としれじぇ ジャンル《都市伝説》 ⑥

Bサイド『おのおとこの喜劇』




『先日、さいたまで起きた連続殺人事件のぞくほうですが、けん結果からきようについての情報が得られました。凶器は斧やなたといった大型のものと見られており、そう当局では……』



 その放送をしりに、僕は自分の部屋を出た。

 世間を騒がせてる連続殺人はん。そいつどうやら斧を使って事に及んでいるらしい。

 ──なんという偶然だろう。


 僕も今日……ホームセンターでこの鋭い斧を買ってきたばかりだっていうのに。

 何のために?

 もちろん──誰かを殺す為にだ。

 そう、『誰か』、だ。

 誰でもいいんだ。

 僕のみちれになってさえくれれば。

 いや、でも、できればかわいい女の子がいいな。それに、男が相手だと反撃されて一方的に殺されちゃうかもしれないし……。

 どうせ最後なんだから、に暴れてやる。こっちが殺されるまで、何人も何人も殺してやるぞ。

 僕が生きてたあかしを打ち立ててやるんだ。

 例え、それがどんなあくめいでも──


 ああ、もうしまいだ。

 御終いなんだ。

 僕の人生の全てが今日終わった。

 ついさっき終わった。

 いや、僕の人生なんて最初からなかったのかもしれない。全ては夢かまぼろしだったんだ。


 彼女にフられた。

 それだけの事だ。

 正確には、彼女になる予定の女の子だった。

 勇気を出して告白したら、既にかれがいるときたもんだ。

 しかも、キスしたり色々な事をしてるような仲の男じゃない。友達以上で恋人まんだとかいう関係だそうだ。

 なんだそりゃ。

 ふざけるな。

 僕は、僕はそんなめいりようやつに負けたのか?

 ああ、自分でもがいだったよ。

 まだ付き合ってもいない女の子からフられるだけで、これほどの絶望を感じるなんて。

 僕は今までせつしたことなんか無いんだ。

 幼稚園から中学まで、ずっと成績だって運動だって一番だったんだ。

 ……公立だったけど。

 だってしょうがないじゃないか! 私立なんて行って、周りのレベルが勝手に上がったりしたら挫折しちゃうかもしれないじゃないか!

 だから、高校も滑り止めの所は全部受けて、本命の私立高校は試験たいを受けなかった。

 そうすれば、挫折しなくて済むからね。

 恋人だってそうさ。

 学年で少し浮いてる変な名前の女の子。中身は知らないけど外見は中の上だし、正直、一目ぼれだった。

 生まれて初めての挫折を味わうかもしれない。そうかくしながらも告白したさ!

 だけど、その結果が『恋人まんの友達がいるから』ってどういう事だよ! しかも、ニッコリ笑いながら、すごく凄くうれしそうに!

 恋人未満とか言いながら、ほおも少し赤らめやがって!

 こんなくだらない事が、僕の人生の初めての挫折? そうしつかん? 敗北?

 ありえないよ。

 あっちゃいけないだろそんな事。

【終わったね】

 僕の体がそう告げる。

 僕の頭が、手が、足が、舌が、目が、脳みそが、せきずいが、ろつこつが、心臓が、が、何もかもが何もかもが僕の事を笑ってるような、いや、怒っているような気がした。

 僕に失望してる。体が僕に失望してるんだ。

【お前はもうしまいだ、つまらない事で人生はつの挫折を味わいやがって!】

 僕のたましいまでもがそう叫んでるんだ。

 おかしいよ。たかが女にフられただけで。

 でも、しょうがない。

 御終いだ。御終いなんだ。

 くそ、何で、何でこんな事になったんだ?

