としれじぇ ジャンル《都市伝説》 ⑦

「誰かれ構わずぶち殺したい気分すね、あに


 ──ヘ?

 少年は、本日二度目の挫折を味わう事となった。



「ったく、てこずらせやがってあのガキャぁ」

「お疲れっした、兄貴!」


 玄関から顔を出したのは、全く見覚えの無い二人の男だった。

 一人はおおがらな男で、ぶんで計ったようにキッチリとしたかくりにサングラスをかけ、その上で黒いスーツに身を包んでいるという出で立ちだった。

 その男に付き従うように入ってきたのは、トラックの前面をじんしたようなスキンヘッドの男で、顔を斜めに横切るようなかたなきずが走り、耳が半分かけている。その上でむらさき色のスーツを着ているので、うともアンバランスとも言えないセンスをかもし出している。

 早い話が──その部屋に現れたのは、これでもかというほどてんけい的な、


まえだけじゃねえ、おくも全部へし折ってやったぜ」

「あの年で総入れ歯はさんですね」

ちげえねぇ。いや、それ以前にあごが開かなくなっからよぉー、しばらくはりゆうどうしよく生活だな」

「ハハハ」


 ──ナニコレ。


 ベッドの下の少年は、自分の置かれている立場がそくに理解できなかった。

 混乱する彼の眼前で、二人のらいかんがズカズカと部屋の中に入り込んでくる。


「本当ならがわに沈めてアザラシのえさにしとるところだが」

「まあまあ、後は若頭カシラに任せておきましょうや」

「いちいち言われんでもわかっとる。おい、テレビとエアコンをつけろ」

「うす」


 スキンヘッドの足がそそくさと動き、テレビのスイッチが入る音がする。それと同時に、自分のかくれるベッドにズシリとしたしようげきが走る。

 かくりの男が、自分の真上に腰をかけたのだ。

 二人はテレビを見ながら、上着も脱がずに部屋の中に座り込んだ。

 ベッドの下からではもう顔は見えないが、スキンヘッドは床に座り込んでいるため、胸の下あたりまでを見る事ができる。

 角刈りの男の足は目の前にある。息を荒くすれば音を聞かれるまでもなく気付かれてしまうであろう距離だ。

 ──ナニコレ!? ナニコレ!?

 おの少年は混乱から抜け出せない。

 もしかしたら、ムーという男はサラ金から借金でもしていて、彼らはそのとりたてにんか何かだろうか?

 だが、彼らの態度やかぎを持っていたという事実を考えると、それはどうやら間違いのようだ。

 もっと単純な結論が推測できるのだが、斧少年はそれに気付かないフリをしていた。

 ──ありえない、ありえないよ。

 ──

 入る前に部屋を確認したはずだ。第一、ここがこのチンピラ達の部屋なら、あのアイドルのポスターはなんなんだ。

 斧少年がそんな事を考えていると、彼の心と連動するかのように、スキンヘッドがかくうえの男に声をかける。


「それにしてもあに、前から気になってたんすけど……このポスターは兄貴の趣味っすか?」


 ──ナイス質問だハゲ。お前を僕の心のだいべん係に任命したい気分だ。

 スキンヘッドがえんりよがちにたずねると、角刈りは静かに答えを返す。


「趣味なわけねえだろ。手前てめえ俺をめてんのか」

「す、すいません! じゃ、じゃあ何で……」


 あわてて頭を下げるスキンヘッドに対し、角刈りはしばらく考えてから、ゆっくりと言葉をつむぎだした。


「こいつぁな……俺の妹だ」

「妹!?」


 ──妹!?

 スキンヘッドの声にあわせるように、斧少年もベッドの下できようがくに目を見開く。

 言われてみれば、壁にられているポスターは全て同じ女性の物だ。確かみのはらキマリとかいう名前の新人アイドルの筈だ。


「あぁ……芸能界はあいつの昔からの夢でな……だが、俺はこの通りのヤクザもんだ。あいつにめいわくはかけられねえから、こっちからえんは切ってある」

あに……」

「だがな、俺は心まであいつと縁を切ったつもりはねえ。だからせめて、ここにこうしてあいつのポスターをって自分の気をまぎらわせようと思っただけだ」


 ──そんな。

 かくりの話を聞いて、おの少年は手をわずかに震わせる。

 ──そんな理由で、ポスターなんか貼るなよ! おかげで部屋を間違えたじゃないか!

 逆ギレまるしの怒りを覚えると同時に、そこでようやく認める事ができた。

 自分が、部屋を間違えてしまったのだということに。

 ──なんてことだ。あんなちゆうはんな理由でフられたと思ったら、今度はこんな中途半端な理由で部屋を間違えるハメになるなんて!

 混乱のせいで、一度は消えかけていた怒り。それが今、斧少年の中で再び燃え上がり始める。

 ──クソ、こうなったらこいつらから先に殺してやる! こっちは斧を持ってるんだ! それに、このままここにかくれて、やつらが寝た瞬間とかを狙えば────

 そんな事を考えていると、ほうもの達のつけたテレビが夕方のニュースを伝え始める。


【斧がきようと見られる一連の殺人事件は──】


 斧少年が先刻いたニュースの内容を、別のチャンネルが流している。語り口は違うが、どうやら内容に変わりは無いようだ。


ぶうそうな世の中っすね、兄貴」

「全くだ」


 ──お前らが言うな。

 思いきりツッコミたかったが、ここで声を出してはこちらが不利だ。なんとかすきさえつかめば、の人間の一人や二人────

 斧少年が打算的に状況を分析していると、角刈りの男が低い声を上げる。


若頭カシラもこの事件には腹ぁ立ててたからな。俺らのシマで好き勝手やってくれてんだ。もしも俺達がとっ捕まえたら……」


 ドスリ


 嫌な音がひびき、ベッドの脇──斧少年の目のちよう正面に、銀色の光が突き立った。


「……死んだ方がマシだと思わせてやらぁな」

あにー、部屋の中でポンとう振り回すのはやめてくださいよ」


 おとうとぶんの言葉に、かくりはいつたん床に突き立てた日本刀のやいばを引きぬき──


「俺の部屋だ。どこに刀を突き立てようが──」


 ズスリ


 せつ、日本刀のやいばがベッドに差し込まれ、薄い板をつらぬいた刃がそのまま床に突き立った。

 斧少年の鼻先わずか数センチの所に現れた刃が、恐怖に満ちた少年の目を映し出す。


「俺の勝手だろうが」


 ──ここはアパートのおおのものでおまえのものあじょあじゃじゃwせdrf……

 心の中の突っ込みは、恐怖によって最後まで言葉にならなかった。

 ──死ぬ。

 そこで初めて、彼は明確な『死』というものを意識した。

 全てがしまいだなどと言いつつも、彼はけつきよく一方的に殺すことしか考えていなかったのだが──ここに来て、明確な死が目の前に突き立つ事によって、彼の心に死への恐怖がとうとつきあがってきたのだ。

 ──ヤバイ。ヤバイよ。

 ──死にたくない。死にたくないよ。

 心が徐々に強く震えだすが、体まで震わせるわけにはいかなかった。

 自分の上には今、角刈りの男が日本刀を持って座っているのだ。みような振動を立てたら、その時点で自分の人生どころではない、命そのものが終わってしまう事になる。

 完全なる絶望。

 それが少年をむしばみ始めた時、彼は自分の行いを心底こうかいした。

 自分の命に比べれば、あんな小さなせつなどなんとさいな出来事だったのだろう。

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