毬井についてのエトセトラ ④

 なによりも、ゆかりが天条と仲良くしたがっていたために、下手へたにゆかりを助けようとすると逆にゆかりが天条をかばう、という妙な三角状態ができあがってバカを見る。

 だから基本的に、天条がつっかかってくると周囲は静観するしかない。

 ただ、一度だけ、ゆかりが天条のからかいに、むきになっていいかえしたことがある。

 それは、天条がこういったときのことだった。


「いいかげん、あなた自分の故郷に帰ったら?」

「故郷って?」

「まりぃ星とかあるんでしょ? あなたの正体は、まりぃ星から来たまりぃ星人、なんでしょう? だったらいつまでも地球にいないで帰ったほうがいいんじゃない? それともしんりやくでもするつもり──」

「あたしは地球人だもん!」


 強い調ちようで返された言葉に、けんそうにあふれていた昼休みの教室は、たちまち静まり返った。

 目立つのがにがで、いつもなら注目を集めるとしゆくしてちぢこまるゆかりだったが、そのときだけは違った。

 周囲の目も知らぬげに、ゆかりは激しく続けた。


「あ、あたしは、まりぃ星人とかじゃないもん! ちゃんと地球で生まれた、地球人で、日本人で──」

「……あたしは、別に」

「──もういいかげんにしろ。よそのクラスまでやってきて、さわぎを起こすな」


 口をはさんだあたしを、すごい目つきでにらみながらも、それ以上口を開くことはなく、てんじようはわざとらしい足音を立て、教室を出て行った。

 ──それを思わず追いかけたのは、胸の中にうずく感情がおさえきれなかったから。

 日ごろぶすっとしていて感情をうまくはつできないあたしは、そのせいか、激情にかられると自分をせいぎよできなくなるところがある。たとえば今回のような、めったに見ないゆかりの表情を見せられたときとか。

 天条は、あたしが追ってくるのに気づいていたのか、ひとのない階段の下で待っていた。

 あたしが問いかけるよりも先に、天条は、いった。


「……あなた、とうっていったっけ? 知っているの? あいつの『目』のこと」


 そういう質問が出るということは、天条も知っているわけか。

 なんとなく、そうだろうとは思っていた。天条のからかい方には、それをしているようなところがあったから。やはり天条も知っていたのだ。ゆかりには、自分以外の人間がロボットに見えるということを。だから自分と同じ姿の『人間』を見たことがないということを。

