分析1 ラブレターを分析する ⑦

「屋上へ呼ぶことがそもそも目的でなかった、とか? もしかしたら、放課後に呼び出すことで、トキオをすぐに帰らせないことこそが目的だったのかもしれませんね。トキオを帰らせたくないと思っている人物、屋上に呼び寄せようとした人物…………あっ」

「テルゥゥゥゥゥゥお前が犯人かあああああああああ!!」

「あっ脇はやめろっあっひひひひひひひひひひ!」


 背中からつかんで思い切りくすぐってやった。羽交い絞めにしながら、もむようにして脇の辺りをぐりぐりと指でいじめてやる。テルの弱点ならいくらでも知ってるぜ、ほーら額に汗が、足にふるえが。涙が出るまで逃がさないぞ悪党め。

 なるほど、だからお前が屋上にいたのだな。これですべてがつながったぞ、イタズラという名の……悪意に満ちた言葉でな!


「やっ、あぅ、やめへへへやめろほぉ!」

「楽になりたきゃさっさと白状しろい、罪深きじよめ」

「ちっちがっ私じゃなはははははははは!」

「正直に言わないと火あぶりに処するぞ」

「やだ! 制服一着しか持ってない!」

「なんで肌は焼けずに済むものだと思ってんだよ!?」


 魔女か!? 魔女なのか!?

 そういうのいいから! 魔女のフリしてくれなくていいから!

 反応がちょっと面白かったので、しょうがなくテルを解放してやった。笑いすぎて息が乱れている姿がなんとも扇情的だったが、何か言えば勝手にこいつはつけあがるだろうからあえてコメントはしない。

 テルはなんとか呼吸を落ち着けたあと、俺たちの関係にドン引きしている妹の顔を直視してすぐ正気に戻り、何事もなかったかのように説明を再開した。


「情報を整理しよう」

「そうですね、私ちょっとわからなくなってきました」


 安心しろトミノ。こいつの言葉がわからなくても人生はおうできるし、青春は光りかがやくことができるのだぞ。


「放課後、カモトキくんの下駄箱には一通のラブレターが届けられていた。しかし屋上に来ても呼び出した人間がいなかった。そこで分析をしてみると、手紙はなぜか放課後突然現れたもので、その内容は過剰とも思える文章量で、書き手と送り手が一致しないような状況にあり、封筒と便びんせんが別々に用意されたような痕跡があった。ラブレターとしては異質であるから、呼び出した理由は愛の告白などではなく、他に目的があると推察され、それを私は『げき又はそれに準ずる行為』であると仮定した」

「うん」


 ふむ、そういうことだな。


「うんー?」


 妹の方はよくわかってないらしいがほっとこう。


「というわけで、残った問題はあとひとつ。『狙撃又はそれに準ずる行為』とは何なのか?」

「おお、ようやく一番アホな話に切り込んでいくわけだな」

「屋上という場所の特殊性を考えれば話は早い。学校において、屋上という場所はどんな性質を持っているのか。まずひとつに、いまわかるように見晴らしがいい」


 な、なんだか急にのどかな話になったか?

 見晴らしがよくて素敵ね、なんて乙女チックなセリフはテルにちょっと似合わない。


「何か不満でもあるのかいカモトキくん」

「いいや、ないよ。テルは今日も美人だね」

「ありがとうカモトキくん、愛してるよ」


 お互い、言葉に心を込めるということを知らないので言いたい放題だ。


「見晴らしがいいということはつまり、カモトキくんに一定のきよを取りつつ、かべに視界を阻害されないかんきように呼び込めるってことだよ。そしてその中で行われることこそが『げき又はそれに準ずる行為』だよ。狙撃じゃなくてもいいんだ、ただ、狙撃にも使える環境だからそう呼んだだけで」

「はぁ」

「君への何かしらのアクションがなされていないのはなぜか? 君がここに来た時点で目的が達成されているからだ。合わせて考えれば、カモトキくんと一定の距離を取りつつ、壁に視界を阻害されない環境に呼び込めばそれだけで目的は達成された。なぜか?」


