厳密には、ロボットモデルの完成品より──もちろんロボットそのものも好きらしいが──組み立てる過程が好きらしい。
ゆかりには小学生の弟と妹(名を葵に茜という、二人ともすごいお姉さんっ子)がいるのだが、その二人を窓口にして、時間や根気や技量が足りずプラモを完成させられない小学生の代わりに組み立てを請け負っていた。それがゆかりの、休日のお気に入りの過ごし方で、そのため毬井ゆかりの名前は小学校でも有名で、とくに男の子に一目置かれていた。
もっとも、たとえプラモデルに興味がない女子であろうとも、彼女の作業を見たら瞠目せずにはいられないだろう。
あたしも、はじめて見たときは驚かされた。
ちょうど夏休みに入ったばかりのころで、朝にあたしがたずねたとき、工房の前には五十を超えるプラモの箱が積み上げられていた。最近の子供はなんて不精なのだろう、ゆかりも、いくら休みだからとはいえ引き受けすぎではないのか? と思ったが、そびえ立つ大きなタワー(プラモデルの箱はけっこうかさばる)を前にして、ゆかりはまったくひるまなかった。むしろ舌なめずりをせんばかりの勢いで、箱の山へと向かっていった。
「なんか、手伝えることある?」
そうたずねたあたしに、彼女は笑ってうなずいた。
「わ。本当? じゃあ、お願いするね? そこにニッパーあるから、ランナーからパーツを切り離してくれる?」
ランナーというのはパーツがくっついているプラスチックの枠のことで、プラモデルというものは、説明書の通りにランナーからパーツを切り離して順序良く組み立てていくものらしい。
しかし彼女は説明書など気にすることなく、嬉々として箱からランナーを取り出し、パチパチとパーツを切りはじめた。
箱ごとに、ではなく、まずすべての箱からランナーを取り出したのち、全部まとめて、一気に。
パーツが違う箱のものと混ざってしまうのも気にせずに、ゆかりは次から次へと手当たり次第にランナーを取ってはニッパーを入れ、切り離されたパーツは分類されることなく、そのまま、乱雑に、ビニールシートにばら撒かれていく。
「あ。ガクちゃん、小さな部品もあるから、切り取り忘れに注意してね?」
「い、や、そのまえに、こんなごっちゃにしちゃって、いいの? どれがどれの部品だか、もうわからないような──」
「平気平気。プラモのことならまかせて!」
その言葉を証明するかのように、彼女はすべてのランナーからパーツを切り取り終えると、箱も説明書もまったく見ることなく、そのまま組み立てを開始した。
無造作に置かれたパーツの山から一つを取り出し、首をかしげる。
脇に置き、違うパーツを手に取って、また脇に置き──かと思ったら脇にのけていたものに組み合わせてみたり──その姿は、プラモを組み立てているというよりジクソーパズルに挑戦しているようだった。手当たり次第にパーツを選んでは組み合わせ、当たるをさいわい組み立てていく──どうみても行き当たりばったりな作業であるにもかかわらず、彼女の手はすばやく動いて止まらなかった。悩む様子を見せていたのは最初のうちだけで、気がつくと、彼女の指は流れるように動いてロボットを組み上げていた。ばらばらに置かれているはずなのに、彼女はパーツの山のどこにどんな部品があってどういう風に組み合わさるかを把握しているようだった。
はじめて一〇分かからぬうちに一体目が完成し、七分を待たず二体目が並ぶ。
その速さはしかし、作業の粗雑さ、乱暴さを示すものではなく、時おりやすりやら接着剤やら粘土のようなものを使って、彼女はすばやくかつ丁寧に、ロボットを組み立てていった。
あたしは啞然として、聞いた。
「このロボットとか、たくさん種類あるみたいだけど、──全部知ってるの? 前にもつくったことあるの?」
んー、と彼女は手を休めることなく、脇に寄せられた箱を見ながら答える。
