むすっとした顔で、俺に注意する御簾納。
厳しすぎる気もするけれど、彼女の言うことの方が正論だ。
確かに、ルール破るのはよくねえわな。
ちなみに、御簾納の着てるフーディも、我が校では校則でOKとされている。こいつはそういうとこ結構生真面目なのだ。
素直に謝ってから、俺はカウンターの中から鞄を拾い上げ、
「……おし、四時半回ったしそろそろ締めるか」
「そうですね。行きましょう」
うなずき合うと、俺たちは図書室を入念に戸締まり。鍵を返すために職員室へ向かったのだった。
*
「──失礼しましたー」
キーボックスに鍵を返し、職員室を出る。
人気のない廊下を、御簾納と並んで昇降口へ歩く。
窓から外を見ると、校庭では野球部が練習道具の片付け中。
彼らの頭上に続く空は、薄い青からオレンジ色に変わっていくところだった。
「……しかし御簾納、貸し出しマジで早いよな」
ふと思い立って、俺は隣の彼女に声をかけた。
「委員会入って半年なのに、時間までに終わったし。俺だったらまだ捌けてなかったわ」
ビビるほど早いのだ。
機械みたいに正確な処理。無駄がなく素早い手つき。
すでにそのスキルは、図書委員歴一年半になる俺を大きく越えている。もはや職人芸レベルだし、動画にしてネットに流したら海外でバズるんじゃないかとさえ思う。「Amazing Japanese school girl(in Library)」みたいな。
けれど、
「普通ですよ」
御簾納は何食わぬ顔でそう言う。
「無駄な動きをしてないだけです。むしろ先輩が遅いんです」
「そうか?」
「バーコード読むとき丁寧すぎですし、表紙じっと見たりしてますし。あと、時々借りに来た人に声かけてるじゃないですか。あれ、やめた方がいいですよ」
言い合ううちに、昇降口についた。
靴を履き替えながらも、俺はいまいち納得がいかなくて、
「えー。でも、気になる本借りてく人に、声かけたくならない?」
「なりません。そもそも、図書室は私語厳禁です。わたしたちがそれを破ってどうするんですか」
「まあ、それもそうだけどさあ」
昇降口を抜け、噴水の前を通り過ぎる。
正門を出て、住宅街の道を駅前の方に向かう。
「……というか、先輩?」
「ん?」
「いつまでついてくるつもりですか?」
「……え、だって御簾納、家二丁目の方だって言ってたろ? 俺もそっちだし、せっかくだからその辺までって思ったんだけど」
俺の家は三丁目、御簾納はその隣の二丁目。割とご近所さんのはずなのだ。多分、徒歩十分かからないくらい。全然知らなかったけど、小学校中学校も一緒だったっぽい。
なら、一人寂しく帰るより、二人で無駄話でもしながら帰るのがいいだろう。これまでなんとなくバラバラだったけど、そういう日があってもいいんじゃないか。
そう思って、何の気なしに隣を歩いていたのだけど──、
「……あのですね」
御簾納はふいに立ち止まり、こちらを振り返る。
「わたし、一人で帰りたいんです」
「……えー」
「色々考えたいこともありますし、静かなのが好きなんです」
「んん……。でも、もう少しくらい話してもよくないか?」
「なにを?」
「それは、そうだな。ほら! 好きな本のこととか?」
「好み合わないじゃないですか、わたしたち」
「まあそうだけど。御簾納の好きなやつ、俺全然わかんなかったけど……」
「逆にわたしは、先輩が好きな本はライトすぎだなと感じますし。だからすいません、ここまでで」
「はあ……」
そこまで言うなら、無理強いもできないか……。
こっちも別に、絶対一緒に帰りたい理由があったわけでもないしな……。
「わかったよ……。じゃあまあ、気をつけて。また来週な」
「ええ、また来週」
ぺこりと頭を下げ、さっさと歩き去る御簾納。
その背中を眺めながら、なんだか野良猫みたいなやつだなあと、俺はもう一度ため息をついたのだった。
*
「──ただいまー」
御簾納と別れ、家に到着し。
玄関で靴を脱いでいると、妹がリビングから出てくる。
「お帰りー、遅かったね、お兄」
「うん、図書委員あったから」
「そっか、今日水曜日かー」
のんきに言いながらこちらを覗き込む妹──長谷川二胡。
小柄な御簾納よりも一層小さな身体。
短めの髪を両サイドでくくり、俺とよく似た顔を無邪気にこちらに向ける彼女。
……まあ、似てるのはパーツだけなんだけどな。全体はちゃんと女の子な印象だ。むしろ、兄から見ていても「かわいいじゃん」と思う愛嬌が、こいつにはある。
……人間って不思議だな。細部が同じでも、トータルの印象が全然別になるんだから。まあ、その中身はまた一癖も二癖もあって、愛嬌やかわいげだけって感じでもないんだけど。
と、俺はふと思い付き、
「ていうか、聞いてくれよー!」
廊下を歩きつつ二胡に切り出した。
「後輩がすげえ冷たくて。色々話しかけても塩対応でさー」
「へー。お兄がしつこく絡むからじゃないの?」
「しつこかったかもしれないけど。でも、同じ図書委員同士、親睦を深めてもいいだろ?」
「ふん……」
うなずくと、二胡はちょっと考えるような顔をしてから、
「……ていうかその子、女の子?」
「そうだけど」
「じゃあしかたないよ。そういうとこで甘い顔見せると、勘違いして言い寄ってくる男子、結構いるし」
「そうなのか。そんな、帰り道話すくらいで……」
……なんて言いつつも、まあでも好みの女子と一緒に帰ったら、勘違いもするかもな。
俺も片思い相手と二人で下校ってなったら、結構はしゃぐ気がする。そんな経験一回もないけど。
……あれ?
でも、なんで二胡はそんなこと知って……、
「……え、ていうか二胡も、言い寄られたりするの!?」
「もちろん。結構モテるからね、わたし」
「マジかよ……!」
二胡……!
ついこの間まで、ただの女子小学生だったのに!
日アサが好きで恋とか無縁の、無邪気な子供だったのに!
いつの間にそんなに大きくなったんだ……!
……けどそうか、二胡ももう中学二年。
兄の俺から見てもかわいいのだから、色恋沙汰のひとつやふたつあるか……。
「でもご心配なく。全部上手にあしらってるから」
思考が顔にダダ漏れだったのか、二胡はそんなフォローまで入れてから、
「でね、わたしでもそんな感じだから、すごい美人だったりするともうヤバいんだよ。もしかしてその子も、きれいな子なんじゃない?」
「……言われてみればそうだな」
あんまり意識したことがなかったけれど、御簾納は美人だと思う。
顔立ちは整っているし制服の着こなしもお洒落なわけで、好意を向けられていてもおかしくない。
ただそうなると……、
「そっか、じゃああいつも、男子にしつこく絡まれた経験があるのかな……」