毬井についてのエトセトラ ⑧

 身体からだふるえていたけれど、むらさきいろの目をそらそうとはしなかった。

 だからあたしも、写真を直視できないぶん、せめてゆかりの支えになろうと決めて、る。

 ──どれくらいの時間、そうしていただろう。


「……もう、いいです」


 ようやくゆかりがそういって、写真がしまわれて。


「では、こちらを」


 青年がそういって、今度はバインダーが渡される。

 またも恐ろしいものかといつしゆんがまえるが、それは、複数の人物の写真をじたスクラップブックだった。

 調書、と呼ばれるものだろうか、胸から上の人物写真がられたれきしよのようなものが、五人分。

 中年の女性や初老の男性、セーラー服の女の子、と、写真の人物にいつかんせいはない。

 コピーなのだろうか、写真以外の部分はマジックで黒くりつぶされ、名前も住所もわからないようになっている。

 それぞれの調書に複数枚、角度の異なる写真がてんされており、それをゆかりは何回も、なおしていた。

 やがて、ゆかりは、一枚の写真を指さした。


「……このひと、です」


 青年が、驚きの声を上げる。


「……こ、この子が?」


 ゆかりが示したのは、どう見ても未成年、せいぜい高校生としか思えない、セーラー服を着た女の子の写真だった。

 中年の男性はどうだにしなかったが、青年は見るからにどうようしていて、しかしそれにまったくかまわず、ゆかりはげた。


「……はい。たぶん、このひと、です。こんな『こわし方』ができそうなのは、このなかで、このひと、だけ、です」


 いいきってから、あ、とあわてて首を振る。


「あ、その、もちろん、あたしにはそう見えるというだけで、実際にそうかどうかは──」

「わかっているよ。きみの意見はあくまで参考に過ぎない。結果がどうだろうと、きみが気にする必要はない。……すまないな、またこんなことを、子供のきみに──」

「……いえ、……今回は、こちらから電話しましたから──」


    ◆


 結局、二人の男は庭から上がらず、そのまま場をした。

 ちょうどそのとき、親子キャンプに行っていたゆかりの両親から電話がかかってきたために、あたしだけで彼らを見送ることになった。

 いつの間にか日は落ちて、外は夜。

 玄関の前に待たせていた車に乗り込むぎわ、中年の男性はあたしになおり、ぽつりと、いった。


「……きみは、彼女の、……ことを?」

「はい。知ってます」


 そうか、と肩をすくめると、中年の男は、ふところからタバコを取り出し、火をつけた。

 夜のやみの中、タバコの火が、やけに、赤い。

 すう、と大きく煙を吸い、吐き、なぜかその一服でやめ、ポケットから出したけいたいはいざらおさめると、男は再びあたしと視線を合わせ、いった。


「彼女の目は、とてもがたい才能だ」

「……はい」

「できれば、彼女の、──支えになってやってほしい」

「いわれるまでもありません」


 うなずき、どこかぎやくてきみを浮かべると、男は車に乗り込み、去っていった。

 車のライトが見えなくなるまで見送って、あたしは、ゆかりの待つ家へもどった。

 ──そしてその一週間後、『東京バラバラ殺人』事件のようしやが、しやくほうされたというニュースが新聞にった。


    ◆


 ──ゆかりの、プラモデルや家電製品の組み立てに見せるかみわざのような腕前も、結局は、ふくてきなものでしかない。

 生きモノがロボットに見えること、それこそがゆかりの真の『才能』なのだ。

 それは彼女を彼女たらしめる天からの贈り物ギフトであり、同時に彼女をのろうものでもある。それは否定することも、拒否することも許されない。彼女のしあわせも不幸もその『才能』なしには成り立たず、だから無条件に受け入れるしかない。それを否定することは、『まりゆかり』という存在そのものを否定してしまうことだから。

