としれじぇ ジャンル《都市伝説》 ④

 ──ムーは、私を外に出さないように────いえ、……!?






 、どうしてムーが自分をこの部屋に押し込めておく必要があるのか? 今まさに、この部屋には殺人ひそんでいるというのに!

 ルルは叫び声をあげて問い詰めたかったが、そうすることはできない。

 現実問題として、彼女達と同じ空間には殺人鬼がおり、今も自分達の会話に聞き耳を立てているかもしれないからだ。

 つまり、あまり積極的に外に連れ出そうとすれば、それはそれで殺人鬼に怪しまれてしまう事になるだろう。

 しかし、それ以前の問題がいま立ち上がった。

 ムーはどうやら、自分を外に出したくはないらしい。

 外に連れ出そうとしたり、あるいは自分だけ外に逃げようとしたら──ベッドの下の殺人鬼は、恐らく『うたげ』を開始するだろう。

 ──だけど、どうして!?

 何故、ムーが自分を外に出そうとしないのか。女性と一つ屋根の下になってこうふんしているのか? それはありえない。今まで何度もこの部屋には泊まっているし、その時は自由に外に出入りしていたはずだ。

 ──どうして今日に限って! 何が、何が違うの!? 今日に限って、私と彼の間の何が違うっていうの!?

 ルルはそくに頭を回転させる。

 そして、一つの簡単な答えを導きだした。

 ──ある。あるよ。今日、いつもの私達と違うところが!

 彼女はその『そうてん』を確信するが、それが自分を再び疑問のうずへと投げ込む事になった。

 いつもと違うゆいいつの点────


 ────それはまさしく、


 だが、だからどうしたというのだ。

 もしもムーがベッドの下の存在に気付いたというのならば、ルルと同じく何とかして外に出ようとするのではなかろうか。まさか、自分達がいなくなった後に部屋をあさられる心配をしているとも思えない。

 一つだけ可能性があるとするならば……

 ──ムーは、最初から知っていた?

 ──ベッドの下に、殺人がいる事を?


 自分で導き出したその考えに、ルルはますます混乱した。


「あ……夕飯、俺が作るよ」


 ムーはそう言って台所に歩み始める。まるで今の不自然な行為をすような行動だ。

 その間に、ルルは再度ベッドの下へと目を移した。やはり座った高さからでは殺人鬼のようを確認する事はできないが、流石さすがに顔を下げて見る勇気は無い。もしも目があったら、その時点で全て終わりだ。

 ──だけど、もしも──もしもムーが最初からベッドの下に男がいる事を知っていたんだとしたら? そして、ベッドの下の殺人鬼も、その事を知っているのだとしたら?

 ムーと殺人鬼はグル。そんな嫌な想像が頭をめぐる。

 だが、その理由がわからない。グルになっていったい何をしようというのか? もしかしてベッドの下にいるのは、


 そこでふと、彼女は更に嫌な想像をする。

 自分は先刻、ベッドの下に男が存在している事を確認した。

 だが、それだけだ。

 その男が起きていたのか寝ていたのか、そもそも、生きているのかどうかも確認していない。

 ──もしかしたら。

 彼女の想像力は一人歩きを始め、そして一つの推理を導きだした。

 ──もしかしたら、あのベッドの下にあるのは

 ムーが死体をかくしていて──自分がその死体の存在に気付いた事に気付いてしまった。

 ──だから、彼は私の口を封じようと!?

 しかし、それではくつがおかしい。

 どうして殺人の死体がムーのベッドの下にあるのだ? 普通ならば逆のはずだ。

 どうして

 どうして

 どうして

 ルルの頭の中で、様々な疑問が浮かび上がっては消えていく。新しい疑問が浮かぶたびに、直前までの疑問は全て無かった事になる。

 どうして

 どうして

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして────

 彼女の目的は、無事にムーと二人でこの部屋から逃げる事だった。

 だが、今は違う。この状況を正確に理解する事こそがルルにとっての使命であり、それが成されれば全て解決すると思っていた。


 そして、彼女は一つの推理に辿たどり着く。

 ──そうか。

 ベッドの下の男を見てきよくげん状態に陥ったルルは、自分では冷静だと思っていた。

 だが、確かに彼女は混乱していたのだ。だからこそ、彼女は導きだしてしまった。

 ありえない結論を。

 ──そうだったんだ。それならつじつまが合う!

