6:海外フェア用書き下ろしSS
学園の女王陛下
高校の裏手の坂の下には一軒のコンビニがひっそりとあって、丁度そこから出てきた少年が、レーナを見てげっとばかりに顔をしかめた。
頭半分高い位置にあるその
「ぴぴー。校則違反ですよ、シン」
「……レーナ」
嘆息と共に肩を落としているのは、このやりとりが入学からこの方、何度も繰り返されたことだったからだろう。
「毎度毎度、取り締まりご苦労なことですね、生徒会長」
「お仕事ですので。……見逃すために賄賂を要求します」
言って、レーナは小さな子供みたいに、あーんと口を開けてみせた。
「一口ください」
分けてくれたのはラムネアイスで、二本の棒が刺さっていて真ん中の溝でぱきっと割って分けるあれだ。
コンビニの駐車場の、大きな樹の下にある車止めに品よく両足を揃えて腰掛けて、レーナは涼しげな水色をした仄甘いそれをしゃくしゃく食べていく。
日差しも照り返しもきつい夏の午後だが、緑の多い住宅街で風のある日のせいか、木陰に入ってしまえば比較的過ごしやすい。緑陰に慣れた目にはまるで白昼夢のような、真夏の晴れすぎた日の白く眩む景色。
レーナにはまだ平気な気温でも体温の高い男の子には暑いんだろうなと、隣でとっくの昔にアイスなんか食べきって二つ目の総菜パンの袋を破いているシンと、カッターシャツの袖から伸びる少し汗ばんだ腕を見て思う。
ところであからさまに二人で分ける想定のこのラムネアイスを、一人でコンビニに入ったはずのシンがなぜ購入しているのかについては、レーナは全く考えてもみない。
「ごちそうさま。今度、お返しに部活に何か差しいれますね。こう、何か手作り的な」
「……ああ、それなら心を込めて水にスポーツドリンクの粉投入する感じで」
淡々とシンは言い、むぅ、とレーナは頬を膨らませる。お嬢さま育ちで調理実習以外で包丁を持ったことも、キッチンに入ったことさえないレーナは、料理が大変苦手なのだ。
苦手なのだが、まったく期待されていないというのはちょっと、いや、非常に悔しい。
「部の連中は、それでも喜ぶと思うけど。ミスコン一位の女王陛下の手作りなら」
問題は同じ部活の少年たちが喜ぶかどうかではないのだが。
ともあれレーナは真っ赤になる。
学園祭の恒例イベントであるミスコンの、去年の結果のことだ。クラスメートの陰謀により軍服とかいうマニアックなコスプレで出撃したレーナは、投票の結果見事一位に選出された。
「あっ、あれはその……」
「結構な激戦だったと思うけど、どうにか制したのはさすがは女王陛下、っていうところなのかな」
「というかその、女王陛下っていうのやめてください……!」
そう。
誰が言いだしたものやら、学園祭以来レーナには“女王陛下”というあだ名がついてしまったのである。
きっちり軍帽まで揃えた本格的な、威圧的な軍装だったのが、多分原因。
「たくさん応援してもらえたのは嬉しかったですし、その、……優勝できたのもよかったですけど、でも女王陛下なんて……!」
「似合ってるからいいんじゃないのか。女王陛下」
「だからやめてくださいってば! 命令しちゃいますよ! じ、女王様として!」
陰の中でもわかるほど真っ赤になったまま、精一杯の大声で言ったレーナに。
シンはふ、と小さく笑った。
「どうぞ、女王陛下。……聞かないけど」



