分析1 ラブレターを分析する ②

「トミノ、お前は俺にとって世界で唯一にしてかけがえのない大切なわいい妹ですよ、だけどな、だけどな、腕を組んで歩くのはキモイわ」

「えええーっ!? こんなの普通だってみんな言ってたよ!」


 すでにだまされているのか。お前の将来を思うと俺は涙が止まらないよ。これからもどうかきりっとした表情を作り「怒らせたら怖い人」路線を突き進んでほしい。


「なに、トキオは私に甘えられて嬉しくないの」


 別に嬉しくはない。でもそう言ったら怒らせてしまうかもしれない。すねると長引くことはよく知っているので、とりあえずトミノの好きにさせてやることにした。

 屋上に向かって歩き出すと、自分でもびっくりするくらい違和感があった。

 妹と腕を組んで校内をお散歩。これ何の罰ゲームだよ。

 俺はいまからラブレターに書かれた場所に行く予定なのに。なんだか恋の予感がじんもしねーよ。手紙の送り主がこんな状況を見て「あ、彼女いたんですか」みたいに思ったらどうしてくれるんだよ。告白の呼び出しに彼女を連れていく男とかざんぎやくにもほどがあるぞ。

 あ、ダメだ、変な汗かいてきた。

 人の視線が気になって気になって仕方ない。あかんわこれ、いたたまれない、早く屋上に逃げさせてくれ。

 トミノはトミノで兄のしようそうなど知らず、ぴったり体を寄せながら不器用にとなりを歩いている。こいつ、彼氏と腕を組んで歩いたことないんだな、この様子だと。

 こうして連れ立っていると幸運は引き寄せられても、恋愛運は遠ざかっていくと思うぞ。


「トキオ、なんだか嬉しそうじゃないね」

「ん?」


 妹に腕を組まれにやにやするお兄ちゃんであってほしかったのか。


「これから告白されに行くんでしょ。にしては怖い顔してる。もう少しわくわくしてもいいと思うけどなぁ」

「ああ……んー、まあなぁ。でも、断るつもりだし」

「そうなの? 彼女いないくせに?」

「い、いいだろ別に。それともなんだ、彼女のいないすべての男子高校生は告白されたら必ずオーケイすると思ってんのか」

「ちっ、違うの?」


 それもだまされた結果なの!?


「違うよ。どう断ろうか悩んでるくらいだ」

「どうって? 普通にごめんって言えば?」

「それじゃ傷つけちゃうかもしれないだろ」

「ん? そんなこと気にする?」

「気にしちゃうんだよ、人の痛みに敏感だからな、兄ちゃんは」

「へー。のほほんとした顔でよく言うよね」


 あれ。さっき怖い顔してるって言ってなかったっけ?

 こいつ言ってること適当だな。

 トミノにつかまれながらとりあえず四階まで上がり、あとは一年の教室が並ぶこの廊下を突っ切ればすぐなのだが、ここがなかなかに難所であった。

 授業を終えた一年生たちの中にはトミノを知る人間も多数いるわけで、どうにも視線が一気に集中し出した気がする。


「トキオ、ここ私の教室。C組」

「そ、そうか。じゃあさっさと通りすぎようか」


 めちゃくちゃ見られてんじゃねーか!

 ほほましいものを見たように笑う男子もいれば、信じられないものを見たように顔を引きつらせる女子もいる。となりのあの子も向こうのあいつも、明らかにトミノと俺を見てひそひそ話をしているじゃないか……! 何が起こったのかと廊下に身を乗り出して俺たちを観察しようとする変なヤツまでいる。

 こいつらの中のだれかがトミノを騙してこの事態を引き起こしやがったわけだな。どいつだ、占いが書かれていそうな雑誌を持っているヤツはいないか、なまはげに代わり俺が成敗してくれるわ!

 そんなこんなで。

 辿たどり着いたは屋上階。ドアを開ければほらすぐに、空と少女が見えるはず。この向こうに恋する乙女が待っているわけだな。しかもなんと俺に恋する乙女が。

 なんだかテンション上がってきたな! 屋上に呼び出されて告白って、人生で一度は経験しておきたいビッグイベントだと思うんだ!