 だからあたしは、否定しない。

 だからあたしは、受け入れる。

 決して彼女のむらさきの目を、否定はしない。



    10.まり・ザ・SF? 編



 ある日の昼休みのこと。

 珍しくケンカをふっかけてこず──とはいえ軽いちようはつはぶつけてきたが──いつしよにお弁当を食べていたてんじようななが、弁当箱をしまい終えるや、にやりと唇をゆがませて、話し出した。


「……ところでまりぃ。あたし最近、SFにはまっているんだけど」


 さてはその話のために今日きようは友好的に見せていたのか、とがまえるあたしとは対照的に、なになに? とゆかりはうれしそうに、話をうながす。

 そこの悪い笑顔を浮かべて、天条は続けた。


「まりぃさ、こう考えたことはない? 自分はニンゲンがロボットに見えているわけじゃなくって、自分の見ているものこそ本物だ、って」

「へぇ?」

「つまりね、あたしたちは、自分が人間だと信じているだけで、本当は、ロボットなのよ。そうね──地球せいふくをたくらむ宇宙人が送り込んだ、しんりやくロボット?」

「侵略ロボット?」

「そう。社会にうまくまぎれこむために人間そっくりにつくられて、おまけに人間の記憶まで与えられていて、だからだれにも見分けがつかない。人間としか思えない。あたしたち自身、宇宙人から指令が来るまでそのことを忘れているんだけれど、やがて時が来ると、侵略ロボットとしての記憶がよみがえり、地球侵略を開始する──

 でもだれも、そのことを知らない。

 ただ一人、あなただけが、あたしたちの本当の姿を見ることができる。あなただけが真実に気づけて、あなただけが、この星を救うことができる。──ううん、それよりも、こうかな。──すでに侵略は終わっていて、実はあたしたちは自分が人間と信じているだけのロボットで、いまや本当の人間はあなただけ──だったらどうする?」


 なんて話をしやがるんだと、あたしはいきどおったが。

 ゆかりは天条を見つめ、微笑ほほえみ、答えた。


「……あのね、テンちゃん。……ガクちゃんも、こんなこといったら、気を悪くするかもしれないけれど」

「なに?」

「あたしは、自分に見えているものが、本物じゃない、なんて思ったことは一度もないよ」


 そういいきった、むらさきいろの瞳はとても澄んでいて、りりしくて。

 ──ゆかりは強いなと、思った。

 よく考えれば当然か。他人と異なる『見え方』が、『試練』にならないはずがなく、それを乗り越えてきたゆかりが、弱い人間であるはずがない。弱くいられたはずもない。

 むらさきいろの瞳が彼女になにを見せようと、きっと、ゆかりは負けないだろう。

 負けるとすれば、それはおそらく、ゆかりではなく──

 彼女の周囲の、人間だ。



    11.まりの風景



 あたしの家からゆかりの家へ行く途中には、ちょっとした丘があり、そこから下界を見下ろすと、ちょうどゆかりの家をながめることができて、周囲に休めるかげもあって、お気に入りの場所だった。

 ゆかりの家に遊びに行くときは、約束してあろうとなかろうと、必ずそこでとまってゆかりの家を確かめた。

 ときにはゆかりが庭に出ていて、庭の草に水をまいたり、プラモデルをつくったり、家電を修理したり、弟や妹と遊んでいたりしていて、それをただただながめていることもあった。

 ……ちょっとストーカーっぽいかもしれない。

 でも、とてもいやされるのだ。

 小さなものがちょこちょこ動いているのを見ると、なんだかほわっとした気分になれるのだ。

 とはいえそんなの言い訳で、けんほこれぬ行動であることはじゅうぶん自覚していて、だからその場所に先客がいるのに気づいたとき、恥ずかしいような腹立たしいような複雑な気持ちになって、逃げ出したくなった。

 けれども逃げるより先に気づかれ、声までかけられた。


「あ、オカッパ」

「オカッパいうな。オカッパいうのはあんただけだ。……てんじよう

刊行シリーズ

紫色のクオリアの書影