「まあまあ。ハルカ様にはその必要があったんですよ。ほら、ハルカ様は昨日、カンヅメ鉱山に連れていってくれって熱心に頼んできましたよね。おまけに、ベイエリアにはほぼ完全な形で残っている地下道がいくつもあることを考えれば、結論はひとつです。ベイエリアに行ったというのは本当で、女の子を見たのは公園だったというのは噓。ハルカ様は今日の午後、カンヅメ鉱山に連れていってもらえなかった代わりに、地下道の中を探検でもして遊んでいたんだと思います。そこで女の子を目撃した。そのことを話さなければいけないけれど、地下道に入ったことまで話してしまったら叱られるかもしれないと考えて、かといって丸っきりの噓をつくのもためらわれて、それで──」
「へえ。ハルカもなかなかやるじゃねえか。ちっと見直しちまったぜ」
トリガーがそんなことを言った。普段のスパイクなら即、「そういう問題じゃないだろ!」と嚙みつくシチュエーションであるが、今のスパイクは衝撃の事実に大ダメージを受けて呆然としていた。ぶつぶつと、
「ど、どうしよう……ハルカ様が……どうして……」
スパイクのいつもの病気である。真面目一辺倒の性格設定というのも良し悪しで、スパイクはハルカの事になると、いつも、たとえほんの些細なことでも、まるでこの世の終わりでも来るかのようにうろたえる。
「あのー、もしもし? スパイク君?」
クレリックに名前を呼ばれて、スパイクはまるでロボットのように、いや、本当にロボットなんだけど、ぎくしゃくとした感じで振り向いて、
「ど、どうしよう!? は、ハルカ様どうしちゃったんだろう!?」
「どうもしてませんよ」
「なんで!? どうして!? だって、内緒で地下道に入るなんて! 危ないからダメだってあれほど言ってるのに! だいたいそれのどこが明るい材料なんだよ!?」
「だから、過去の記憶を失っていることはさておいて、ハルカ様は十三歳の女の子としては心身ともに正常だってことです」
「そんな! だって、へんだよ、いつものハルカ様はそんなことしないのに!」
「十三歳の女の子に『いつも』なんてありません。あのね、危ない場所へは近づいてはいけないと言われてはいそうですかと素直に引き下がって、一日じゅう遠い目をして景色を眺めていたり、棒きれでアリの巣をほじっていたりしたら、そっちの方が私はよほど心配ですよ」
「そ、それは──そうかもしれないけど、でも!」
そこでリーブスがため息で割って入った。
「そうね、スパイクの言うことにも一理あるわ。地下道が危険な場所であることは確かだもの。遠回しにそれとなくクギを刺すくらいはしておいた方がいいと思うけど」
クレリックはリーブスの言葉に「ええ」と同意する。
スパイクはうつむいたまま、何やら落ち込んでしまったかのような雰囲気だ。
「──なあ、そろそろ話戻していいか?」
つま先を見つめたまま、アンジェラが提案した。
「ハルカの見た女の子はともかく、カンヅメ鉱山に誰かが侵入したってのはまぎれもない事実だろ。そいつは、」
アンジェラはそこで一瞬だけ言葉を切って、
「また現れるかもしれない。もう二度と現れないかもしれない」
視線を上げ、
「──どうする?」
リーブスは少し考えてから、
「相手の正体についてだけど、食べ散らかされていた食料の量からして、最低でも複数の人間を含むグループ──っていう可能性が一番高いと思うの。ハルカ様の見たっていう女の子が実在するとすれば、ロボットであれ人間であれ、多分そのグループの中のひとりよね」
「そうですね、普通に考えれば、それが一番可能性の高い線でしょう」
クレリックがそうつぶやく。
「でも──そうね、それ以上のことが何もわかっていないし、こちらもどう対応したらいいのか迷うわね。警戒システムを強化してはきたけど……」
「強化って、あれはあれ以上どうにもならねーだろ。何をどう強化したんだよ?」
トリガーがそう尋ね、クレリックが答えた。
「センサーの数を倍に増やして、親機を三段構えのバックアップ体制にして隠し場所も変えて、メモリーを新しくハードプロテクトしてシステムをリブートしました。が、確かにトリガー君の言う通り、根本的には何も変わっていません。何もしないよりはまし、という程度です。これからしばらく、交代で張り込みをつけた方がいいかもしれませんね」
クレリックの言葉にアンジェラがうなずく。トリガーはさらに疑問を並べる。
「なーなー、最初に話を聞いてからずっと考えてたんだけどよ、正体不明のそいつってのは警戒システムのデータまで消して逃げたんだろ? そこまでする奴が、どうして食い散らかし跡は片づけていかなかったんだろうな」
そして、全員の視線がトリガーに集中した。トリガーは少したじろいで、
「な、なんだよ?」
全員を代表して、クレリックが言った。
「トリガー君、どうかしたんですか? 今日はやけにさえてますね」
「……いわすぞコラ」
「実にいい質問です。我々もそれが不思議でした。もちろん、侵入者はただ単純に、食べかすを片づけても無駄だと考えただけかもしれません。食べてしまった分は元に戻せないし、数が減っていれば遅かれ早かれバレることだと。あるいは、警戒システムの存在に気づいたのは食料に手をつけてしまった後だったのかも。何にせよ、ここで重要なのは侵入者の意図です。侵入者がただの通りすがりで、もう二度と戻ってくるつもりがないのなら、データの消去までしていく必要はなかったはずです。さらに、食料を安全な場所に持ち帰ったりせずにその場で食べていったというのも、単純な食料目当ての行動としてはどうも腑に落ちない。つまり、その何者かはこう考えているわけです──自分の正体については明かしたくはない。しかし、自分の存在そのものを隠すつもりはない」
アンジェラが、ぽつりと、
「──偵察?」
「そう考えておいた方がいいでしょう。我々をつついてみて、どう反応するのか確かめようとしているのかもしれません」
トリガーは話がややこしくなってきたのに早くもうんざりして、言い出しっぺのくせに乱暴な意見を吐いた。
「そういうんじゃなくてよお、ただ頭が悪いだけじゃねーのか?」
クレリックが振り向いて、身体の角度と目の動きで「笑った」。
「その可能性、決して低くはないと言っておきましょう。食い散らかし現場の記録、赤外画像でよければ見せてあげますよ。コンテナはバラバラ、抗菌パッケージはめちゃくちゃ、中身がそこらじゅうに飛び散って、そりゃあもう、何と言えばいいのか、あれは──」
クレリックは言葉を探し、こう言った。
「まるで、飢えた野獣が乱入したかのような有様です」
話が終わって、五人それぞれがそれぞれの仕事に戻った。クレリックは明日の張り込みの準備、アンジェラも明日の張り込みの準備、リーブスは今日掘り出してきた15ケースの食料のチェック、トリガーは銃器の手入れ。
スパイクは、ハルカの部屋の前にいる。
薄暗い廊下の、ハルカの部屋の前のちっぽけな水溜まりのような光の中で、スパイクはうつむき、同じことをぐるぐると考えている。
誰に何と言われようが、心配なものは仕方がない。
クレリックの言いたいことはよくわかる。ハルカの身の安全を確保することは自分たちの務めだが、ありとあらゆる危機管理を自分たちがすべて代行してしまうことは、決してよい結果を生むばかりではないだろう。
わかっている。それはよくわかっている。
感情のしっぽを色濃く引きずったまま、スパイクはハルカの部屋の前で立ち尽くしている。