毬井についてのエトセトラ ⑦

 性格も──実はよく知らなくて、印象も、あいつってすごい糸目だなぁというぐらいしかないのだけれど、つまりそれほどとくちようがないということで、個性がないということで、そんなわけのわからないやつがゆかりの好み? 加則のやつ、いったいいつ、どんな手で、子供のようにじゆんしんなゆかりをたぶらかしたのか? それともゆかりのむらさきの目には、あいつがかっこよく見えているのか?

 人間はかいすぎる事態にそうぐうすると身体からだに力が入らなくなるらしく、あたしはに座り込んだまま立てず、机にぐったりつっして、たずねた。


「……か、加則が? あの加則? ……あんな特徴のないやつの、……どこが?」


 ゆかりはしばらくれていたが、いった。


「……あのね、『ドリルはおとこのロマン』って言葉があるんだけど、……それって、漢のヒトだけじゃなくってね、あたしにとってもロマンなの」

「……は?」

そくくん、デザインはリアル系なのに、すごいドリルを持っているんだ。大きくて、ぎらぎらしていて、見ているだけでふるえちゃうような、いまは止まっているけれど、いざ回転しだしたらもうどうにもできないぞ、って感じの──」


 あたしは、こちらに背を向け昼食を取っている加則をにらみつけてみたが、当然ながら、ドリルなんてものは見当たらない。


「……よくわからないけど、……それって、あいつは危ないやつってことじゃない? ドリルって、きようでしょ?」

「わ。それ誤解。ドリルはもともとせつさくこうなんだよ? それに、……ロマンだし」


 ……なんですか。ロマンって。

 ほんのりとほおを赤らめたまま、ゆかりは続ける。


「ほかにもね、ドリル持っている人いるんだけれど、やっぱり、加則くんのがいちばんかな。生徒会長さんのもなかなか惜しいけど──」

「生徒会長? あの人も持ってるの? 会長女性なのに? オトコのロマンを?」

「うん。会長さんのは加則くんと逆で、いつも回転しているんだけど、すごく回転が速いから、まるで止まっているみたいなの。こおりやいば、みたいなかっこよさがあって、だからあたし、会長さんの前に出ると、いつもきんちようしちゃうな」

「…………ちなみに、あたしは? なんかそういうのって、ある?」


 自分のことを聞くのは禁止していたのだが、気がつくと聞いてしまっていて、話の流れのせいか、ゆかりもあっさり答えた。


「ガクちゃんはドリルは持ってないけれど、はんようせいで最強かな」

「は、はんよう?」

「うん。ガクちゃんはすごいかんそうシステムを持っていて、そうえれば陸海空、しんくうちゆうでもマグマの中でも、あらゆる状況に対応できる。近接遠距離問わずに活躍できる。これってすごいことなんだよ? これだけのじようきようてきおうシステムは、……わ! だめだよ! こんなこと聞いちゃ!」

