あたしは思わず、つぶやいていた。
「──あたしも、一体ぐらい、つくってもらおうかな?」
たちまちゆかりが食いついてきた。
「本当? だったら今度一緒に買いにいこ! あのね、ガクちゃんに似合うだろうな! っていうのが出てるの! といってもどんなロボットなのかはよく知らないんだけど、でもとっても、かっこよくて──」
──でも結局、ゆかりには、どんなロボットでもいいんだろうなと、心の中につぶやいてみる。
彼女にとってロボットは、どんなものでも、すべからく愛するべきもので。
そんな彼女がつくってくれたのだったら、それだけで、あたしは満足できるだろう。
8.毬井・ザ・科学者? 編
──思い立ったが吉日、ということで、午前中のうちに依頼されたプラモデルの組み立てをすべてすますと(お金を取ればいいのにな、とか思ってしまうあたしは汚れているのか)、ゆかりはあたしを引っ張って模型店へと連れていき、彼女推薦のプラモデルを買わせた。
ネジとか使うタイプで、意外と大きくしかも高かったのだけれども、それはともかく。
そのままあたしの家へと向かい、部屋で組み立てようとしたところで、ゆかりはさらに、別の才能を発揮した。
じつはその日、あたしの部屋のエアコンは故障していたのだ。
修理を呼んだが夜まで来られない、ということで、だからあたしは涼ませてもらおうと朝からゆかりの家に押しかけていたのだが(結局は庭で汗をかいたが)、ゆかりは大喜びで、プラモ用の道具だけでエアコンを修理してみせた。故障の原因は単なるフィルター詰まりだったらしいが、彼女は「触るな危険」のシールを平然と無視してエアコンをバラバラに分解し、細々としたパーツにしたのち、まるでプラモデルをつくるかのように、あっという間に組み立てなおし、あたしを驚かせた。
「あ、あっさりやっちゃったけど、こういうのって、なんか資格とかいるんじゃないの?」
「うん。だからよい子はまねしちゃいけなくて、内緒にしなきゃいけないんだけど、家電製品くらいなら、あたしぜんぜんだいじょうぶだよ! 部品さえあれば冷蔵庫でも、電子レンジでも、パソコンだって組めるんだから! なにかあったらいつでもいってね!」
──これもやはり、彼女の特殊な目によるものなのか、というか、手に職があるって強いなぁ、というか、まだ中学生なのにこれだけのことができるなら、将来はロボットだってつくれるんじゃなかろうか? というか──
「……もシカして、ゆカりサンっテ、スッごく頭ヨイのでショウか?」
「わ。ガクちゃんなんでカタコト敬語なの?」
……おバカな子だと思っていたので、正直少々、ショックだった。
9.毬井の目に見えるモノ
「あのね、委員長。明日、あたしの友だちの、陸上の競技会があるんだけど、お天気、晴れるかな?」
「ほっほっほ。毬井ちゃんは友だち思いのよい子じゃのう。………………うむ。そうさな。天も微笑んでいるようじゃ、わしの見立てによると、明日は朝から晴れるだろうて」
「わ。ほんと? ありがと! でもなんで変なしゃべりかたなの?」
「……素でつっこまないでほしい……」
我がクラスの学級委員長の天気予報は、ほとんど外れたことがない。
だからうちのクラスでは、天気を知りたいときには委員長にお伺いを立てる。たとえニュースが晴れだといっても委員長が雨だというなら傘を持ち、そしてたいていの場合、委員長が勝利する。委員長には間違いなく天候を読む才能があって、だからあたしたちはクラス全員で委員長に漁師になることを勧めているのだが、そんなみんなの期待を歯牙にもかけず、委員長は天気予報士を目指している。
だが委員長は、はたして気づいているだろうか?
その才能を見いだしたのは、毬井ゆかりだということを。
委員長にはじめて天気を聞いたのは、ゆかりだった。
ゆかりが聞いて、委員長が答え、それが的中し──そんなやり取りが何度も繰り返されていくうちに、みんなが頼るようになり、委員長の予報の確かさが広く知られるようになった。
つまり、ゆかりが見抜いたのだ。委員長の天気に対する才能を。
どうして委員長に天気を聞いたのかたずねたら、ゆかりは笑って教えてくれた。
「あのね、委員長、あたしの目だと、すっごいセンサー装備しているのが見えるの。あのセンサーなら、天候の予測とかも簡単にできるかな、って思って」
……もちろんあたしの目からでは、センサーなんて見当たらない。
◆
翌日は、委員長の託宣どおり、朝から見事な秋晴れだった。
ゆかりは喜び勇んで、陸上部にいるという小学校時代からの友人の応援に出かけ、あたしもそれに付き合った。
もっとも、見た感じ、応援する必要などなさそうだったが。
ゆかりの友人だという陸上部員の実力は、素人が見てもわかるぐらいに抜きん出ていて、観客の反応からも、彼女が全国を目指せる器として期待されていることがうかがい知れた。
そんなすごい人と友だちなんてすごいね、というと、ゆかりは胸を張って答えた。
「あのね、ショウちゃん(陸上部員の呼び名)に陸上勧めたの、あたしなんだよ? ショウちゃんが部活選びに迷っていたから、あたしがアドバイスしたの。ショウちゃんは陸上部に向いているって」
「……それも、その、やっぱり?」
うん、とゆかりはうなずいて、あたしの耳もとに口を近づける。
「……これは内緒だけどね、ショウちゃんの足、すっごいローラーとバーニアが装備されているんだ」
ローラーはともかくバーニア、というのがなにかはわからないが、きっと、走るのに便利なものなのだろう。
ゆかりの言葉を証明するかのように、力強く地を蹴り風を切り、ずば抜けた走りでたちまち周囲を引き離していく『ショウちゃん』。
もちろん、委員長についているとかいうセンサーと同じように、ニンゲンがロボットに見えるゆかりだからこそそういうふうに見えるだけで、実際にはローラーもバーニアもない普通の足なのだが、そういうものを使っている、といわれたら思わず信じてしまいそうで、そういってみようとしたとき、はぁ、とため息をついて、ゆかりがぽつりとつぶやいた。
「……ショウちゃん、ちゃんとローラーとバーニア使ったら、もっと速くなるのになぁ……」
──なぜでしょう、背筋が寒くなりました。
◆
学校での昼休み、食後の雑談の戯れに、ゆかりに好みの男性のタイプを聞いてみた。
ゆかりは顔を朱に染めうつむいて、熱くなっているのを自覚したのかほおを冷やすように自分の両手をあてがって、わ、わ、わ、と唱えたのち、観念して、いった。
「……加則くん」
あたしは腰を抜かした。
同時に背後からもすさまじい音が響いて、見ると、天条が机を抱いて倒れていた。
クラスが違うにもかかわらずなぜかそこにいた天条は、あたしたちの視線に気づいて、すぐ立ち上がり、よいしょっと机をもどし、ぱんぱんと制服のほこりを払うと、ふん、と首を振ってそのまま教室を出ていったのだがそれはともかく。
加則、というのは、うちのクラスに実在している男子、加則智典のことだ。
つまり現実に存在し、身近にいるということだ。
正直、これは予想外だった。
ニンゲンがロボットに見える彼女のことだから、女の子がアイドルにあこがれるような感覚で、ロボットアニメからかっこいい機体を引っ張ってくると思っていたのだ。
にもかかわらず、「加則くん」、だと?
あんな、ぬぼーっとしていて目立たないやつが?