 だがしかし、そんな甘酸っぱい経験をこれからしようというのにどうにもん切りがつかない。なんてったって、断ろうとは決めているわけだからなぁ。断らなきゃならないのがつらい……いや、断ることで傷つけてしまうのは辛いが、無視するのもそれはそれで相手を傷つけることになってしまう。


「あーどうやって断ろうかな。トミノ、お前告白されて断ったこととかないの」

「私はそういうとき、申し訳ないけど見なかったことにしちゃうから。面と向かって断らないよ、普通は」

「普通は?」

「ん……うん、普通は」

「ふーん」


 もしかしてこいつ、何度か告白された経験があるのかな。それに、ラブレターをもらったことありますって言い方だよな、いまの感じは。

 兄と違って妹は恋愛に関して強者なのか? 顔のつくりは似ているのに、二人の違いは性別と表情だけのはずなのに。どういうことだこれは。


「ま、告白への対処なんて人それぞれでしょ! トキオも早くいっちゃいなよ!」

「まだ心の準備が」

「大丈夫だよ。案ずるより無我の境地って言うしさ」

「そうだな、行くか…………え?」


 言うっけ? 案ずるより産むがやすしじゃなかったっけ?

 こいつ言ってること適当だな……。


    ***


 屋上には強い風が吹いていた。

 快晴といってよい青空の下、春の暖かな風が異様な速度で流れていた。鉄柵に囲まれた広々とした空間を見回すと、そこには。


「…………まだ来てないみたいだな!」

「トキオ」

「下駄箱でラブレターを見つけてからノータイムで直行したのが悪かったみたいだな!」

「トキオ」


 妹が優しく俺の手を引いた。ガラス細工の小物を扱うような、せんさいな動作だった。トミノの顔を見ると、兄妹として過ごした十数年のうちで最も慈愛に満ちた表情をしていた。


「からかわれたんだよ」


 純真な目で状況を見極める妹の優しい声が風の中に流れていった。

 どうやって断ろうかなーなんて上から目線で甘っちょろくやってきてみたらこんな残酷な状況に突き落とされるとは。人生の谷は山より広い。上り坂を見つけて浮かれているとすぐに痛い目を見る……。

 いや、認めん。俺は認めんぞ。


「いや、どこかに隠れているのかもしれない。探すぞ、妹」

「悲しい現実に立ち向かう姿勢に感動した。手伝おう、兄」


 口では感動したとか言いつつ、さっきまで新婚夫婦みたいにべったりだったトミノがすーっとはなれていった。なんだこれ。


「俺が南側を探す」

「では私が左側を」


 この位置から見て左が南である。俺は何も言わずに北側へ歩を進めた。

 ところが探す場所なんてありやしない。屋上のしきの九割以上は一望できるのだからそれも当然、こんな場所のどこに希望が隠れているというのか。

 けなにして純真な妹は表情も変えないまましきりに首を動かして南側を確認する。笑い飛ばしてくれた方が良かったとはいまさら言えない。

 いるわけないのはわかっているけど、妹に助力を申しつけた手前なにもせずあきらめるのもどうかと思い、一応探している振りをする。屋上入口のドアからわずか死角になっている給水タンクの向こう側に回り込んでみた。


「うっ………………いた」


 予定とちょっと違う人がいた。できればいてほしくない人がいた。

 そこにいたのは、時代遅れの使い捨てカメラを構えたまま硬直している変な女子生徒。

 長すぎる髪、白すぎる肌、そしてなぞすぎる行動。人外じみた髪の長さはともかく、まったくもってかんなことではあるが、どうにもその顔には見覚えがありすぎる。

 女子は顔の前からカメラをどかすことなくぐるりとこちらを向いて、そのままぱしゃりと写真をった。


「何してるんだ、テル」

「激写。見出しはこう、『カモトキくんが屋上に女を連れ込む』……」


 また意味のわからないことを。恵まれた顔立ちをすべて台無しにするその珍妙な行動はもはや日常茶飯事で、今日もまた屋上で何かしらアホなことをたくらんでいたのだろう。長すぎる髪はもちろんカツラで、何かしらの意図があるんだろうな。

 そして屋上にやってきたのが俺だと気づいたはいいが、となりに見知らぬ女がいたから話しかけられずについ隠れちゃったのか。わいいヤツだな、お前は。ちなみに俺の名前は。中途半端な略称はやめていただきたい。


「あれは妹のトミノだ」

「なぁんだ! やっぱり妹か! 一つ下の学年にいるって言ってたもんなぁ!」


 妹と判明した途端にテンションを上げられても困る。

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赤村崎葵子の分析はデタラメ 続の書影
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