 だったら想像できるはずだ。それがいったいどれくらい、孤独な風景なのか。

 天条に向かっていいかえした、ゆかりのせりふに、人間、という言葉はなかった。

 地球人、日本人、とは主張できても、人間、とはいわなかった。

 きっと、いえなかったのだ。心のなにかがブレーキをかけて。

 自分と『同じ姿』を、見つけられないゆかりだからこそ──

 またも怒りがこみ上げてきて、かえって頭が冷えてきて、あたしは天条の問いにゆっくりうなずき、答えた。


「ええ。知っている。ゆかりには他人がどう見えているか……あんたこそ、知っているんだ。なのによくもいえたわね? あんなこと──」


 天条が浮かべたいやな笑顔に、あたしは言葉をとめた。

 天条はなにかをはかるように、あたしを見つめながら、いった。


「そうよ? あたしも知っているわよ? あいつのことは。たぶん、きっと、あなたより──ていうか、あなたのほうこそ本当には、わかっていない。あいつのことを」

「どういう意味?」

「知りたいの? あいつの友だちを続けたいのなら、知らないほうがいいと思うけど?」

「なにを──」


 天条が口を開くより先に、ガクちゃん! と呼ぶ声が、廊下から聞こえてきた。

 あたしがいないのに気がついたのだろう、ゆかりが、追いかけてきたのだ。

 ちなみにあたしの家はなぎなた道場を開いていて、あたし自身もそれなりにやる(そのわりにせいしんしゆうようができていなくて、口よりも手が早かったりするのだが)。

 だからゆかりは、あたしがてんじように暴力を振るうとでも思ったのかもしれない。

 息せき切った、あわてたようなゆかりの姿に、天条は、激しく顔をゆがめた。

 そのしゆんかんまであたしは、じつは天条は、口でいうほどゆかりをきらっているわけではないのでは、と思っていた。

 なおになれない、子供のようなものなのでは、と。

 けれどもいま、ゆかりを見る天条の顔に浮かんでいるものは、ちんつうで、後悔しているようで、でもどこか、青色のほのおのようにめていて、いまにもくだりそうなほどにめているその感情は、きっと、いや、まぎれもなく、憎しみと呼ばれるようなもので──

 少なくともいまこの瞬間、彼女は本気でゆかりのことを、ぞうしているようだった。


「……あ、あの、テンちゃん……」


 ゆかりに声をかけられて、天条は、しばらく表現しがたい目つきをしていたが、やがて、かすかに頭を動かした。

 もしかして頭を下げている? さっきのことをあやまっている? と思わせたのは本当にわずかな時間のことで、すぐに顔を上げると、天条はゆかりをにらみつけ、いった。


「……あたしは、あなたを、許す気も、認める気も、ないから」


 それだけて、きびすを返し、歩き出す。


「ちょっと、天条!」


 怒りがおさまっていないのもあったが、それ以上に先ほどの言葉の真意をいただしたくて、あたしは天条を呼びとめようとした。

 が、ゆかりにとめられた。


「やめて、ガクちゃん。……いいの。あのね、あたし、テンちゃんに嫌われても、しかたないことをしちゃったから、──だから、いいの。お願い、怒らないで──」


 天条は一瞬振り向きかけたが、そのまま立ち去っていった。

 それを見送って、あたしはゆかりに確認する。


「あいつ、やっぱり、ゆかりの昔からの知り合いなわけね? ゆかりの、見え方のことも知っているのね?」

「うん。あたしの、いちばんの」

「でもいまはもう、友だちじゃない」

「わ、そんなことないよ! あたしはいまでもお友だちだって思っているし、……できれば、ガクちゃんにも、仲良くしてほしい──」

「あたしは無理。あんなやつ、絶対おことわり」

「……そんなこと、いわないでよう……」


 そびしそうにあたしを見上げるゆかりの頭をでながら、思う。

 あたしがゆかりのなにを知らないって?

 まぁ、確かに短い付き合い、まだまだ知らないことのほうが多いというのは認めるけれど、でも、いちばんかんじんなことはわかっている。

 普通とちがうところはあっても、ゆかりはあたしと同じ人間で、大切な友だち──

 ──あんたとゆかりの間になにがあったか知らないが、あんな言葉に、負けたりはしない。

 その日以降も、てんじようはゆかりへのからかいのほこおさめたりはしなかった。

 が、対象があたしにまでおよぶようになった。

 というか、あたし自身が積極的に、参加するようになった。

 ときにはゆかり抜きで直接対決することも──というか最近はそちらのほうが多くなってしまったけれど──

 ゆかりの秘密を言いふらさない態度は認めてやるけれど、それ以外では、あいれない。

 それがあたしと、天条ななの関係である。



    7.まりの才能



 重ね重ね申しわけないとは思うが、毬井ゆかりは他人がロボットに見える。

 そのせいかどうかは知らないが、彼女はロボットが大好きで、趣味はプラモデルを組み立てることだった。

 ロボットならまずえり好みなく、というか戦車だろうがお城だろうが、プラモデルならなんでもいいらしい。というかプラスチックのモデルでなくてもいいらしい。

 ゆかりの家はちょっとした庭付きいつけんなのだが、ゆかりはその庭にこぢんまりとしたこうぼうと倉庫を持っていて、工房にはなにに使うのかよくわからない設備や工具類、倉庫にはさまざまなプラモデルのロボットがところせましと並べられ、倉庫に入りきらないものは屋根に飾るガーゴイルや庭に置かれるドワーフ人形のように、いろいろなところに飾られていた。

刊行シリーズ

紫色のクオリアの書影