 誰も幸せにならない答えを。

 ──あのベッドの下の『死体』は、加害者じゃない、殺人鬼じゃない。被害者だったんだ!

 恐怖と混乱でねじれた脳は、捩れた結論を信じ込む。それが、真実であろうとなかろうと。

 ──あのおのは男の持ち物じゃない、きようを死体と一緒にかくしておいたんだ!


 ──



 友達以上、恋人まん

 ルルにとって、──ムーとはそういう存在だった。

 だが、それはあくまでルルのしゆかんだった。

 もしかしたら、彼は自分のことをまったく違う目で見ていたのではないだろうか?

 彼女として?

 友達として?

 それとも──

 ルルは、それを確かめたかった。

 ムーが自分を外に出そうとしないのは、これから自分をいけにえとしたうたげを始めるからではないのだろうか?

 今までのムーとの日々は、全ていつわりだったのだろうか?

 偽りではないのだとしたら……

 ──もしかしたら。

 好きになったから、本当にムーが自分の事を好きになってくれたからこそ、自分をものに選んだのかもしれない。

 殺人へんしつ的な愛情なのかもしれない。

 自分はまだ死にたくないし、殺されたくもない。もしもムーが自分を殺そうとすれば、ルルは全力で逃げようとするし抵抗もするだろう。

 だが、自分がどうして殺されるのかは知っておきたかった。

 それに、希望はある。

 今までの推理が全くのまとはずれで、ベッドの下にいるのはやはり殺人鬼であれば、今までの事は全てルルのかんちがいという事になる。

 ──私は、どっちを望んでいるんだろう。

 自分は、本当はムーにどうあってほしいのだろうか。『いままで通りが一番いい』という言い訳は通用しない状況だ。

 ──恋人でも友達でもいい、私はただ、ムーと一緒にいたかっただけなのに。

 嫌だ、ムーが殺人鬼だなんて結論はやっぱり嫌だ。それだけは絶対に絶対に嫌だ。

 ──そうだ。彼が私と一緒に逃げてくれれば──ムーは殺人鬼じゃないって証明できる。

 もうそうと推理がいちじゆんして、最初の所に戻ってきてしまった。ルルはそれには気付かずに、自分の考えをじよじよに強くする。

 彼女はその思いを確かめるために──自分の存在を確かめる為に、一つの行為に及ぶ。

 もっとも恐怖にさらされ続けた彼女は、一つのきようこうを及ぶには十分なほどに──追い詰められていたのだ。


 ルルは台所で野菜を切っているムーを振り返ると、そのまま静かに立ち上がった。

 彼女の気配に気付いたのか、ムーもほうちようの手を止めてルルの方を見る。


「……どうしたの? ルル」


 そうにたずねるムーに対して、ルルは無表情のままで言葉をつむぎだした。


「ねえ、ムー。私の事、好き?」

「へっ!?」


 突然の問いかけに、ムーは思わず包丁をまな板の上に落としてしまう。


「ど、どうしたのさ、急に」

「答えて」


 真剣な目をするルルに、ムーは首をかしげながら言葉を返した。


「お前、今日おかしいぞ?」

「おかしいのはムーの方だよ!」


 そう叫びながら、ルルは自分でもじんな事を言っている事に気が付いた。

 だが、理不尽でこそあれ、うそは言っていない。

 ムーが今日おかしいのは事実であるし、彼女に疑わせるような行為を続けてきたのは確かな事なのだ。

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