緊急事態《メイデイ》 ⑦

「ですが、母機のメモリーのなんしよかに、外的な操作を加えてデータを消去したようなこんせきがあったのです。おそらく、侵入者は当初──無論推測にすぎませんが──カンヅメ鉱山を何のへんてつもないシェルターのあとだと考えていたのでしょう。けいかいシステムの存在を予想していなかったのだと思います。当然センサーに探知されたはずですが、驚くべきことに、この侵入者は探知されたことに気づいて、母機を探し出して、実にこうみようにデータを消去して、今度はセンサーにまったく探知されることなく姿を消したというわけです。あの警戒システムのデザインを引いたのは私です。自分で言うのもなんですが、あれを出しくというからには相当な実力の持ち主ですよ。以前ここをしゆうげきしてきたようなあんなチャチな連中には、とてもそんなマネはできない。もちろん──」


 そこでクレリックは言いよどみ、リーブスとアンジェラにちらりと視線を走らせた。

 リーブスは、軽く肩をすくめた。

 アンジェラは、無言、無反応。

 トリガーに視線をもどし、クレリックは、こう結んだ。


「ハルカ様のイタズラでもあり得ない」

「──おい、ちょっと待てよ。なんでそこでハルカが出てくるんだよ?」


 しばらくはトリガーの問いに答える者もなく、宙ぶらりんなちんもくが続き、


「──トリガー、そもそも、私たちが、なぜしんにゆうしやがいたことに気づいたのかっていうとね」


 リーブスが沈黙を破った。


「保管庫の中の保存食料が、大量にい散らかされていたからなの」


 ここに至って、トリガーは、事の重大さを理解した。

 ロボットは、物を食わない。

 けんは、母機のデータを消去したりしない。


「──かんべんしろよ、おい、じようだんごとじゃねえぞ、それじゃ、その侵入者っていうのは、」


 人間なのか?

 生き残りの?

 ハルカ以外の?

 そのしゆんかんねんだいもののエレベータがやかましい音を立てて動き出し、トリガーの言葉はちゆうたたつぶされた。だれかがりてくる。箱が到着し、こうじようとびらが開き、BCせん分析のための機材を山と積んだでっかいワゴンがゆっくりとガレージに入ってきた。ワゴンを押しているのはスパイクだ。スパイクの少年型のボディにこの大荷物は、かなりつらい感じである。「ご苦労さま」とつぶやいて、リーブスがワゴンを引き取った。保存食料コンテナの前まで片手で押していき、機材を軽々と降ろし始める。


「あ、トリガー、ハルカ様は?」


 トリガーの姿に気づいたスパイクがたずねた。が、しようげきいまださめやらぬトリガーは、ぽろっとミもフタもない答えを返してしまった。


「知らねえよ。昼ごろにどっか行った。そろそろ晩メシの時間だし、じきに帰ってくんだろ」


 トリガーが予想した通りであった。スパイクはあっというにおろおろし始めて、


「し、知らないって、お前なー! どこへ行くとかいつごろ戻るとか、そういうことはちゃんと聞いとけってあれほど言っといたのに!」

「うるせえな! そういうこたぁオレより先にハルカに言っとけ!」

「言われたことちゃんとやれないやつがエラそうなこと言うな! だいたいなあ、これだけ帰りがおそいのにどうして探しに行かないんだよ!? あああああどうしようどうしよう、もうすぐ日が暮れるのに!」


 そのとき、それまでのすべてのやりとりに無関心な態度を決め込んでいたアンジェラが、ふいに顔を上げた。

 せんとうようロボットであるにもかかわらず──いや、戦闘用ロボットだからこそ、であるのか──アンジェラの外見はかなり人間に近い。ぐんとうを肩にあずけ、トレーラーのタイヤに寄りかかってゆかに座り込み、両目をおおうiシールドごしにあさっての方向を見つめたまま、そのへんに落ちていた小さなコンクリートのかたまり二つをひろい上げ、

