第一章 ③

 もみあげの形状がどこぞのかいとうの孫に似ている中年店主はいわゆるしゆうしゆう家で、バックヤードに数々のレトロゲームを秘蔵していた。ぬすんだわけではないと信じているが、中には『往年の名器』もいくつかふくまれているという。古くからのみであるゆきすぐるはたびたびそのコレクションにれる事を許され、今回のピンボールブームもそこにたんを発していた。ブームと言っても最初にプレーさせてもらってからまだ一週間とっていないが。

 ちなみにすぐるは『酒、タバコ、ギャンブル』と同じくらいビデオゲームもかたくなにけているので、ゆきもまた、この店の主たる遊具にほとんどれたことがない。屋内で遊んだおくがあるのはUFOキャッチャーとメダルくずしくらいのものだ。そちらとて、『究極レベルに設定がエグい』と知らされてからは鹿らしくて手を出す気にもなれなかった。


「あー相変わらずガラスキ。ひどいもんだ」

「客をもてなす意思がないからな。そりゃみんなイオンに行くさ」


 あごをしながら横を向くすぐる。見ればUFOキャッチャーの内部にはぬいぐるみがぎゅうぎゅうにめられ、色とりどりのフェルトが真っ平らな大地を形成していた。

 もし写真付きの辞書を作るなら、『付け入るすきがない』の例示としてぜひ採用したいづらだった。あんなのだれがプレーするというのだろう。

 まあ、構うまい。ゆきたちの求めるものは青春の実感であって、この店のはんじようではない。


「メダルのとこにはいないな。ゆき、そっちは?」

「いない。バックヤードもかぎかかってた」


 勝手知ったるとばかりに二人は店主の居そうな場所を手分けしてさぐったが、不発だった。どうやら現在フロアのどこにも従業員が存在してないようだ。不用心にもほどがある。


「となると、まさか上か?」

「まさか、なあ」


 どちらともなくしかめつらになって、顔を見合わせるゆきすぐる。一応、このせつは一つ上の屋上にもゆう場が存在する。しかし、『それ』がどうしている確率はせきに近いと、少なくともゆきたちは思っていた。


「行く?」

「まあ、このまま帰るのもな」


 明らかに足取り重く、おたがい先をゆずるような牛歩合戦が階段まで持続する。

 屋上にあるのは、バッティングセンターだった。


「わはは、しいなあと少し!」

「次は当たるって!」


 消去法で出した答えが正解であったことは、無機質なマシンのどう音とけたたましい男子グループの笑い声がすぐさま証明してくれた。もの好きがいたものだとゆきすぐるは再び視線をわす。先客は四人。見た感じ中学生くらいで、全員が同じブースに入ってバットも持たずひたすらさわいでいる。


「ユッキ、スグ! いいところに!」


 って来たのは、白いシャツの上に星条旗がらのエプロンを身にまとった細身の男。かいとうの孫感あふれる顔とファニーな服装とのギャップにいつもしそうになるが、にからかった挙げ句もし細身のスーツなんぞを着て出てこられようものならもっとおもしろい可能性もあるので二人ともかたくなにツッコミをけていた。


「よう、とっつぁ~ん。めずらしくにぎやかだね」


 右手をこめかみ辺りにかかげ、すぐるを見せながらあいさつする。どうでもいいが本来とっつぁ~んは三世側が発すべきしようだ。本当にどうでもいいが。


「困ってんだよお、アレ」

「あいつら見たことない顔だな。観光客?」


 わざとうそぶくゆきを、うんざり顔でにらむ店主。


「こんなとこに観光客来ねえよ」


 そりゃそうだろう。なにせ地元の人間ですらおおよそ来ない。


「おおかた休みだからって学区の外まで出てきてハメ外そうっていうちゆうぼうだろ。なあたのむよ、やんわり追い返してくれないか? 平和的に」


 泣き付かれ、こんわく顔で首をひねすぐる。どうやら思っていることはだいたいゆきいつしよであるようだ。


「そんなに客をじやけんあつかうこともないだろとっつぁん。確かにちょっとうるせーけど」

「いや、だって今にも酒だタバコだ始めそうなんだもんよ。そうなったらコッチも警察呼んだりしなきゃいけなくなるだろ。めんどうごとはやなんだよ。めんどうだから」

「まあ、なあ」


 改めて、はしゃぐ連中を横目に見て、店主三世の気持ちもわからないでもないと考え直すゆきだった。緑色のネットのかげにちらつくあのコンビニぶくろ、言われてみればおんだ。


「それにさ、アレはああやって遊ぶもんじゃねえよ」

「……まあ、な」


 今度はすぐるが、ゆきよりも少し重々しく同意をつぶやく。どうやら推定中学生たちは、マシンから放られた球でんだリンゴを割ろうと画策しているようだ。

 野球好きから見たら、ぼうとくに映る光景だろう。もし見たのが野球好きならば。


「しゃあねえな。とっつぁん。全台速度マックスまで上げてきな」


 ゆきよりも先に、すぐるが動いた。言い残して返事を待たず、単身みぎはしのボックスまでげんそうに歩いていく。


「助かるぜ、スグ!」


 店主もと裏方に消えていった。なんとなくおくれたようなせきりよう感と、かかわらずに済んだあん感を同時にかかえながら、ゆきは中学生グループの真後ろにじんって行く末を見守ることにした。


「うわ!? あ、あっぶねえ!」


 リンゴの位置を変えようとストライクゾーンに近付いた少年のまえを、矢のようなごう速球がつらぬいた。


「おいこら! 機械おかしーぞ!」

「殺す気かボケ!」


 たんにいきり立ってクレームにく中学生グループ。

 そのけんそうを、胸のすくような、カン──という金属音がぴたりとしずめた。


「え?」


 視線が集中した先では、このバッティングセンターゆいいつの左打席に入ったすぐるが、すずしい顔でクリーンヒットを量産している。

 きゆうに逆らわぬこうみような流し打ちと、たぐまれなる動体視力は、どうやらいまだ健在のようだ。


「機械、別におかしくないよ。ここはいつでも全打席90キロ」


 くしたグループのメンバーに、ゆきはにっこり笑って助言を送る。もちろんうそだった。マックスまで上げたなら、づら上は150キロ出ているはず。


「そ、そんなわけないって! 絶対さっき、いきなり速く──」


 カン──。中学生の声を再びすぐるの金属バットがだまらせた。あわててきゆうを見比べるメンバーたちだったが、すぐるの打席とかれらの前にえぐりこんでくるなんきゆうとの間に、速度のちがいが存在しないのは明白だった。


90は、まだ早かったかもな。中学生には」


 さらにゆきみを強めた直後、もう一度ドスンと球受け用のゴム板がふるえる。それをびくりと見て、中学生たちはとうとういつせいせいを失った。


「帰ろうぜ。なんか白けた」

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