一章 天国のラジオ ⑥

 それでも唐揚げ用に買ってくれるかも知れない。フウは鳥の身体からだをつまんでひなを殻の外に出す。ひなは「ピー」と一鳴きしてフウの手に甘え、次にくちばしで頰をつついてきた。サバクオオブンチョウはかなり賢い動物と聞くが、そのひなも既に社会性のほうが見て取れる。ひなは甘え上手で、フウのがいとうに顔を突っ込むと身体からだを押し入れ、フウの胸の中ですやすやと眠ってしまった。

 フウは自分に語り掛けた。私、心を鬼にするんだ! フウは目をつぶって天を仰いだ。

 間の悪いことに母親の笑顔がまぶたの裏に浮かんだ。

 ──あなたが生まれた時、私も父さんもとても喜んだのよ。新しい家族ができたんだって。

 くぅ、と葛藤の吐息が食いしばった歯の間から漏れた。

 フウは大きなため息をついて肩を落とす。ふところで眠る鳥の頭を薬指でそっとでた。

 金銭欲が、ささやかな生命さんに屈した瞬間だった。

 結局手に入れたお金はゼロ。成程、本来人が手を出さないものを手に入れるには相応のリスクがある。その授業料は身体からだに作った無数の傷と小鳥一羽の餌代だった。


 こうした教訓を経て、フウは時間がかかっても地道に稼ぐ方法を選んだ。極度の乾季で水の「」が高くなっていたことも幸いした。ラジオが無い間はひなどりへの挿餌が主な暇つぶしになった。

 水の転売を始めて一ヵ月。ようやく「電池」を手に入れた。

 電池を手に入れたその晩、フウは例の大岩の上にいた。心を躍らせながらフウはラジオのカバーを外し、電気屋で買った単三電池を電池ケースにいれた。緊張した面持ちでラジオの電源を入れる。


『ザッ──ザッ──とういことで、日曜日の今日はマニア必見、親御さんから非難殺到、近代兵器を紹介していく〈六時の撃鉄〉のお時間です』


 ラジオから聞こえる、ノイズが混じった独特の声。

 フウの身体からだを興奮が駆けめぐった。ああ、これでまた私は昨日の私よりも賢くなれる。再び知識で満たされる喜びに全身が震えていたのだ。フウは身を持って知った。知識は命にもなり金にもなると。

 フウはラジオに耳を当てて目を閉じる。少しだけ、ほんの少しだけ、らんと化した胸の中で鼓動が波打っている。


『まずはテンミニッツワンブリットのコーナーです』


 土曜日と日曜日は彼らにとっては特別な日だったらしく、いつもと違うスタッフが集い、少し色合いの違う番組が並ぶ。

 この〈六時の撃鉄〉は講師とアナウンサーが好きな武器を教えていく、マニア色の強い番組だ。そして冒頭の十分は拳銃の撃ち方講座から始まる。


『さて、今回もオートマチック式拳銃の扱い方について学んでいきます。……私の好きなリボルバーはまだですか?』

『もう少し待ってください。てゆうか、イシモトさんはリボルバー好きですね』

『根っからの西部劇オタクなもので。戦場でリボルバー二つで暴れまわるって素敵じゃないですか』

『いやぁ、自動小銃が一般化してる昨今に拳銃ダブル持ちで暴れるやつがいたらそいつは異常者かバケモンですよ』


 講師の人は低く落ち着いた声で笑う。


『さて、ここまでのおさらいです。拳銃というのは意外と面倒な代物でして、発砲の手順はもちろんですが、保管方法や手入れの仕方など、引き金を引く前に覚えなきゃいけない事がたくさんあります』

『私はいつ銃を撃てるようになるのでしょう』

『さぁ。でも、ちゃんと扱えるようになるにはそれなりの年月が必要です』

『気の遠くなる話ですね』

『頑張りましょう』


 銃か。

 フウは左手の人差し指と親指を九〇度に伸ばし、てっぽうの形にして空へと向ける。

 拳銃があれば、猛獣や、時たま現れる犯罪者に運悪く襲われても生き延びる確率が増えるだろう。だけど、拳銃を買って、それを扱えるようになるには時間がかかる。

 自分はそれまで生きていられるだろうか。

 もっと言えば、そうなれるまでに生きようとする力が続くのかと、フウは自分に問いかけてみた。母親がいなくなった心には、たった一つのラジオがあるだけで、その「スピーカー」からは小さな音が出続けているだけだった。

刊行シリーズ

こわれたせかいの むこうがわ2 ~少女たちのサバイバル起業術~の書影
こわれたせかいの むこうがわ ~少女たちのディストピア生存術~の書影