 おお……核心となる部分がついにあらわになるのか。テルの分析、その答えを聞かせてくれ。この長々とした分析の、そのめくくりを聞かせてくれ。

 テルがゆっくりと、ゆっくりと俺に近づいてくる。


「そういえば……さっきから南棟の屋上でダンスの練習をしている連中がいるが、どうにもこちらをちらちらと見ていた気がするなぁ」

「え」


 俺のとなりに陣取ると、テルは優しく俺の肩をたたいた。


「からかわれたんだよ、カモトキくん。ぷっ」


 肩に置かれた手が小刻みにふるえている。

 笑いをこらえる素振りを少しも見せず、ついにはテルは大口を開けて笑い出した。


「良かったな、妹に腕をつかまれてここに来る様子がばっちり見られたかもな! ハハハハ!」

「最初から……」

「ん?」

「最初から結論が変わってねーだろうが!! あんだけ無駄な分析で遠回りしやがって!! 結局はただ俺が偽ラブレターにだまされたことを証明しただけじゃねーかよてめえええええええええええええオラアアアアアアアアアアアア!!」

「あっだから脇はやめろいっひひひひひひひひひイヒー!!」


 もはや理性に押しとどめられるレベルを超えていた。

 怒りだか痛みだかわからんなぞの感情が俺の体を支配して、ひたすらテルの体をくすぐり続けろと命令している。

 屋上に倒れこみ、もみくちゃになっている俺たちを見ながら、トミノが一歩後ずさった。


「トキオ……妹の前でイチャイチャするのはちょっと……キモイな」


 もはや自分でもどんな顔をしているのかわからなくなってきた俺とは違って、そうつぶやく妹の顔は、いつも通りきりっとしていた。


【 チャットルームにて 】


Wilhelm :そんなことがあったんですか。大変でしたね。

トキオ  :まったくです。結局イタズラの犯人は見つからないし

Wilhelm :イタズラではなかったと思いますよ

トキオ  :え?

Wilhelm :場所の指定がおかしいでしょう。普通なら、あなたがだまされてのこのこやってくる姿をかんできる場所を選びますよ。屋上は適していない。隠れる場所がほとんどありませんから

トキオ  :言われてみれば、騙されてのこのこやってきた俺の姿を見ていたのは

トキオ  :自発的にのこのこやってきて部活動してたアホだけでした

トキオ  :あれ? でもとなりの校舎の屋上から見ていた人間がいたって

Wilhelm :では逆に聞きますが、あなたがそういうイタズラを仕掛けるとして、隣の校舎の屋上に待機しますか? 遠すぎて望遠鏡がなければ表情も見えない、これはジョークだと即座に伝えることもできない…………私なら、その選択はしないです

トキオ  :たしかに

Wilhelm :手紙の文面、どんな筆記具で書かれていたか覚えていますか?

トキオ  :シャーペンだった

Wilhelm :修正ができた、ということですよね。書き直した跡はありましたか?

トキオ  :いや……おくにない

Wilhelm :そうですか。では、筆圧はどうでした? 強めでしたか?

トキオ  :普通だった……と思う。れいで丁寧な字で、しっかり書かれてた

Wilhelm :ある程度の筆圧があれば、光の当たる角度次第で修正の跡がわかります

トキオ  :修正って、何を修正するんです?

Wilhelm :おそらくは呼び出し先を。だから屋上には人がいなかった。

トキオ  :なぜ屋上に?

Wilhelm :屋上自体には目的がなかったと思います。どちらかというとそこに着くまでが大事だったんじゃないでしょうか

トキオ  :うーんわからない

Wilhelm :手紙の中であなたは何て呼ばれていたか覚えていますか?

トキオ  :『あなた』。それと『さん』だった。間違いない。

トキオ  :さん付けしてたからたぶん一年生だろうって思ったんだ

Wilhelm :加茂さん。なるほど。下級生が上級生を呼ぶときにさん付けをするのは一般的ですね。でも、あまり親しくない女性をさん付けで呼ぶのも一般的ですよね

トキオ  :え…………

Wilhelm :あなたには妹がいるんですよね。もしかして、ですけど、その手紙をもらった当日はいつもより仲良さそうに振るったり、彼氏のごとをさせられたりとかしませんでした?

トキオ  :した。すごく甘々だった。腕に抱きついてきた

Wilhelm :では、これで確定したと思います。おそらく、『転送』がその答えですね

トキオ  :よくわかんないです

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赤村崎葵子の分析はデタラメ 続の書影
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