分析1 ラブレターを分析する ⑥
「これが授業時間中に書かれたものであるとするなら、手紙が仕掛けられたのが朝ではなく放課後だったのも
「なるほど……っていやいやいや。昨日までに書いてあったものを持ってきて今日下駄箱に置いたんだろ。普通はそう考えるだろ」
「昨日まで──少なくとも今日の朝までに家で書いてきたなら、学校に持ってくるまではおそらく手紙は封筒の中にあったと推察される。だがそうなるとおかしなことがある。折れ目だ」
「おれめ……?」
「その封筒に……その手紙が入っていた、と」
テルは手紙を折りたたみ、封筒の中に入れる仕草をする。
おお、言いたいことがわかってきた。
「なるほど。折れ目が合ってない」
「うん。封筒も
「え。考えにくいか?」
「君なら、愛の言葉がしたためられた手紙をむき出しのままにしておくか?」
「しない、かなぁ」
うーん、納得できるような、できないような。
妥当性は感じるが確証はない。ロジックが甘い気もする。だけど、テルが分析を続けていくうちにそういうものかと思い込まされてしまう。
おや、これっていわゆるペテンってヤツなんじゃ……?
「これが書かれたのは授業時間中だと判断するのが妥当だろう。今日この学校内に来てから書いたんだ」
「学校に来てからラブレターを書く。別におかしくないんじゃね?」
「手紙にしたためるほどの
「いや、そうじゃなくて。たとえば手紙を書くことは決めていたけど、なんて書こうか悩んで友達に相談したとか」
「うーん。この文面からそういう空気を感じるか?」
「感じないかも」
「感覚でものを言うのはよくない」
「お前が言い出したんだろ!」
なんだ!? この感情はなんだ!? 俺はいまのほほんとした顔してんのか!? してねーだろ!?
「休み時間にちょこっと書いただけってこともあると思いますけど……わからないなぁ、何か問題がありますか?」
「これが呼び出すためだけの手紙ならそれもある。しかし文章量は
「う……!」
「時間をかけて前もって用意してきたものと考えるのが妥当と思うが」
「うう……!」
「では、この手紙が書かれたのはいつどこか? 情報が
確かにその通りだ。テルの分析が正しいとすれば、これは矛盾に他ならない。どこかにねじれが発生している。
「それに、人物像も一定でないな。これほど丁寧な文章を書く人間が、手紙も封筒もこんな雑に折り曲げてしまうものだろうか? 文面から伝わる愛の深さがどうにもこの渡し方には感じられない。書いた人間と送った人間は別なのではないか?」
「なるほど……」と俺。
「な、なるほど!」と妹。
あれ。
テルのヤツいま感覚でものを言ったか?
……いや、気のせいだよな、自分で良くないと言ったことを実践するわけないもんな、思い違いだろう、きっと。そうさ、勘違いさ、ハハ。
「そろそろ、これをただのラブレターだと判断することの危険性が理解してもらえただろうか」
「言われてみるとそんな気がしてきた」と俺。
「私もそんな気がしてきました!」と妹。
あれ。
手紙がラブレターだと証明するために分析している最中ではなかったか?
俺のために一肌脱ぐって言ってたはずだよな?
な、なんだろう、ちょっと心がかさついてきた、かな、ハハハ。
テルは目的などとうに忘れて分析ごっこに夢中になっている。再び俺からラブレターらしき何かを奪い取ると、空に掲げて
テルは手元でひらひらと、手紙をいじって遊びに遊ぶ。お前それじゃ文字が読めないだろと問い詰めてもいいかな。
「フフフ。なるほどな。わかってきたぞ」
「本当か!」
「しかしこの分析を裏付けるには少々情報が足りないようだ。一つ質問をしてもいいかな」
「いいぞ、早くこの無駄話を終わらせてくれ」
「そうか。ではトミノちゃん、いま付き合ってる人か、気になってる人がいる?」
「俺にじゃねーのかよあああああああ!?」
あーダメだ! もうガマンできない!
人が
「てめええええええええええええうぐッ!!」
あまりに脈絡のない質問に
「トキオ。表情が崩れてる」
「あ、ああ、すまん。ありがとうトミノ」
怒らない、怒らない。そう、俺は他人の痛みに敏感な、優しい優しい男子高校生だもんね。まかり間違っても同い年の女子にキレるなんてことがあっちゃならないね。フゥ、
「妹
「すり替えたな!? 俺がキレてるのは頭のおかしい同級生がわけのわからん妄言を吐きまくっているからだというごく当然の理由を兄妹愛の証明にすり替えて良い話にしようとしたな!? てめえええええええええ!! オラアアアアアアアアアアアア!!」
猛り狂う俺の脇腹にトミノがヒザで攻撃した。一瞬目がチカチカした。
「トキオ! キャラが崩れてる!」
「あ、ああ、すまん、ありがとうトミノ」
でもそこまで過激な手段でなくても俺は正気に戻れたと思うぞ!
「怒りっぽいなぁカモトキくんは。でもそんな君が私は好きだよ。で、トミノちゃん、質問の答えは?」
「いますよ、好きな人。付き合ってるわけじゃないですけど」
トミノはあっさりとそう答えた。兄はそんな話をまったく聞かされていなかったので内心少々動揺しているのだが、そんな様子はおくびにも出すまい。
ちっと寂しいぜ。兄には相談してくれないのか妹よ。
「ふむ。冗談はさておき、これで分析は完了だ。
「これは?」
ごくり。
「この手紙は、君に『狙撃又はそれに準ずる行為』をするためのものと推察される」
………………。
………………!
「どうしたんだカモトキくん。脅しをかける借金取りみたいな顔してるぞ。いつもののほほんとした顔はどうした」
「な、何でもない……!」
「表情だけで感情を伝えようとするのはやめてくれ。イケメンがダ・イ・ナ・シ・だ・ぞ!」
なんだ!? この気持ちはなんだ!?
もしいま俺の手中にミサイル発射ボタンがあれば勢いで押してしまいそうなこの気持ちはなんだ!? 俺ってこんなに怒りっぽかったっけ!?
「よろしい、根拠を説明しよう。
「それはわかってる」
最初からずっとわかってる。
お前が余計なことさえ言い出さなければそれ以上のことが議題に上がることもなかっただろう。
「そう、わかりきってるのはそこまでだ。ここに告白者がいない以上、呼び出した理由は告白ではないと考えるべきだ」
「告白じゃないなら
「おそらくは、本気さを暗に伝えて無視しづらくさせるためだろう。内容自体は何でも良かったのだろうから、図書室に行って恋愛小説でも探れば似た文面が見つかるかもしれない」
確認する気力はないが、たしかに何かを参考にしたなら、二枚分も書けるかも。って、いやいや、相手が文章を書くことに慣れている人間なら普通に二枚くらい書くとも思うが……。
「では君を屋上に呼んで何をしたかったのか? せっかく屋上に呼んだのに、何ひとつカモトキくんへの接触がないのはおかしい。どう思う、妹ちゃん」