 あいつらのせいだ。僕にこんなけなせつを与えたと──その恋人未満のってやつが悪いんだ。


 殺してやる。


 どうせたくさん殺すんだ。あいつらを最初に殺してやる。

 僕をフった後、瑠流はいけしゃあしゃあと僕に言い放ったんだ。

 これから電気屋で買い物をして、それから夢羽の家に遊びに行く予定なのだと。


 待ち伏せだ。

 待ち伏せして、二人ともこのおので殺してやる。

 その二人の血をもって、僕の最後の花火は幕を開けるんだ。

 伝説になってやる。

 ああ、てんでもなんでもいい、僕の名前を伝説に残してやる。

 何人殺せばいいのかなんて知るもんか。とりあえず、スターリンのだいしゆくせいよりたくさん殺せば歴史に残るはずだ。

 今度こそ挫折しないぞ。

 やってやる、やってやる。僕の心に間抜けな挫折を植えつけた二人を殺して、さっきの挫折を無かった事にしてやるんだ────



 気が付くと、僕はアパートの前にいた。

 クラスの奴に適当なうそをついて聞いたんだ。ここがあいつのアパートか。

 ……だけど、どっちだ?

 赤い屋根と青い屋根、同じようなアパートが二けん並んでいる。

 くそ、どっちにも看板も番地も書いてやしない。確か、アパートに住んでるのは奴一人って話だったけど……。

 その時、僕はアパートの一室の窓が開いているのに気が付いた。

 その窓の奥には、最近売り出し中のアイドル、みのはらキマリのポスターがところ狭しとってあった。

 ふん、ミーハーな奴め。高校生にもなってポスターを天井にまでってやがる。

 他の部屋に人が住んでる気配は無いし……どうやらここで間違いないらしいな。


 どうやらまだ帰ってきていないようだ。

 ふふん、なら、ベッドの下にでもかくれて待ち伏せさせてもらおう。

 この部屋がやつの部屋だと確信して、僕は開けられた窓からしんちように中へと入り込んだ。


 、道路に面した一室へと────



 ──くそ、ベッドの下にも何かいろいろ荷物を置きやがって。隠れにくいったらありゃしない。

 おのを持った狂気の少年が隠れて十数分後──

 少年が足元にある箱をのけるように足を動かしていると、部屋の入口の方から、ガチャガチャとかぎを開ける音が聞こえてきた。

 ──来たな!

 少年は身をひそめながら、息を殺して部屋のように神経をとがらせる。

 ベッドの下からは一部の光景しか見る事ができないが、その洋室にはけいこうとうの真下にあるテーブルと自分が隠れているベッドを除いては、特に目だった家具などは置かれていなかった。

 十畳ぐらいあろうかという洋室が広がり、入口との間には少し狭いダイニングキッチンや、トイレとに通じる扉などが配置されている。

 高校生らしい乱雑な様子はうかがえず、部屋の中の様子はポスターを除いては実にさつぷうけいであると言えよう。

 だが、少年は特に疑問を感じなかった。感じるゆうもなかった。

 かくを決めたつもりではあったが、いざその瞬間が近づくと様々な思いがこうさくし始める。

 ──何か僕は、すごく馬鹿な事をしようとしているのではないだろうか。

 ──もしここで本当に二人を殺したら、それこそが本当の意味でのらくなのではないだろうか?

 そんな考えも頭をよぎったが、少年はそくにそれを否定した。

 もう少し早くかつとうしていたならばなんとでもなったかもしれない。だが、彼はもうベッドの下に斧を持ってもぐり込んでしまっているのだ。

 遅いのだ。既に何もかもが遅すぎるのだ。

 少年ののうに、今後のとうぼう生活や家族の顔が思い浮かびかけたが──それらは全て斧のやいばの中に封じ込めた。

 ベッドの下に隠れ、鈍い刃の輝きだけが彼の目を照らす。


 ──そうだ。僕はやるんだ。もう戻れないぞ。

 これは転落じゃない、負けなんかじゃない。

 僕は、狂ってなんかいない。

 ちるんじゃない。僕はもう二度とせつをしない人生に向かって飛び立つんだ────

 彼がそう決意した瞬間、玄関の扉が開き──


「ふぅー。今日も暑いなちくしようがァ」

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