第1話 …俺ぇ!? ③

「だから、今まさにお兄が経験させてるんでしょ」

「おいマジか!」

「まあ、せいぜい通報されないよう気をつけてねー」


 それだけ言うと。はたたたっとリビングにもどっていった。


「通報て……」と俺は大げささにおどろきつつも、


「……いや、でも気をつけるか」


 なんだか油断しすぎも危ない気がして、みように気をめたのだった。


 ……の言うこと、結構当たるんだよなあ。


       *


 ──その日の晩。

 明日の準備や課題も終わり、あとは入ってるだけになったところで。

 俺はギターを手に取り、てろてろと思い付いたフレーズをいていた。


「……ふふふふ~ん」


 この時間が、一日の中でも至福のひとときだった。

 やるべきこともなんにもなく、満腹で好きなことをできる時間。

 さっき思い付いたフレーズも、思いのほかいいものでいていて楽しい。

 ずっとこんな風にしていられればいいんだけどな~。のんきにギターいて、鼻歌歌っていられれば。


「──おーい、お兄!」


 そんなタイミングで、部屋のドアがノックされた。


「あー、入っていいよ」


 大声でそう答えると、とびらが開きが顔をのぞかせる。


「今のギターよかった。新曲?」

「うん。俺も気に入ってる。次、これにしようか?」

「さんせーい。まとまったらメールで送っといて」


 ……ふん。この感じだと『次回作』はこれになりそうだな。

 俺としても反論はない。なるべく早めにアイデアだけでもって、に送ろう。


「あと、お空いたよ」

「ありがと。入るわ」


 ギターを置き、から立ち上がる。

 ──そのひように。

 机に置きっぱなしになっていた一枚のプリントが、ゆかにはらりと落ちた。


「……ん?」


 なんだこれ、とそれを拾い。そこに書かれている内容をかくにんした俺は──、


「あー! やべー完全に忘れてた!」

「お? どうした?」

「今日世界史の課題出てたんだった。やり忘れてたー……」


 とつぱつてきに課題を思い付くことで悪名高い、すがぬま先生。

 彼がまた、今日とうとつに「今週教えたはんのことを、このプリントの形式でノートにまとめて提出してください」などと言い出したのだ。

 完全に頭からけてた……。いや、実際はいやすぎて、無意識のうちに脳がおくを消していたのかもしれない……。


「そうなんだ。じゃあお、お父さんたちに先入ってもらう?」

「……うん、悪いけどそうしてもらうかな」


 マジで気が進まないけれど、思い出しちゃった以上しょうがない。

 提出しないと成績にひびくかもしれないし……今からでもやっておかないと。


「りょうかーい。そっち声かけてくるね」


 かろやかに去っていく

 そんな彼女を見送りつつ、俺はガシガシとかみをかいた。


「ミスったなあ。でもまあ、思い出せただけよかった」


 ……うん、そうだ。

 なげいてばかりいてもしかたない。

 気付いた以上は、ぶつくさ言わずにさっさと終わらせてしまおう。


「……っし、やるか」


 一つうなずいて、俺はノートと教科書を引っ張り出しペンをにぎった。


       *


 ──ノートのページは、まだほとんど真っ白だった。

 ペンを持つ手も俺自身もこうちよくしている。

 そんな中──、


『──ということで今週も、みなさんからのおなやそうだんに答えつつ、いつしよに色々考えていきたいと思います。一つ目のお便り』


 相変わらず、スマホからは『彼女』のトークが流れていた。

 配信者『サキ』。落ち着きとかわいらしさをそなえた声を持つ、女子高生。

 そしてそのひびきは──、


「……どう聞いても、の声だよな。マジで本人としか、思えない……」


 ──俺はほとんど、確信しつつあった。

 今日のことを思い出してみて。あいつとのやりとりを脳内再生して、改めて思った。

 似ているのだ。本気でそっくりなのだ。と『サキ』の声は。

 これで他人だと思う方が無理があると思う。

 ただ──、


とくめいでいただきました、ありがとうございます。えー、「好きな人がいるのですが、こわくてせません。気持ちがばくはつしそうで、どうすればいいかわからないんです。サキさんは、そんな風に思うことありますか?」というメールですね』


 スマホの向こうで、話を続けているサキ。

 俺にはどうしても一つ、ひっかかるところがある。


『うん……あのね、すごくわかります。せないですよね、好きな人には。不安ですし、なんか変にきよ取っちゃったりして。そう、それでね、わたしも今日、好きな人をはなしちゃったんです。近づくのがこわくて』

「……こわくてはなす。あいつはそんなこと、しそうにねえよなあ……」


 そう……なんか『らしくない』のだ。

 だんと、この配信をしているサキの発言が、うまく重ならないのだ。

 はもっとそっけなくて、意志が強くて、他人とこいバナなんて絶対しなそうなタイプ。

 対するサキは、せんさいで、こいに興味があって、結果配信までしちゃう女の子だ。

 声は本人そのままなのに、キャラがちがいすぎる。

 だから……もう少し。

 あといくつか二人の共通点を見つけられれば、確信が持てそうなんだけど……。

 なんて考えていた、まさにそのタイミングで──、


『あの、わたし、小説が好きだって話しましたよね? 学校でも図書委員会をやってて』


 ──思わず、から立ち上がった。


『それも結局、人と接するのがこわいからなのかなって思うんです。相手が物語なら、傷つけちゃうこともないでしょう?』


 ──小説が好き。

 ──図書委員会をやってて。

 ……同じだ。これもと同じじゃないか。


『そんなわたしに、この春好きな人ができて……。うん。だからこのラジオを始めたんです。人と関わるのに、慣れておきたいなって。直接じゃなくて……なんていうのかな。ラジオっていううすかわというか、そういうのをへだてて、人と関わる練習をしたくて。だから、あなたもなにか、練習をするのがいいように思います──』

「──いやこれもう、確定じゃないか?」


 にどっかとこしなおしながら、俺は心臓がバクバクいってるのを自覚する。

 何度も頭の中で検証するけれど……うん。

 もう、確定だといってもいいと思う。サキは、ちがいなくだ……!


「あいつ、配信なんてやってたのか。全然そういうタイプには、見えなかったけど……。でもここまで来ると、さすがに他人ってことは……。あとそうだ、名前もサキって……。の本名と同じだし……」


 そろそろ秋本番だというのに、びっしょりとあせをかいていた。

 なんだこれ……なんかすげえ、どうようするな。

 知り合いが、生配信してたかもしれないって。しかもそれを、ぐうぜん見つけちゃったって……なんでかわからんけど、すげえビビる。

 そんな俺の気も知らず、スマホの向こうではサキが次のメール相談に答えている。


『──わたしね、これ、謝った方がいいと思います。あの、ショックなのはわかるんです。つらいよね、どもあつかいされるのは。けど、相手の男性は……二十代後半。さんは、高校一年生なんですよね──』

「質問にも、めちゃくちゃていねいに答えてる。よくこんな、自分の考え言葉にできるな。しかも、ちようしやもどんどん増えてくし」


 サキのトークは、大手配信者みたいにこなれたものだった。

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