痛いところを突かれた。一度は襲われそうになった手前、犬がいたことを話すのにも、やはりためらいを感じていたのだった。
「あーっと、それは、つまり、ひとりごととか、そういうのだったんじゃないかな」
ふむ──という空気が流れる。ハルカはそんな五人に追い討ちをかけるように、よく考えもせずに、ばんばん飛躍しながらどんどん喋る。
「絶対見たもん。間違いないもん。だからね、さっきの、カンヅメ鉱山に侵入した誰かっていうのも、ひょっとしたらその子かもしれないなって思うわけ。だって、食料の食べかすが残ってたんでしょ? てことは、あの子はやっぱりロボットじゃなくて、人間の女の子なのよ」
それはどうかな──という空気が流れる。スパイクが全員の胸中を代弁するように、
「──あの、さっきも説明しましたけど、カンヅメ鉱山には僕らが仕掛けておいた警戒網があったわけですから、ハルカ様と同じくらいの歳の、しかも女の子にあれを突破できるかということを考えると、ちょっと──」
「ちょっと何よ」
「え? いやあのその、つまり、カンヅメ鉱山の食い散らかし跡は、その女の子が人間であるということの証明にはならないんじゃないかと」
何となく挑戦されたような気分になって、ハルカは少し考え、
「わかんないよそんなの。すごくメカに詳しい子なのかもしれないじゃない。警戒網なんてへっちゃらなのかもよ」
「いや、まあ、それはそうなんですけど──」
クレリックよりメカに強い女の子なんているかなあ──とスパイクは思うのだが、やはり口には出せない。それに、否定的な要素ならもうひとつある。リーブスがテーブルに少し身を乗り出し、そのことに触れた。
「これはまだ話してなかったけどね、保管庫の中で見つけた食べかすだけど、破れたパッケージとか空っぽになった缶とか、そういうのを全部合わせると、半端な量じゃないのよ。女の子がひとりで食べるなら、そうねえ──一日三食で、十日分以上はあったかしらね」
むむ。ハルカはさらに考え、
「お腹がすいてたのかもよ。お腹ぺこぺこで、カンヅメ鉱山を偶然見つけて大喜びして、いっぱい食べて、すぐにはそこを離れる気になれなくって、しばらく居座ったのかもしれないじゃない。でもさすがに退屈してきて、また戻ってくるつもりで証拠を消して外に出て、それでわたしと出くわしたのよ」
ちょっと苦しいなと自分でも思ったが、ハルカは意地になっていた。
「それとも、わたしが見かけたのがあの女の子だったってだけで、ほんとはひとりじゃなくて仲間がいるのかも。その中に、メカに詳しい人がいるんじゃないかな」
「──それはまあ、あり得ることです」
クレリックがそう言った。可能性を無制限に広げていけば何だってあり得ることになってしまう──クレリックとしてはそういう含みを持たせたつもりだったのだが、ハルカはそのひと言で勢いを取り戻し、
「でしょ? とにかく、明日になったらもういっぺんベイエリアに行って、あの子を探してみるつもり」
「あ、じゃあ僕も一緒に行きます」
スパイクがあわてて言った。そして、さっきからずっと言いたかったことを付け加える。
「──それとハルカ様、今度から、出掛けるときにはどこへ行くとかいつ戻るとか、そういうことをちゃんと誰かに伝えてからにしてくださいよ? わかりましたね?」
「はーい」
ハルカはようやくカレーに戻った。ちょっと冷めてしまっている。いそがしく食べながらもあれこれと考えを巡らせているらしく、どこか上の空な感じだ。五人のロボットは、そんなハルカをちょっとだけ心配そうに見つめている。
「──そうだ、クレリックさん、あの、」
ハルカはスプーンを止めて、クレリックを上目遣いに見た。
「はい?」
「あのね、ちょっとへんなこと聞くけどさ、」
「? はい」
「──ひしゃまる、って、何だかわかる?」
「?? ひしゃまる、ですか? 何語ですそれは?」
「んんん、いいいいいいいい。わかんないならいいの」
ハルカは追及を振り切るための言い訳を思いついて、
「おまじないの言葉だから。もとから意味なんてないのかもしれないし」
この話はおしまい、という感じで、ハルカは再びカレーを消費することに専念しはじめた。クレリックは肩透かしを食らったような気分でリーブスに視線を流す。リーブスは軽く肩をすくめてそれに応える。図体にも面つきにも似合わず、リーブスはこういう人間くさいしぐさが得意である。
「どう思う?」
ハルカが部屋に戻り、食堂が五人のロボットたちだけになってから、アンジェラがようやく口を開いた。
「本当なんだと思いますよ」
クレリックの答えに、アンジェラは珍しく少し驚いた顔をした。
「いや、ハルカさまが女の子を見たという、そのこと自体は本当だと思います。ただ──」
リーブスがその後を引き継いだ。
「そうね。その子が本当に人間だったのかは疑問ね」
「ええ。ロボットだった可能性も、幻を見たという可能性もありますから」
唐突に飛び出した「幻」という言葉に、全員の視線がクレリックに集中した。クレリックはその凝視に応えて、
「──いえ、ハルカ様はむしろ、柔軟かつ強靱な精神の持ち主であると言えるでしょう。記憶を失っていることが緩衝材になっている部分はありますが、それを割り引いて考えても、これだけの異常な状況に実にうまく適応している。しかし、ハルカ様が自分でも気づいていない部分で人間の友達を求めていて、その願望が幻という形で現れるというのも、充分にあり得ることだと思います。心的ストレスに対する心的自浄作用と言ってもいい。こと人間の精神においては、正常であることと幻を見ることは決して矛盾はしません。──我々には想像しにくいことですが」
全員をぐるりと見回して、こうつけ加える。
「それに、明るい材料──と言っては何ですけど。女の子を見たというさっきの説明の中でひとつだけ、ハルカ様が噓をついている部分がありますね」
幻の次は噓ときた。誰もが話の展開に振り回されていたが、スパイクとしてはハルカを噓つき呼ばわりされては到底黙ってはいられない。猛然と口を開きかけた瞬間、
「もちろん、悪気があってのことではありません。しかし、女の子を目撃した場所がベイエリアの公園、というのは疑わしい。まず第一に、さっきのハルカ様の説明。あれだけ勢い込んで色々と詳しく話していたにしては、公園の場所についての説明だけが妙に曖昧だったと思いませんか? 第二に、さっきハルカ様が食事の用意をしているとき、トランスポンダーの反応の記録を確認したんですが、それによればハルカ様は、今日の午後はずっとバスケットコートにいたはずなんです」
スパイクの開きかけた口が開きっぱなしになって、
「──それって、つまり、どういう、」
「つまりですね、ハルカ様は多分、トランスポンダーをバスケットコートに隠して、それからベイエリアに行ったんでしょう。反応をモニターする端末には、十二時間分の記録が十二時間保存されるということを知らなかったわけですね」
「でも、どうして!? どうしてそんなことを!?」