてせいじやくだけだった。