緊急事態《メイデイ》 ⑧

 痛いところをかれた。一度はおそわれそうになった手前、犬がいたことを話すのにも、やはりためらいを感じていたのだった。


「あーっと、それは、つまり、ひとりごととか、そういうのだったんじゃないかな」


 ふむ──という空気が流れる。ハルカはそんな五人に追いちをかけるように、よく考えもせずに、ばんばんやくしながらどんどんしやべる。


「絶対見たもん。ちがいないもん。だからね、さっきの、カンヅメ鉱山にしんにゆうしただれかっていうのも、ひょっとしたらその子かもしれないなって思うわけ。だって、食料の食べかすが残ってたんでしょ? てことは、あの子はやっぱりロボットじゃなくて、人間の女の子なのよ」


 それはどうかな──という空気が流れる。スパイクが全員の胸中をだいべんするように、


「──あの、さっきも説明しましたけど、カンヅメ鉱山にはぼくらが仕掛けておいたけいかいもうがあったわけですから、ハルカ様と同じくらいのとしの、しかも女の子にあれをとつできるかということを考えると、ちょっと──」

「ちょっと何よ」

「え? いやあのその、つまり、カンヅメ鉱山のい散らかしあとは、その女の子が人間であるということの証明にはならないんじゃないかと」


 何となくちようせんされたような気分になって、ハルカは少し考え、


「わかんないよそんなの。すごくメカにくわしい子なのかもしれないじゃない。けいかいもうなんてへっちゃらなのかもよ」

「いや、まあ、それはそうなんですけど──」


 クレリックよりメカに強い女の子なんているかなあ──とスパイクは思うのだが、やはり口には出せない。それに、否定的な要素ならもうひとつある。リーブスがテーブルに少し身を乗り出し、そのことにれた。


「これはまだ話してなかったけどね、保管庫の中で見つけた食べかすだけど、破れたパッケージとかからっぽになったかんとか、そういうのを全部合わせると、はんな量じゃないのよ。女の子がひとりで食べるなら、そうねえ──一日三食で、十日分以上はあったかしらね」


 むむ。ハルカはさらに考え、


「おなかがすいてたのかもよ。お腹ぺこぺこで、カンヅメ鉱山を偶然見つけて大喜びして、いっぱい食べて、すぐにはそこを離れる気になれなくって、しばらくすわったのかもしれないじゃない。でもさすがに退たいくつしてきて、またもどってくるつもりでしようを消して外に出て、それでわたしと出くわしたのよ」


 ちょっと苦しいなと自分でも思ったが、ハルカはになっていた。


「それとも、わたしが見かけたのがあの女の子だったってだけで、ほんとはひとりじゃなくて仲間がいるのかも。その中に、メカに詳しい人がいるんじゃないかな」

「──それはまあ、あり得ることです」


 クレリックがそう言った。可能性を無制限に広げていけば何だってあり得ることになってしまう──クレリックとしてはそういうふくみを持たせたつもりだったのだが、ハルカはそのひと言でいきおいを取り戻し、


「でしょ? とにかく、明日あしたになったらもういっぺんベイエリアに行って、あの子を探してみるつもり」

「あ、じゃあ僕も一緒に行きます」


 スパイクがあわてて言った。そして、さっきからずっと言いたかったことを付け加える。


「──それとハルカ様、今度から、出掛けるときにはどこへ行くとかいつ戻るとか、そういうことをちゃんとだれかに伝えてからにしてくださいよ? わかりましたね?」

「はーい」


 ハルカはようやくカレーに戻った。ちょっとめてしまっている。いそがしく食べながらもあれこれと考えをめぐらせているらしく、どこかうわそらな感じだ。五人のロボットは、そんなハルカをちょっとだけ心配そうに見つめている。


「──そうだ、クレリックさん、あの、」


 ハルカはスプーンを止めて、クレリックをうわづかいに見た。


「はい?」

「あのね、ちょっとへんなこと聞くけどさ、」

「? はい」

「──ひしゃまる、って、何だかわかる?」

「?? ひしゃまる、ですか? 何語ですそれは?」

「んんん、いいいいいいいい。わかんないならいいの」


 ハルカは追及をり切るための言い訳を思いついて、


「おまじないの言葉だから。もとから意味なんてないのかもしれないし」


 この話はおしまい、という感じで、ハルカは再びカレーを消費することにせんねんしはじめた。クレリックはかたかしをらったような気分でリーブスに視線を流す。リーブスは軽く肩をすくめてそれに応える。ずうたいにもつらつきにも似合わず、リーブスはこういう人間くさいしぐさが得意である。


「どう思う?」


 ハルカがもどり、食堂が五人のロボットたちだけになってから、アンジェラがようやく口を開いた。


「本当なんだと思いますよ」


 クレリックの答えに、アンジェラはめずらしく少しおどろいた顔をした。


「いや、ハルカさまが女の子を見たという、そのこと自体は本当だと思います。ただ──」


 リーブスがそのあとを引き継いだ。


「そうね。その子が本当に人間だったのかは疑問ね」

「ええ。ロボットだった可能性も、まぼろしを見たという可能性もありますから」


 とうとつに飛び出した「幻」という言葉に、全員の視線がクレリックに集中した。クレリックはそのぎように応えて、


「──いえ、ハルカ様はむしろ、じゆうなんかつきようじんな精神の持ち主であると言えるでしょう。おくを失っていることがかんしようざいになっている部分はありますが、それを割り引いて考えても、これだけの異常な状況に実にうまく適応している。しかし、ハルカ様が自分でも気づいていない部分で人間の友達を求めていて、その願望が幻という形で現れるというのも、じゆうぶんにあり得ることだと思います。心的ストレスに対する心的じよう作用と言ってもいい。こと人間の精神においては、正常であることと幻を見ることは決してじゆんはしません。──我々には想像しにくいことですが」


 全員をぐるりと見回して、こうつけ加える。


「それに、明るい材料──と言っては何ですけど。女の子を見たというさっきの説明の中でひとつだけ、ハルカ様がうそをついている部分がありますね」


 まぼろしの次は噓ときた。だれもが話の展開にり回されていたが、スパイクとしてはハルカを噓つき呼ばわりされては到底だまってはいられない。もうぜんと口を開きかけたしゆんかん


「もちろん、わるがあってのことではありません。しかし、女の子をもくげきした場所がベイエリアの公園、というのは疑わしい。まず第一に、さっきのハルカ様の説明。あれだけいきおい込んで色々とくわしく話していたにしては、公園の場所についての説明だけがみようあいまいだったと思いませんか? 第二に、さっきハルカ様が食事の用意をしているとき、トランスポンダーの反応の記録を確認したんですが、それによればハルカ様は、今日の午後はずっとバスケットコートにいたはずなんです」


 スパイクの開きかけた口が開きっぱなしになって、


「──それって、つまり、どういう、」

「つまりですね、ハルカ様は多分、トランスポンダーをバスケットコートにかくして、それからベイエリアに行ったんでしょう。反応をモニターするたんまつには、十二時間分の記録が十二時間保存されるということを知らなかったわけですね」

「でも、どうして!? どうしてそんなことを!?」

刊行シリーズ

鉄コミュニケイション(2)チェスゲームの書影
鉄コミュニケイション(1)ハルカとイーヴァの書影