「何体かはつくったことあるけど、ほとんどは、はじめてかな。やっぱり新商品が多いね」
「つくったことないのに、はじめてなのに、わかるの? どれがどれのパーツだか、説明書も見ないで?」
「まぁね。だいたいはわかるよ。箱を見れば完成形が載っているし、それに、……あのね、ただ見ただけだとロボットって、かっこいいだけかもしれないけれど、どのロボットも本当は、一体一体きちんとテーマに沿ってデザインされているんだよ? 『形』には、ちゃんと理由があるの。このロボットは飛ぶからこういう形だ──とか、この関節は速度重視だからこうなるんだ──とか、この装甲はライオンをイメージしているんだ──とかね。そういうテーマがわかれば、パーツの意味も、組み合わせも自然にわかるから」
「……いや、でも、すごい……」
いとも簡単にいうが、だれにでもできることではないだろう。これが名人芸であるのは間違いない。
あたしから思わずもれ出た感嘆のため息に応え、恥ずかしそうに微笑むと、手もとに新たなロボットを誕生させながら、ゆかりは首を振った。
「正直にいえば、外れることも多いんだけどね? ときどき、知っている人に答え合わせをしてもらうんだけど、鳥をイメージしているのかなと思ったら天使だったり、デザインにまったく理由がなかったり──だから結局は、慣れなんだけど」
……確かに、慣れ、というのなら、あらゆる生物がロボットに見える彼女に優る者などいまい。
これこそまさに、彼女の特異な視点が生み出した、他人に誇れる才能。
なぜだか気分が高揚してきて、あたしはゆかりの頭をがしがし撫でた。
「とにかく、すごい! これってすごいよ! 将来はこれで食べていけるんじゃない?」
「わ。食べていけるかな。あたしね、モデラーになってみたいって思うんだ」
「……モデ、ラー? モデルかなにか?」
「モデラーっていうのはね、こういうプラモデルの原型をつくるヒトのこと」
「──なれるよ! モデラーでもモデルでも、ゆかりだったらきっとなれる! こんなにつくるのうまいんだから!」
彼女の紫色の目は、きっとその夢を成就するための助けになってくれるだろう。
そう考えるととてもうれしくなってきて、弾む気持ちを抑えきれずに彼女の頭を撫でるけど、なぜだかゆかりは手を止めて、どこか悲しげな顔で、脇にまとめられたプラモデルの箱を見ていた。
しばらく凝視したのち、いった。
「でもたぶん、そのためには、ロボットアニメとかにも慣れないといけないよね」
「……そりゃまぁ、だろうね。よく知らないけど。……ていうかゆかり、ロボット好きなのにロボットアニメとか、見ないの?」
「…………そういうのって、残酷だから」
「へぇ、そうなんだ? でもああいうのって、子供が見るもんじゃないの?」
「でも残酷なの。……だからね、あたし、そういうアニメ見られなくて、プラモデルだけ買うんだ。そしてね、これってどんなロボットなんだろう、どんな活躍をしているんだろう、って想像しながら組み立てて、あとでそのアニメを見ている人に、想像と合っているかどうか、教えてもらうの」
「……ふうん」
ゆかりが見つめる箱には、まるで翼を広げたような、雄々しいロボットが載っていた。
片手に光る棒──刀? を持って、びしりとポーズを決めていて。
その周囲には、壊されたロボットたち。
主人公ロボットの敵だったのか、派手に破壊されている、かつてロボットだったモノの残骸。
あくまで絵であり、モノであり、赤い血を流しているわけではないけれど──
──やがて、ゆかりは組み立てを再開した。
パーツを手にし、ひとつひとつ、すばやくけれども丁寧に、ときには布で磨いたりして組み上げていく。その指先はやさしくて、彼女が本当に、ロボットを好きなことが、つくりあげるのが大好きなことが、伝わってくる。