第二話 竜と親子と不老不死 ③
するとカクタスはすかさず、店主に声をかけた。
「蜜がけ一つ追加だ。俺に四つ、こいつに一つな」
とはいえ、準備など大したものではない。
カクタスが選んだこの屋台、商品は「オイル・バー」である。別名、圧縮された脂肪。はたまた、豚人間の安燃料。栄養粉末に油と調味料を混ぜて押し固めたものである。油の種類や味付け、または「蜜掛け」のように添え物があることで多少のバリエーションがあるものの、リコに言わせればどれも変わらない。最後の
「……うっわ……」
すぐさま目の前に出てきた蜜掛けオイル・バー。リコの食欲はますます失われる。拳銃のマガジンほどの大きさの四角い物体が、あろうことか油で揚げてあった。そこに粘性の高い黒蜜がたっぷりとかかっている。
ただし、ちょっと鼻を近づけると、なにやら蜜とは異なる甘さが香る。
「八角と……シナモンか。案外凝ってるじゃん」
「冷めねえうちに食ってみろって、ここいらじゃ、案外オイル・バーの味も洗練されてきてんだよ。こうも屋台が多いと激戦区だからな」
カクタスに促され、リコは箸でオイル・バーをつまむ。それには薄皮の衣があって、一口
「ここはな、
もごもごと既に二本を平らげたカクタスが横から解説する。黒蜜に溶け込んだ豊かな香りが香辛料の香りによって引き立っていた。
「……くそ、中々うまいな……」
「だろぉ? 一本じゃ足りねえだろう」
「いや、さすがにそれはいい」
まあ、うまいが油っぽいことに変わりはない。あと一か月は食わなくてもいいと思わせるしつこさがあった。リコは既に鼻頭から油分が
「でもさあ、オイル・バーを油で揚げたら粉末の油溶性栄養素が溶けるだろ? 何のための完全栄養食だよ」
「知ったことか。
「断る」
さすが、現代の「RIKISHI」である。リコは度々思うのだが、カクタスが「《アラカワ》の
見ているだけでも吐き気を催すオイル・バー四本をカクタスはぺろりと平らげ、サービスのお茶で一気にのどを洗った。店を出ると、入店から退出まで、この間五分。ファストフードとはかくあるべし。リコたちが出た途端、入れ替わるように他の客が
人込みをかき分け、ようやく屋台街の外に出ると随分と涼しい風を感じた。芳香と悪臭のカオスを脱出し、周囲の気温も幾分か和らいでいる。雨と土の混じった冷気が再びリコの胸を満たした。リコはカクタスの隣を歩き、周囲にひと気が無くなった頃に話を切り出す。
「それで、今日はどういう
すると、カクタスはその問いに答えもせず、
「とりあえず、これを打っとけ」
その途端、リコの眉間には深い
「……新品のPACが必要なほど、やばい話なのか」
「
「……ん?」
「その頰の傷、もう治ってるじゃねえか」
「ああ、これか、先週打ったやつが残ってたのかな」
新人の発砲で生じたリコの頰の傷。それはカクタスの言う通り、もはや跡形もなく消え去っていた。まるで時が逆巻いたかのように、リコの顔には痕一つ残っていない。
PAC。
これは魔法か?
──否、科学。
多能性無核細胞Pluripotent Anucleate Cells、通称PAC。人類の新時代をもたらしたバイオ革命の起爆剤。マトリックス工学とプロテアソーム操作の果てに
早い話、これを打てば人は死なない! どんな傷を負ったとしても、復元可能!
誰でも使えて、拒絶反応はなし。人類はPACの誕生と共に、死という運命に別れを告げるのです。BYE-BYE-DIE!(※効果には個人差があります)──とは、PAC最初期の売り出し文句。
とはいえPACも完璧ではない。確かに「個人差」が色々ある。その一つは再生効率。ちょっと使っていっぱい効く者もいれば、いっぱい使ってちょっとしか効かない者もいる。前者がリコで、後者がカクタスである。
リコはPACの吸収、保持、利用の効率が並外れて良い。それゆえ、何日も前に打ったPACだけで、頰の傷など簡単に治る。逆に、そんなリコに新品のPACを渡すということは、それほどヤバイ仕事だということ。
リコはカクタスから渡された注射器の封を切り、慣れた手つきで静脈に針を突き刺した。半透明の液体がぐんぐんと血中に放出される。一瞬、リコの胸がどくんと高鳴った。全身の古い細胞、死にかけた老廃物が一挙に押し流され、汗がにじみ出る。どこかから「ほーら、シャワー浴びておいてよかったでしょー?」という声が聞こえるが、それはリコの幻聴か。
「これ……すっげえ、キマる」
「政府配給の純正PACだからな。混じりけがねえ」
「……うわ、最高級品じゃん。なに、オレにそこまで払うってことは、どうしても他の人間の手を借りたくないってことか?」
「……まあな、元々この話は違法なPAC工場の摘発だったんだが、渡り竜が一匹飛び込んできやがって、そこに居座っちまったんだよ」
「PAC工場……? なんでそんなきな臭いところにオレが呼ばれるんだよ。そんな施設規模の案件なんて、自分の部下にチャカでも持たして突っ込ませろよな」
「いや、そういうわけにもいかない」
「なんで」
「銃なんか使ってみろ。竜の肉が傷むだろうが」
「……は?」
「外部の人間を呼ぶわけにはいかず、かといって《シード》の連中は狩りのかの字も知らない。それがどうだ。お前は多少経験もあって、多少身内で、銃を一切使わないときてる」
「……」
「
「……そう、ですか……」
「よろしく頼むぜ、《
鋼の
3
《アラカワ》の朽ちたビルの合間を鉄の塊がひた走る。
それは大戦後に放棄されていたLAV──旧国軍軽装甲機動車の魔改造であった。人呼んで、《
目的の工場は《アラカワ・リバー》にほど近い、巨大
「──でもさあ、そもそもなんでそんなところを見つけたんだ? 結構危ないだろ、あの辺。ジャングルも近いし、《シード》の分局もなかったはずだし」



