6:海外フェア用書き下ろしSS
彼女の戦争
「――
西部戦線は第一七七機甲師団の担当戦区、その一角の塹壕の中のことである。
試験部隊とはいえ仮にもフェルドレスの搭乗員が、アサルトライフルを手に生身で〈レギオン〉と相対せざるを得ないというのは、はっきり言って末期的な戦況だ。
けれど
「補給の連中とか情報の連中とか、まあそういう、普段は最前線にいねえ奴らのことなんすけど。西部戦線第一七七師団じゃ禁句っすから。絶対言うんじゃねえですよ」
「まあ、最初から言わないけど。……なんでまた」
「すぐわかりますよ」
トラックのエンジン音が、すぐ近くで停まった。
……
直撃すれば〈ヴァナルガンド〉ですら粉々になる重砲の榴弾が降り注ぐ中を。
ろくな装甲もしていない、輸送トラックのエンジン音が。
砲撃喰らっている最中の塹壕のすぐ近くに、である。
「……?」
さすがに理解が追いつかずにシンは眉を寄せる。
「みなさぁぁぁあああん! お昼ごはんですよぉ――――――っ!!」
……は?
一瞬ぽかんとなったシンの横で、歴戦の軍曹は立ち上がらないまま手を振る。
「マーリア! いつもすまねえな!」
「あっベルノルトさん! 塹壕にいるなんて珍しいですね!」
言いながらその女性は器用に塹壕の壁を滑り降りる。
片手片足は義手で義足。左目も潰れているようで、化粧気のない清楚な顔を斜めに横切る無骨な黒い眼帯。
生身の方の片手ででっかいバケツみたいな保温容器を下げ、逆の肩にかけた、紙の深皿を重ねて束にしたものをじゃかじゃか鳴らしながら早足に歩み寄ってきた。
「そっちが噂の隊長さんですか? うわぁああ若ーい! かわいーい! 食べ盛りですよね、お姉さんサービスしちゃいますねっ! はい! ベルノルトさんも!」
「おー! 今日も旨そうだな、ありがとよ!」
「炊事班が今日も頑張ってくれましたから! ベルノルトさんも、ちゃんと隊長さんをサポートしてあげるんですよ!」
「はは、あいにくとそんなもん要らねえような可愛くねえクッソガキでよ」
「えーひどーい! ……戦闘用の物資もすぐに着くはずですから、それまでもう少し、頑張ってくださいねー!」
言いながら女性は義足の硬い足音をざくざく鳴らし、集まってきた次の兵士達の元へ嵐のように去っていった。
見送って、シンはベルノルトを見上げる。
「……すまない、さすがに説明してほしい」
「まあ要するに、うちんとこの師団の輸送大隊指揮官なんすけどね」
縁ぎりぎりまでスープの注がれた紙皿をシンに渡し、やっぱりなみなみと注がれた自分の分のそれを啜ってベルノルトは言う。
「最前線にいるからこそ、一日一品だけでも戦闘要員にあったかいもん食わせてやるべきだって。それこそが輸送部隊の最優先任務だって。そう言ってああして、毎日最前線飛び回ってるんでさ」
「……あの輸送トラックで、か?」
繰り返すが非装甲である。最前線に出るなど自殺行為だ。
「です。……まあ当然、何度も何度も砲撃だの地雷だのでぶっ飛ばされて、あの怪我は全部そのせいです。それでも退役するどころか“最優先任務”も止めやしねえんだから、まあ大したもんですよ」
ところで砂入りますよ、と言われて、シンはスープに口をつけた。
そういう戦いもあるのか、と、ふと思った。
何も壊さずとも、倒さずとも、……彼女にとっては、これが命をかけるべき、彼女の戦場なのだろう。
知らず、ふっと息をついた年少の隊長に、ベルノルトはやや自慢げに胸を反らす。
「だからうちの師団では、後方支援の聖母って呼んでます。隊長もそう呼ぶといいですよ」
「……」
そのネーミングはどうなのかと、いい年こいた壮年の軍曹をシンは横目で見返す。