 ぞうに、片手でいっぺんに投げた。

 ひとつはスパイクの頭に、ひとつはトリガーの頭に、見事にめいちゆうした。すかーん、というバカっぽい音がした。痛くはなかったはずだが二人はもうぜんり向いて、まったく同時に、


「何しやがる!!」

「何すんだよ!!」


 音の方向に視線を向けたまま、アンジェラがつぶやいた。


「おひめ様のお帰りだよ」


 その他四人は、言われてはじめて気づいた。聞きおぼえのある電動バイクのモーター音が、かなりの速度で近づいてくる。ハルカのバイクの音だった。

 バイクの音が止まった。続いて、バイクをらんぼうに倒す音。

 続いて、正面ドアの開閉音。

 続いて、ろうを走る足音。

 続いて、「メイデイメイデイめいで──い!! 大事件大々々じけ──ん!!」と、力の限りに叫ぶ声。

 色々ある日だ、とアンジェラは思う。


          


 今日の夕食は「社会主義カレー」である。

 ハルカが考案し、ハルカがめいめいしたメニューである。

 作り方は簡単。まず、当たり前なカレーの材料を用意する。次に、材料をすべてみじん切りにする。最後に、みじん切りにした材料を使って当たり前にカレーを作る。たったこれだけで、このすうこうなる思想を持つカレーは完成する。

 このカレーの革命的な点は、ナベの中のどこをどうすくっても、全員に対してが見事なまでに均等に分配されることである。肉の割合のきんこうたんを発するこつにくの争いは、ついに過去の物となったのだ。ああ人民よ永遠なれ。たたえよ社会主義カレー。

 とはいえ。

 スパイクもアンジェラもクレリックもリーブスもトリガーも、物を食べる機能を持っているわけではないのだけれど。

 結局は、ハルカひとりで、二日ふつかがかりで、ひとナベ全部食べる以外にないのだけれど。


「──それでね、その階段をのぼったところにその女の子がいたの! この目で見たんだから! わたしだってびっくりしたし、向こうもきっとびっくりしたんだと思うな、その子はすぐに逃げ出しちゃって、話もなんにもできなかったんだけど、でも絶対見たんだもん!」


 ベイエリアでもくげきした女の子の話だ。

 やっぱりしかられるかもしれないと思ったので、地下道の中を探検したことはせて、「バイクでツーリングに出掛けてベイエリアの公園でひと休みしていたときに女の子を見かけた」ということにしている。話すことでこうふんぞうふくされているのか、せっかくのカレーにもろくに手をつけず、ハルカはからなかこしを浮かせ、ちゆうになってしやべっている。さっきから「見たんだもん」を何度り返したか知れない。

 ハルカを落ち着かせようと、リーブスがことさらゆっくりとした口調で、


「どんな子だった? 服装とか、ねんれいとか」

「ええと、待って、ちょっと待って──ええとね、としはわたしと同じくらいで、服装は、上も下もグレーと黒のめいさいようで、かみの毛もわたしくらいの長さで、顔は、」


 と言ってしまってから、いつしゆんがあって、


「わたしと同じような、つうの感じ。──そう、ヘルメット! ヘルメットかぶってた!」

「それで、話はまるっきりしなかったのね? その子の話す言葉がわからなかったとか、そういうことじゃないのね?」


 それを聞いて「あ!」とハルカは顔をかがやかせ、


「そうそう! 階段を上がる前に、その子の声だと思うんだけど、何か話してたのが聞こえてきて、はっきりとはおぼえてないけど、確か──『どうしたの』とか、そんなふんの、何かそんなふうなそんなこと!」


 スパイクがそこで口をはさむ。


「え、でも、階段を上ってみたときには、その子ひとりしかいなかったんでしょ?」

刊行シリーズ

鉄コミュニケイション(2)チェスゲームの書影
鉄コミュニケイション(1)ハルカとイーヴァの書影