「ああ、ごめん」


 換装システム、汎用性──聞きなれない単語であったにもかかわらず、彼女の言葉は驚くほどに、すとんと胸に落ちていた。

 なるほど、確かにあたしがロボットだったらそういうものになるかもしれないと、くつ抜きで受け入れられた。

 なんだか自分の知らない自分を、ずばりと当てられた気がする。

 ──これが彼女の『見え方』なのか。


「…………ちなみに換装っていうのは、ドリルもつけられるってこと?」

「わ。ガクちゃんもロマンを感じた?」

「……いや、べつに、聞いてみただけ……」


 ──だんだが、なぜだかこの日から、てんじようこうげきがゆかりとあたしだけでなく、そくにまでおよぶようになった。

 じんきわまりない話だが、……まぁ、りつなドリルを持っているという加則なら、あたしとゆかりが助けなくとも自力で切り抜けられるだろう。


    ◆


 ──それは、通称『東京バラバラ殺人』と呼ばれてけんさわがせていた事件のようしやつかまった日のことだった。

 その日は、ゆかりの家族が小学校の親子キャンプでいないということで、あたしはゆかりの家に、泊まりがけで遊びにいっていた。

 泊まりっこ自体はよくやるのだが、あたしの家は道場がうるさく、ゆかりの家はお姉さん離れのできていない弟と妹がやかましい。

 その弟妹がいないということで、二人だけでゆっくりできる、と楽しみにしていたのだが、ゆかりは昼にあたしがたずねたときからずっと、落ち着きがなかった。


『東京バラバラ殺人』容疑者たいの知らせは朝刊にもり、昼のニュースでもやっていた。

 そして、ゆかりは食い入るように、そのニュースを見ていた。

 話しかけてもからへん

 ニュースが終わるとチャンネルを変え、他の局が事件の報道をしていないかさがす。

 テレビではもうやっていないのを確認すると、今度は新聞を広げ、逮捕された容疑者の写真を穴が開くほど見つめている。

 そのどこかせつまったように、あたしは問うことをひかえ、ただただ見守っていた。

 やがて。


「……ちょっと、ごめん」


 ゆかりはあたしにあやまると、意を決した表情で、どこかに電話をかけはじめた。

 子機を持ち庭に下りたのは、あたしに聞かせたくなかったからか。

 あたしはえんがわにこてっと横たわり、目の前に置かれたプラモデルのロボットをながめながら、なんとはなしに、ゆかりが話しているのを耳にする。


「もしもし……はい、まりです。……その、……はい、新聞で、見たんですけど、──あたしの目には、あの人は犯人に見えません」


 ぎょっとして身体からだを起こし、ゆかりを見る。

 ゆかりはすでに電話を切っていて、あたしの視線に気づき、力のないみを浮かべ、いった。


「……ごめん。ガクちゃん。あのね、夜に、人が来ることになっちゃった」


 実際には夜を待たず、夕方に、その客は、おとずれた。

 ごとにスーツを着こなした中年の男性と、それよりも少し若い、ちょっと頼りない感じのする青年の二人組。

 紹介される前から、なんとなく、二人がけいさつ関係者であることがわかった。

 庭からえんがわへと回ってきた二人の男は、あたしがいることに驚いたようで、ちゆうちよした表情を見せた。ブリーフケースを持った青年が、強面こわもてでなにかいいかけたが、中年のほうがそれをとめた。

 きっと、気がついたのだろう──意識してか無意識か、あたしにかくれるようにしていたゆかりが指先だけで、あたしのひじをつかんでいたのを。

 中年がいった。


「いいのか?」


 はっとしたゆかりがあたしから離れ、答える前に、あたしはうなずき、さらにゆかりと腕を組み、離れるつもりのないことを示す。

 わずかにもつこうしたのち、中年の男性もまた、うなずいた。

 縁側の前に立ち、しかし家には上がってこようとせず、話し出す。


「……では、手早くすませよう。まりさん。すまないが、……頼む」


 中年の視線を受けて、青年がブリーフケースからふうとうを取り出し、ゆかりに差し出す。

 あたしに向かって、いいながら。


「……きみは、見ないほうがいい」


 封筒から現れたのは、たくさんの、赤色がきわっている写真だった。

 ──血の赤と、肉の断面の赤。

 ──濃く、薄く、変色したはだいろどさまざまな赤──

 ちらっと見ただけで、わかった。

 ──殺人現場の、写真。

 きっと、あの、『東京バラバラ殺人』の、映画とかのにせものではない、本物の──

 急いで顔をそらしたとたん、目の前が暗くなり、自分が貧血を起こしかけているのに気づく。

 くらやみに完全に落ちるのをなんとか踏みとどまらせたのは、組んだ腕から伝わってくる、ゆかりの体温だった。

 ゆかりは、組むというよりしがみつくようにあたしの腕を取り、手に持った写真を見ていた。

刊行シリーズ

紫色のクオリアの書影