第一話 鋼の蜘蛛と《伽藍堂》 ②
「なあにー!
「そうかー? 肉とか野菜の仕入れの方がよっぽど金がかかるじゃん」
なぜなら、時は24世紀。
二度の大戦と数え切れぬパンデミックによって荒廃した末法の世である。
栄養粉末と合成油が人々の胃袋を満たす昨今、料理とはすなわち享楽。酔狂な人間の
「ごちそうさん! おいしかったー!」
行くべき店をウカが思案する合間に、リコは
「……買い出し、荷物持ちはリコちゃんの仕事だからね」
「はー? なんでだよ! この前だってオレが持っただろー!」
「だってわたし、子供だから重たい荷物を持てないもん」
「……まだ怒ってんのかよ……子供じゃないって自分で言ったじゃん……」
「都合のいいこと言わないのっ!」
「それはこっちのセリフだっ!」
食堂にリコの抗議が響き渡る。しかし、ぷくりと膨れたウカの頰には、なすすべもない。
「もう朝ご飯、用意してあげないよ」
「……なっ……」
「……」
「……分かったよ! 持てばいいんだろ! 持てば!」
つまるところ、《
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第三実験都市スコピュルス、旧称──東京。かつて日本という国家が存在した頃は、二十三区画に分かたれていたこの街も、現在十八区。リコたちが暮らす《アラカワ》の北を流れる巨大河川《アラカワ・リバー》の向こう側は
しかし、人間がかろうじて生き延びた他の区画も、自然の脅威とは常に隣り合わせ。大戦直前までに積み上げられた高層建築物は、今や巨木と
人々が歩き回れるのは、かろうじて自然に侵食されていない
そんな中を、異様な二人が
かたや、漆黒のロングスカートとエプロンに身を包んだ小さなメイドである。
朝の怒りはどこ吹く風と、一歩《
されど、彼女に近づく者がいないのは、隣を歩く用心棒のせいに違いない。
肩までざっくり
ただ、今日は犬というより、ロバである。両手にいっぱいの荷物を持ち、背中には巨大な籠。そこにもはみ出さんばかりの食材が入っている。
「……な、なあ……まだ買うのか……?」
さすがの用心棒も、積載重量百キロの荷物には骨が折れる。いや、文字通りその
しかし、ウカは足を速めるでもなく、周囲の屋台に目を配る。金属部品のジャンク屋から、出所不明の人工臓器、時折食料を売るYAOYAやMATAGIの店もあるが、昼も近い頃合いには、どこもかしこも店じまいを始めていた。
「目的のものは手に入ったけど、まだリコちゃんが余裕ありそうだから。何かないかなって」
「いやいや! これ見ろよ! 重いよ! すげえ重いよ!」
「ほら、そんなに叫べるんだから、まだまだ元気だよ」
「空元気だよっ! 黙ったら死にそうなんだよっ!」
「でも……わたし、重たいものを持つとすぐに
「いつも
こんなやり取りは今に始まったことではないので、リコもすぐに諦める。《アラカワ》の中央市場の端は目と鼻の先。あと少しで、まっすぐ帰路に着ける──と、思ったその矢先。
「あ、ちょっと待って」
ウカが足を止めたのは、片付けをしていた行商の店だった。市場の周縁部は基本的に持ち場を持たない行商人が寄り集まる。主人らしき頰のこけた男の背後には、移動用の
「すみません、ちょっといいですか?」
ウカが声をかけると、店主ははっと顔を上げ、すぐさま申し訳なさそうに頭をかいた。
「あー、悪いけど、この通り今日の売り物は全部はけちゃって……」
道端に広げられた
「それは、売り物じゃないんですか?」
「あれ? お客さん、HAWを知ってるの?」
「
「いやいや、もうあげるよ。
店主は網を取り外し、どさりとリコの前に置く。よく見れば、中に入っていたのは中型犬ほどの大きさのロボットで、形は
「タダでいいんですか? わー、ありがとうございますっ! 本当に
ウカが外向けの作り声と見事な笑顔で礼を告げる一方、リコの眉間にはますます深い
「……待て、ウカ」
「なあに?」
「《
「……」
「ウカの趣味が機械いじりだってことは知ってる。別に何を買おうが自由だ。でもさ、この買い出しは《
リコは珍しく真剣な顔つきでウカを見つめた。同居を始めて丸一年。仲良くやっているつもりではあるが、締める時は締めなければ。親しき仲にも礼儀あり、心安きは不和の基、である。
しかし、ウカは「え?」と首を
「リコちゃん、何言ってるの?」
「……だから、いい加減冗談は冗談としてわきまえて」
「だって、これ、食材だよ? 《
「はあああああ? いや、見るからに機械じゃん。ロボットじゃん。こんなの食うやつどこにいるんだよ! 全身機械の機工体だって、ネジを食うやつはいないだろ!」



