もみあげの形状がどこぞの怪盗の孫に似ている中年店主はいわゆる蒐集家で、バックヤードに数々のレトロゲームを秘蔵していた。盗んだわけではないと信じているが、中には『往年の名器』もいくつか含まれているという。古くからの馴染みである幸斗と卓はたびたびそのコレクションに触れる事を許され、今回のピンボールブームもそこに端を発していた。ブームと言っても最初にプレーさせてもらってからまだ一週間と経っていないが。
ちなみに卓は『酒、タバコ、ギャンブル』と同じくらいビデオゲームも頑なに避けているので、幸斗もまた、この店の主たる遊具にほとんど触れたことがない。屋内で遊んだ記憶があるのはUFOキャッチャーとメダル崩しくらいのものだ。そちらとて、『究極レベルに設定がエグい』と知らされてからは馬鹿らしくて手を出す気にもなれなかった。
「あー相変わらずガラスキ。ひどいもんだ」
「客をもてなす意思がないからな。そりゃみんなイオンに行くさ」
あごを突き出しながら横を向く卓。見ればUFOキャッチャーの内部にはぬいぐるみがぎゅうぎゅうに敷き詰められ、色とりどりのフェルトが真っ平らな大地を形成していた。
もし写真付きの辞書を作るなら、『付け入る隙がない』の例示としてぜひ採用したい絵面だった。あんなの誰がプレーするというのだろう。
まあ、構うまい。幸斗たちの求めるものは青春の実感であって、この店の繁盛ではない。
「メダルのとこにはいないな。幸斗、そっちは?」
「いない。バックヤードも鍵かかってた」
勝手知ったるとばかりに二人は店主の居そうな場所を手分けして探ったが、不発だった。どうやら現在フロアのどこにも従業員が存在してないようだ。不用心にもほどがある。
「となると、まさか上か?」
「まさか、なあ」
どちらともなくしかめ面になって、顔を見合わせる幸斗と卓。一応、この施設は一つ上の屋上にも遊戯場が存在する。しかし、『それ』が稼働している確率は奇跡に近いと、少なくとも幸斗たちは思っていた。
「行く?」
「まあ、このまま帰るのもな」
明らかに足取り重く、お互い先を譲るような牛歩合戦が階段まで持続する。
屋上にあるのは、バッティングセンターだった。
「わはは、惜しいなあと少し!」
「次は当たるって!」
消去法で出した答えが正解であったことは、無機質なマシンの稼働音とけたたましい男子グループの笑い声がすぐさま証明してくれた。もの好きがいたものだと幸斗と卓は再び視線を酌み交わす。先客は四人。見た感じ中学生くらいで、全員が同じブースに入ってバットも持たずひたすら騒いでいる。
「ユッキ、スグ! いいところに!」
駆け寄って来たのは、白いシャツの上に星条旗柄のエプロンを身に纏った細身の男。怪盗の孫感溢れる顔とファニーな服装とのギャップにいつも噴き出しそうになるが、下手にからかった挙げ句もし細身のスーツなんぞを着て出てこられようものならもっと面白い可能性もあるので二人とも頑なにツッコミを避けていた。
「よう、とっつぁ~ん。珍しく賑やかだね」
右手をこめかみ辺りに掲げ、卓が八重歯を見せながら挨拶する。どうでもいいが本来とっつぁ~んは三世側が発すべき呼称だ。本当にどうでもいいが。
「困ってんだよお、アレ」
「あいつら見たことない顔だな。観光客?」
わざとうそぶく幸斗を、うんざり顔で睨む店主。
「こんなとこに観光客来ねえよ」
そりゃそうだろう。なにせ地元の人間ですらおおよそ来ない。
「おおかた休みだからって学区の外まで出てきてハメ外そうっていう余所の中坊だろ。なあ頼むよ、やんわり追い返してくれないか? 平和的に」
泣き付かれ、困惑顔で首を捻る卓。どうやら思っていることはだいたい幸斗と一緒であるようだ。
「そんなに客を邪険に扱うこともないだろとっつぁん。確かにちょっとうるせーけど」
「いや、だって今にも酒だタバコだ始めそうなんだもんよ。そうなったらコッチも警察呼んだりしなきゃいけなくなるだろ。面倒ごとはやなんだよ。面倒だから」
「まあ、なあ」
改めて、はしゃぐ連中を横目に見て、店主三世の気持ちもわからないでもないと考え直す幸斗だった。緑色のネットの陰にちらつくあのコンビニ袋、言われてみれば不穏だ。
「それにさ、アレはああやって遊ぶもんじゃねえよ」
「……まあ、な」
今度は卓が、幸斗よりも少し重々しく同意を呟く。どうやら推定中学生たちは、マシンから放られた球で持ち込んだリンゴを割ろうと画策しているようだ。
野球好きから見たら、冒瀆に映る光景だろう。もし見たのが野球好きならば。
「しゃあねえな。とっつぁん。全台速度マックスまで上げてきな」
幸斗よりも先に、卓が動いた。言い残して返事を待たず、単身右端のボックスまで不機嫌そうに歩いていく。
「助かるぜ、スグ!」
店主も嬉々と裏方に消えていった。なんとなく乗り遅れたような寂寥感と、下手に関わらずに済んだ安堵感を同時に抱えながら、幸斗は中学生グループの真後ろに陣取って行く末を見守ることにした。
「うわ!? あ、あっぶねえ!」
リンゴの位置を変えようとストライクゾーンに近付いた少年の眼の前を、矢のような剛速球が貫いた。
「おいこら! 機械おかしーぞ!」
「殺す気かボケ!」
途端にいきり立ってクレームに沸く中学生グループ。
その喧噪を、胸のすくような、カン──という金属音がぴたりと鎮めた。
「え?」
視線が集中した先では、このバッティングセンター唯一の左打席に入った卓が、涼しい顔でクリーンヒットを量産している。
球威に逆らわぬ巧妙な流し打ちと、類い希なる動体視力は、どうやら未だ健在のようだ。
「機械、別におかしくないよ。ここはいつでも全打席90キロ」
立ち尽くしたグループのメンバーに、幸斗はにっこり笑って助言を送る。もちろん噓だった。マックスまで上げたなら、字面上は150キロ出ているはず。
「そ、そんなわけないって! 絶対さっき、いきなり速く──」
カン──。中学生の声を再び卓の金属バットが黙らせた。慌てて球威を見比べるメンバーたちだったが、卓の打席と彼らの前にえぐりこんでくる軟球との間に、速度の違いが存在しないのは明白だった。
「90キロは、まだ早かったかもな。中学生には」
さらに幸斗が笑みを強めた直後、もう一度ドスンと球受け用のゴム板が震える。それをびくりと見て、中学生たちはとうとう一斉に威勢を失った。
「帰ろうぜ。なんか白けた」